電通を創った男たち #44

日本のCMの育ての親 尾張幸也(8)

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    伊藤 徳三

尾張はIMCやYouTubeを予見していた

 

「一日も早くテレビ・コマーシャルのレベル・アップを図り、吉田負託にこたえてゆかねばならぬ」。学んでは考え、考えてはまた学び、そして学んだ結果を相手かまわず発信し続けた。尾張は社会心理学の広野を駆け回り、アニメのコマ割り表のような野ネズミの穴まで鼻を突っ込んでいる。

  テレビ導入による家庭生活の変化
 
テレビ導入による家庭生活の変化

人々の生活行動がテレビという新しいメディアの出現によってどう変容するか、というアメリカの社会調査を尾張が翻訳・報告したもの。単なる翻訳にとどまらず、統計と社会心理学の知識をベースにして説明を加えている。それによると、テレビ導入によってアメリカのファミリー内の役割バランスが変わってくる。母や妻は支配的役割を減じ、その分「チャンネル権」というかたちで子供の役割が重くなる傾向がある。テレビ導入前は積極的な趣味(ペンキ塗り・楽器演奏・手芸)を持っているが、導入後には受動的な嗜好(スポーツ観戦・ジグソーパズル・映画)に変わる。またテレビはアメリカの視聴者を容易に同一化する仕組みを持っているようだ、と結論する。

尾張はこの翻訳報告の意図を次のように語っている。「この研究は(中略)テレビが人々に本質的な変化を与える社会的要因の一つになりつつあることを証明しようとしている」。そしてこれを紹介することは「この様な変化を確実につかむことがこの新しいメディアを有効に適用する方法の一つとなるからである」。

「マス・コミュニケーションにおけるテレビ広告の位置」(『マーケティングと広告』1960年4月号記事)

これは尾張が、企画二部のスタッフ中村善泰とともにまとめた記事だ。テレビという新しいメディアの出現によってラジオ、新聞、雑誌など他のメディアがどんな影響をこうむるか、そしてそれぞれがどんな役割分担に収束していくか、について統計数字を駆使しながら解説する。

「ラジオ、印刷媒体は、新たな場所と機能を発見しつつ、依然として強力なコミュニケーション・メディアとして活動を続ける」と結論している。また意思伝達が活字中心から映像中心に移行している点について「マス(大衆)に理解納得されること」を要件としてあげている。「ほとんどの外界に関する知識は記号化されて入ってくる。その記号のうち最も重要なのが文字である。私達は文字を通して外界を脳裏に再現する。そのとき、みちびき手となるのは私達の実際的、知的経験である」。つまり経験不足の者にとっては、抽象化された文字からの復元は困難だ。「ここに映像のもつ意味が生まれてくる。外界を伝える記号としての映像は、同じ記号の活字に比べ具体的であるという点に特徴がある」。

稿の最終章に、広告の将来像についての示唆に富んだ一節がある。「人々はきわめてわかりよいテレビ広告を通じて自然に商品に接し、銘柄を記憶するようになるが、さらに一歩をすすめて、その商品に関する知識を養い、購買という行為に移る場合には新聞、雑誌の助言とセールスマンのプロモーションにまつところが多い。(中略)それぞれのマス・メディアへの人々の期待、それに応じて広告が立体的に組まれてゆくことが、今後の総合広告への課題となろう」。世界の広告界に「統合的マーケティング・コミュニケーション理論(Integrated Marketing Communication, IMC)」が叫ばれる30年以上前の記事であることに注目したい。

「TV・CMフィルムの動きー二つの手法」(『調査と技術』1960年5月号記事)

前二稿とは打って変わり、表現の専門家としてビジュアル表現技術を詳細に語っている。「二つの手法」とは「リミテッド・アニメーション」と「ヴィジュアル・スクィーズ」のことだが、ここではリミテッド・アニメーションについてのみ言及する。スティーブン・ボサストウのキャラクター(ミスター・マグーなど)の表情や動き、背景などを分析して、いかにリミテッド・アニメーションがテレビ向きの記号であるかを立証している。

