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マスター・オブ・イノベーションマネジメントNo.2

『イノベーションマネジメントとは②』
変革エンジンとなるイノベーション・マネジメント・オフィス

2014/06/11

こんにちは。電通関西支社ビジネス・ディベロップメント・センター マーケティングイノベーション部の志村彰洋です。第1回に続き、ネットワークを活用したイノベーションマネジメントにおける基本として、イノベーションを管理しマネジメントする組織(イノベーション・マネジメント・オフィス:IMO)と、関連するトピックについてお話しします。

IMOは、企業の変革エンジン

先進的なイノベーションに取り組む海外企業において、IMOは当たり前に存在する部署になってきています。IMOを一言で言えば「(企業の)変革エンジン」です。

IMOは、過去資産(既存技術や知財、インテレクチュアルプロパティ:IP)と新たに創出される未来資産を結合させて新しい価値を生むことも念頭に置いています。結合のさせ方や結合先、その流通先は様々で、Idea ExchangeやIdea Buyといった、アイデアマーケットをハンドリングするという視点もあり、まさに社内外のConnect & Developを行っています。

それは、特定事業や特定領域の専門家を集めた諮問委員会のようなものではありません。また、直接的に知的財産をマネジメントしたり、事業に投資する、いわゆるインキュベーション部門でもありません。つまり、事業やアイデア自体を直接ストレッチする主体者ではなく、風土や企業カルチャーを設計するイメージに近いです(ただし、タグラインやUSP<※1>をつくることではありません)。

IMOの組成については、全体を見渡すことが可能な組織の直轄とするケースが多いですが、必ずしも常設化されている必要はなく、創発期間にのみ設置されるケースもあります。理由は、IMOを構成する人員の選定が最も難しいという問題もあり常設化することが解にならないケースと、日々創発の門戸が開かれているよりも期間が区切られている方がアイデアの棚卸期間を設定でき、プラスに働くこともあるためです。要は、源泉であるアイデアと帰属する人々を中心に据えて、最適な組成方法を検討すればよいということになります。

IMOは、どのようなことをするのでしょうか。ふかん的に言えば、第1回のイノベーションパイプラインの図における「蛇口へのアイデアの運び方、蛇口のひねり方、いけすからの一時的なアイデアの抜き方、いけすの大きさなども一体的にマネジメントしていくことで『ネットワークによるイノベーション』をより精緻にコントロール」します。

まず、「蛇口へのアイデアの運び方」の部分ですが、この部分は非常に多岐にわたる内容があります。具体的には、蛇口につながるパイプをどこに接合するか(母集団の策定)、アイデアの取り扱いポリシー策定、プロセス透明化によるリスク管理、インナーモチベーション管理、リワード(報酬)管理、などなどです。実際は、オフィスレイアウトの変革など同じ空間上にいる人々や、その人たちに帰属するアイデア・ナレッジのアナログ的改善も含みますが、あくまで時間的・空間的に広範なエリアに存在する母集団に対するマネジメントが主眼だと想定してください。

次に「蛇口のひねり方」ですが、これは、いつ、誰に対して、どのような接点で、どのように情報を出していくか、といういわゆるコミュニケーションデザインで、アイデア創出活動に対するプロモーション設計やスケジュールを策定します。具体的には「アイデアを思い付く場所や接点などのコンタクトポイント設計」と考えるのが分かりやすいです。その際、各種研修やホワイトボードを使う会議室、トイレ、お風呂、家、飲み屋など、個人やグループでブレストをしているような場所などの各コンタクトポイントにおいて、ユーザーの「のめり込み度」を高めるためにゲーミフィケーション的な情報設計を行うことがポイントです。例えば、アイデアが生まれる瞬間に漏れなくメモするため、モバイルでのイノベーション・マネジメント・ツールへのアイデア投稿や、アクセス可能な場所として自宅も含まれる方針になれば、企業の情報ガイドラインの調整が情シス部門との間で必要になり、設計する内容によってマルチ部署との調整も必要です。しかも、参加者が変更していくケースや、外部の評価者が加わるケースもあるため、全ての活動はリカーシブ(再帰的)である必要があります。

