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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.12

日本の大企業を救う「シリアル・イノベーター」の正体

2014/05/09

はじめまして、DMCラボの書評ライター5人目、藤田卓也と申します。
メンバーの中では最年少で、社会人3年目になったばかり。職種はコピーライターなのですが、デジタルネイティブ世代ということもあり、ソーシャルを活用したキャンペーンやアプリを企画することも多いです。
ライター陣ただひとりの20代でもありますので、若者世代ならではのリアルな目線から、これからのコミュニケーションについて考えていきたいと思います。

次のコミュニケーションを考える一冊。
今回は、アビー・グリフィン他著の『シリアル・イノベーター 「非シリコンバレー型」イノベーションの流儀』(プレジデント社)を取り上げます。

ビジネスのルールを変え、生活を変え、ときとして数百億円レベルの稼ぎを生み出すイノベーション。それを大企業の中で、しかも何度も繰り返せる人材。「シリアル・イノベーター」とは、そんな魔法使いのようなビジネスパーソンのことなのです。
本書がひもとくのは、単なるその特徴の紹介にとどまりません。彼らが持ち合わせる能力の詳細な分析から、発掘と育成の秘訣、さらにはマネジメントのあり方にいたるまで実に幅広いレイヤーでシリアル・イノベーターの謎を解き明かしていきます。

広告やコミュニケーションとは無縁の本に映りますが、実は広告会社の中でイノベーション関連の話題はとてもホット。ラボメンバーの元には、さまざまなクライアントから広告に関する相談のみならず、新規事業の立ち上げや経営戦略といった課題も舞い込んできます。そんな現場で、クライアントが今まさに必要としているのはシリアル・イノベーターだからです。

10人の会社に天才は何人いるだろうか。答えは1人だ。100人の会社ではどうだろう。答えは2人。では1000人の会社では?パターンは見えている。3人だ。それでは1万人の会社では?答えは4人ではなく、ゼロだ。大企業では、天才やイノベーターは追い出されてしまうんだ。

と、本書で紹介されてしまうほど大企業に珍しいシリアル・イノベーター。巨額の利益を企業にもたらす可能性がある一方で、その独自の働き方やプロジェクトプロセスは組織の中で問題を引き起こすことも。
たとえば、シリアル・イノベーターの代表例として何度も紹介される、トム・オズボーンも例外ではありません。P&Gの研究員である彼は、年間数十億ドルを稼ぐ生理用ナプキンブランドを育て上げました。しかしそこに至るまで、彼は問題社員の烙印を押され、解雇寸前にまで陥っていたのです。会社としてのサポートはすべて打ち切られ、オフィスと電話しか与えられていなかった時期もあったというのですから驚きです。

彼らは、普通の社員といったい何が違うのでしょうか?
本書ではその能力を、「MP5モデル」という独自のフレームで徹底解剖していきます。

①パーソナリティ:全体像を捉えようとするシステム思考が身についている
②パースペクティブ(仕事観):「とにかく利益を生み出したい」というビジネス観と、「利益よりも、世界をよりよくしたい」という倫理観のバランス
③モチベーション(やる気):解決すべき問題を抱えた顧客や企業が目の前にあるという外的要因と、自分の中にある創造への欲求という内的要因
④プレパレーション(準備・心構え):生涯を通じて学習者であろうとする姿勢

以上の要因に加え、

⑤プロセス
⑥社内における政治駆け引き(社内政治)

といった、組織の中での動き方をプラスした6つの能力がシリアル・イノベーターの特徴です。

こんなにたくさん図抜けた能力を持っていたら、そりゃあイノベーションのひとつやふたつ…とも思ってしまいますが、圧巻はここから。彼らはこの6つの能力を駆使して、全く新しいイノベーション過程を実現してしまうのです。その過程とは、「イノベーター主導型」と呼ばれるもの。
通常、イノベーションには大きく2つのタイプがあるといわれてきました。1つ目が、企業の研究開発部門からスタートする、「技術主導型」。そして2つ目が市場のニーズを発見することで始まる「市場主導型」です。
実はこの2つ、それぞれいいところもありますが欠点も多い。技術主導型は、技術を画期的な商品に応用することができず、企業に利益をもたらさない「打つ釘のないカナヅチ」づくりになってしまうことがあります。市場主導型は、市場にニーズはあるんだから開発さえできれば大ヒットまちがいなし!…と思っていたら開発に10年も20年もかかってしまい、できたころには市場が変化していた…なんてことも。

そこで今回、本書が注目したのがシリアル・イノベーターたちが起こす、第3の道筋である「イノベーター主導型」のイノベーション。
簡単に言ってしまえば、技術開発も顧客インサイトも市場ニーズの発見も、同じ人間がすべてやってしまうことです。彼らは画期的な技術の探求も、顧客ニーズの精緻な理解も、市場という大きなマーケットの分析も、全部を何度も行ったり来たりしてプロジェクトを引っ張っていくのです。


本書を読めば、明日からあなたもシリアル・イノベーターに変身できる。そんな本ではありません。むしろ400ページにも迫るボリュームの中に詰め込まれた鋭い知見と豊富な実例に触れれば触れるほど、すべての人がシリアル・イノベーターになれるわけでもなさそうです。ちょっと落ち込みます。
でも、日本語版の監訳を務められ、東京大学i.schoolなど日本におけるイノベーション人材育成の第一人者である市川文子・田村大の両氏は、巻頭にこんな言葉を載せておられます。

シリアル・イノベーターとして、あるいはシリアル・イノベーターと共に企業で働くこと。それは会社員としてイノベーションを起こし、社会にインパクトを与える生き方の選択だ。(中略)不屈の意志でイノベーションを成し遂げる社員の存在は、企業の明るい未来そのものといえるだろう。

イノベーションは個人の専売特許ではなく、チームが積み重ねた努力の結晶である。そんなメッセージこそ、大企業で働く人々にとってなにより響くのではないでしょうか。

       【電通モダンコミュニケーションラボ】