リミテッド・アニメーションを論じた「TV・CMフィルムの動き―二つの手法」。右ページ中段がミスター・マグー  
リミテッド・アニメーションを論じた「TV・CMフィルムの動き―二つの手法」。右ページ中段がミスター・マグー
 

「直線と円をつかい、極めて簡素化された、グラフィック・スタイルの主人公。頭から腕へ直接つながったキャラクター、大胆なプロポーション。上体も表情も動かさず、スクリーンを横ぎっていく極めて様式化された動き。足の上げおろしに要した作画枚数は、ディズニー・スタイルのものに比しはるかに少なく、その上単純なくり返しによって独特のリズムを生み出している。(中略)テレビではアップを重視するが、二頭身のプロポーションを可能にするこの技法は、先述の特異なヤリ方でこの要求に応じている。(中略)(もう一つは)飛躍を許す力づよい表現力をもっているため、インフォメーションの量を増加するのに役立っていることである。(中略)テレビコマーシャルは短い時間にあるまとまったインフォメーションをもりこまねばならない」。

テレビ草創期、スタジオ生CM7割に対してCMフィルムは3割と前述したが、3割のフィルムCMのうち実写は6割、アニメーションが4割だったと言われている。アニメーションは制作費も制作日数も実写の倍くらいかかったが、それでもアニメーションが多用されていた理由は、当時の実写技術に対する不安にあった。テレビ・ブラウン管にマッチした撮影、編集、音響づくりに、まだ対応できなかったのだ。しかし、だからと言って何でもかんでもアニメーション横並び、では安易に過ぎる。そこにアメリカからリミテッド・アニメが紹介されたのだ。「このリミテッド・アニメーションは、日本のCMフィルムに影響を与えたというより、これによってはじめてCMフィルムらしいものができるようになったといっていい」。

尾張がこうして学び紹介したリミテッド・アニメーションを、自らの仕事に使い成功を収めたのが、いまだに語り継がれるヒットCM“チョチョンのパ”の「船橋ヘルスセンター」である。

「ラジオ・テレビのコマーシャル」(『広告研究』1960年版)

ラジオテレビ企画制作局の部長として尾張は、昭和35年の電通夏期広告大学で講師をつとめた。「ラジオのコマーシャル」と「テレビのコマーシャル」に分けて論じている。

ラジオについては割愛させていただくが、テレビについては「最近使われ出した新しいコミュニケーションの手段である」として、かなり詳述している。尾張の現場経験から出た話というよりも、彼自身のアタマで考えた、あるいは研究で学びとった知識(例えばリミテッド・アニメーション)を紹介している。現在なら映像に携わる者にとって常識的なことでも、当時は先端の貴重な情報だったはずだ。

1カ所、筆者がびっくりして何度も読み直してしまった記述がある。「現在の機械の進歩からすれば撮影機器がもっと日常的に使われ、コミュニケーションの重要な手段になる日もいつかくると思うが、その場合おそらくテレビCMが今やっている経験というものが非常に大きな意味をもって生きてくるのではないか。このように考えると、テレビCMは、広告の一つの方法であると共に、近い将来当然来るはずの、『動く映像』をもって自分の意思を伝える時代にそなえる、一つの訓練と考えることもできると思う」。目前のことにとらわれない尾張の眼差しは、半世紀後にやってくる動画事情まで透徹していたかのようだ。もし尾張がYouTubeやUSTREAMを見たら、「みなさんの作っている映像は、20世紀のテレビCMに源があるんですよ」と言っただろうか。

(文中敬称略)

◎次回は5月25日に掲載します。

プロフィール

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    伊藤 徳三

    1945年東京生まれ。69年一橋大学社会学部卒。同年電通入社。クリエーティブ部門でCMプランナー、クリエーティブ・ディレクター、シニア・クリエーティブ・ディレクターを歴任。この間、カルピス、東芝、明治製菓、富士写真フイルム、花王などを担当。カンヌ国際広告映画祭銀賞、全日本CMフェスティバル大賞、ACC賞などを受賞。著書に『時代を映したキャッチフレーズ事典』(共著)。

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