電通を創った男たち #48

日本のCMの育ての親 尾張幸也(12)

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    伊藤 徳三

尾張幸也 その人柄

 

管理統制を嫌う尾張の生き方は、国会のような公の場での発言に限らなかった。日常の職場における上長尾張の態度も、一貫していた。小田桐昭は語る。「尾張さんは、クリエーティブの人の一人ひとりの才能を、すごく愛していました。会社のために人を使うっていうよりも、その人の能力のためにっていうことをすごく考えてらした。『会社のためになんとかやってくれ』っていうのは彼はイヤだったんじゃないかな。それはもしかすると『国のために死んでくれ』というのとつながっているのかもしれません。それは多分一番きらいなところだったんですね、会社の命令だっていうのが。本当にその人にとっていいことなら、もちろん別でしょうけど」。

  「一夜一想」の自筆
 
「一夜一想」の自筆

そういえば尾張が二等水兵時代に綴った「一夜一想」にもこうあった。「部下をもつ身としては、率先陣頭に立って指導することが大切であるが、しかし、これが可能なためには、部下を心服させねばいけない。我々の一番の罰は、心に対する罰 即ち反省である。言はすくなきに限る。これのみが一番の罰を与へうる。部下を信頼することが肝要である。これなくしては、部下を心服させ得ない。訓練は厳重に、しかし、兄として父母として部下の一切を知り、これをやしなふべし。我々が部下に一切を与へてこそはじめて 部下に一切を、最後には生命をさへ要求できる」。一番下っ端の水兵のくせに「ノブレス・オブリージュ」(位高きものの義務)を語っている。

こうだから尾張はまわりから尊敬された。地位に対する敬意ではなく、人柄に対する敬愛である。山川浩二によると「尾張さんは他の人たちよりもインテリでした。みんなある種の尊敬の念を抱いていて『尾張さん、尾張さん』と慕っていましたね。やさしいけれど、キチッと理解していないと許されない雰囲気があったんです。一見おだやかだけど、芯は強いタイプですね」。

小田桐は「尾張さんは何て言うかな、貴公子みたいな人ですから。ですからみんな尾張さんを尊敬していたし、ふつうまじめすぎるとどっかでたたかれたりするじゃないですか。そういうことは全然なくて尾張さんにはみんな一目置いてましたよね」。

ともに放送小委員会で参考人招致された、和田可一ACC理事長「感覚的な人が多いクリエーティブの世界では珍しい学究的、論理的思考の持主。それでいてあらゆることことに好奇心も人一倍旺盛で、心もからだも若々しい。言いたいことは歯に衣着せずにズバリと直言するし、若い人たちのリーダー、電通クリエーティブの総帥としてはまさにうってつけの人でしょうね」。

以下の「尾張語録」にも、背筋のピンと伸びた、それでいて肩を怒らせていない尾張の人柄がにじみ出ている。「二十分でも三十分でもいい。今日一日をじっくり振り返る時間を持て」「酒は昼間たまった仕事のアカを落としてくれるものだ」「自分は、人生を三回生きる。ひとつは出版人として、ふたつは広告人として、そして最後は酒場のおやじとして…」「いま役に立つものを学ぼうと思うなら、アメリカへ行け。しかし、自分の将来の糧を得たければ、ヨーロッパを見よ」「才能の浪費は犯罪だ」「広告はあらゆるものを風俗化するね」「三十秒で自己を語れ」(深川英雄著『やわらかな時代の発・創・術』)。

この稿も終わりに近づいた。最後に尾張幸也が、これからの広告界に対してどんなメッセージを送ったか、お伝えして筆を置きたい。すべての役職を辞して後の平成9(1997)年、元電通常務取締役、元電通映画社(現電通テック)社長として、電通創立100年を記念する取材に76歳の尾張が応じたものである。

  晩年の尾張。美和夫人、孫と
 
美和夫人、孫と

「これからは『地図のない世界』を行く時代といわれているようです。それだけに今この段階で特に申し上げることはありません」(「電通一〇〇年史」別冊「電通人たち」)。怖いひと言だ。尾張幸也が自分で地図を描いてきた「テレビの時代」の一段落を宣言すると同時に、「君たちが自分で次の地図を描きなさい」と覚悟を促しているように、筆者には感じられる。

平成22年12月、尾張幸也は読みさしの原書『ゲーテとの対話』をたずさえて逝った。

 〈 完 〉  

(文中敬称略)

プロフィール

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    伊藤 徳三

    1945年東京生まれ。69年一橋大学社会学部卒。同年電通入社。クリエーティブ部門でCMプランナー、クリエーティブ・ディレクター、シニア・クリエーティブ・ディレクターを歴任。この間、カルピス、東芝、明治製菓、富士写真フイルム、花王などを担当。カンヌ国際広告映画祭銀賞、全日本CMフェスティバル大賞、ACC賞などを受賞。著書に『時代を映したキャッチフレーズ事典』(共著)。

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