次に、「いけすからの一時的なアイデアの抜き方」ですが、これはまさに変革に目を向けた動きです。取り組みに対する説明をしっかりした上で、有望かつ早期に対処すべきアイデア(今実施すべきスピード重視のアイデア)については、スクリーニングにかけずとも、既存事業ドメインに還元したり、事業化検討に入ることも可能です。この手法は、まさにプロセスを透明化し、事前に趣旨を全てオープンにしているからこそできるバイパスイノベーション<※2>です。目安箱のように、ブラックボックス・スクリーニングで「待ってから選出」するアプローチでは、柔軟に対応できません。

次に、「いけすの大きさ」ですが、この部分はモチベーションをドライブするためのゲーミフィケーションの要素とも絡んできます。アイデアはブラッシュアップでき、ブラッシュアップの過程でユーザー間に承認欲求が生まれ、それを動機にドライブすることが可能です。例えば、最初のいけすから次のいけすへ移動させるアイデアの数が少ない場合、この欲求を満たす機会が少なくなり、取り組み全体が活性化しないこともあります。また収容するいけすのサイズだけでなく、取り組みに参加する人数やアイデアの数によっても変わってきます。いずれも後戻りできない設定であるため、統計的な解析も含めたデータドリブンな意思決定が必要です。この部分は内容が多岐にわたるため、第3回以降で述べます。

そして、この俯瞰図全体に関わる変革エンジンのパフォーマンス測定、つまり、イノベーションに関する様々なKPI/KGIも設定します。具体的には、以下のような直接的/間接的項目を設定します。(俗に、Return On Innovation Investment <ROII>といわれているものです)

1. イノベーション・コンバージョンレート(成功したアイデア÷試みられた全アイデア)
2. イノベーション・マグニチュード(財務的なリターン÷成功したアイデア)
3. 投資効率(試みられた全アイデア÷設備・事業投資)
4. 知的資産化率(新たに知的資産になったアイデア÷全アイデア)
etc.

ただし、それぞれの定義や判断が難しいこともあり、厳密に一般化された指標を用いる必要は全くなく(私が勝手に作ったものも交ざっています)、まさにその環境や風土に見合ったKPI/KGIを独自に設定し、独自のフレームワークを構築すべきです。加えて、アイデアの質的・量的コンディションや、そのアイデアが帰属するアイデアオーナーの質的・量的コンディションについても定常的に確認していくことも行います。例えば、あるメーカーの北米営業所の営業セクションで、部長職であるアイデアオーナーの人数、前週からの伸び率などを分析します。これら全てが、リカーシブなプロモーション設計に生かされます。

IMOは(企業の)変革エンジンそのものであり、エンジンが動けば物事が良くも悪くも進むように、何かしらの決定に向かって動くようなフレームワークが存在しなくてはいけません。とにかく、表層を捉えて評論するような行為は全く求めておらず、何かを「決めるためのアプローチ」の上に成り立っているため、のれんに腕押し状態では困ります。実際は、ここでの意思決定によって、アイデアが(自動で)スクリーニングされていくため、注意深く丁寧に実施するステップばかりで毎日が緊張の連続になります。その代わり、うまく仕組みが回れば、数十万人が創発に参加しても、少ない人員でオープンイノベーションをオペレーションすることが可能です。

未来だけの視点ではなく、過去も含めた全方位の資産運用が鍵

イノベーションというと、新しいものを創出していくといった未来志向が強いイメージがありますが、オープンイノベーションやその他の様々なイノベーションに関する取り組みで見落とされがちなのが、過去の資産についての考え方です。

昨今のサービスデザインやビジネスデザインにおいては、一つの企業やステークホルダーだけでしっかりとしたビジネスは成立しにくいため、下の図のように、アイデアや知的資産をジグソーパズルのパーツとして捉えて、それらを組み合わせていくスキルや機能(これを「インテレクチュアルプロパティーデザイン」と私は呼んでいます)がIMOには求められます。

その他、更に一段レイヤーの高い運用業務としては、取り組み自体を客観的に捉え、CSRやトップコミュニケーション的な視点でも活動します。情報の加工の仕方によって、風通しの良い社風を伝えたり、ものづくりやサービスデザインの姿勢そのものをアピールする良いきっかけになります(詳しくは、第3回以降で述べます)。

つまり、1回の創発活動の実施について、過去の資産、外部の資産、この取り組みの客観的視点による利活用など、数倍の価値を生むように実施設計することが重要であり、コネクトする先が多ければ多いほど、結果的にアイデアの源泉である社員や生活者のモチベーションに還元されていきます。

アイデアストリームを決定付けるテーマ設定

ネットワークを活用したアイディエーションにおいて、アイデアの粒度に最も影響があるのが、取り組みの目標(テーマ設定)と、その目標をかみ砕き参加者にメッセージを投げかけることです。日頃の経験からも想像しやすいように、参加者に直接投げかけるメッセージによって、出てくるアイデアの質や量が大きく変化します。

例えば、企業の100年後の姿と10年後の姿を問うだけでも、アイデアの粒度は変化します。B2CやB2B、対象カテゴリーなどのフィルタリングワードによっても大きく変化します。更には、自分の職域と全く関係ない領域、最も苦手とする領域、他社には絶対負けない領域について2~3行で説明してください、などなど、オフラインセッションでアイデアを出す際に補助的に活用する言い回しや考え方によっても大きく変化します。かといって、「自由にアイデアを出してください」では、取りとめもない状況からのスタートとなってしまい非効率です(システムに慣れるためのラポール期間<※3>としては有効です)。もちろん、投げかける人(例えば、社長か現場のボスか)によっても変化します。

そして、アイデアオーナーである母集団の設計によっても、織り成すアイデアの中身が大きく変わります。一般的に、概念的距離が遠い概念同士の結びつき(バイパス)がある時にイノベーションが起こりやすいといわれており、社内のみか社外も含むのか、営業か内勤か、などなど、専門性やマインドセットの変化でアイデアの質が大きく変化します。

ただ、基本的には参加する人数が多ければ多いほど良いため、第1回で説明したイノベーション・マネジメント・ツールを用いて、オンライン創発環境上の画面構成要素における一つ一つの情報開示を、誰に、いつするかを緻密に設定し、「母集団×情報開示のチュー二ング」を繰り返し行うことになります。

これらの設定をしっかりと議論し、関係者で合意した上で、第1回で述べた「多様性を吸収した民意」でアイデアをスクリーニングするステップに入っていきます。

次回以降、実施に至るまでの課題やそれをクリアする醍醐味、実際のオンライン創発をドライブさせるために必要な様々なメソッド、マネタリーリワード/インナーリワード/ソーシャルリワードなどの多段階の報酬設定などについてもお話ししていきますので、ご期待ください。

(第3回以降に続く)

※1 USP:Unique Selling Propositionの略。消費者の購入理由となる特徴的なベネフィットを表すスローガンやメッセージ、その他の価値提案のこと。

※2 バイパスイノベーション:通常の審議や承認ステップを経ずに、プロタイプの作成や事業化を行うこと。また、アイデアやナレッジを直接アイデアオーナーから聞くことで、一般的な組織における情報流通フローでは得られなかった情報を得ることを示す場合もある。

※3  ラポール期間:参加者が互いに信用し合い、安心して感情やアイデアの交流を行うことができる関係を成立させるための準備期間。イノベーションマネジメントにおいては、イノベーション・マネジメント・ツールの使い方に慣れるための期間、という意味合いも含む。