スポーツというビジネス #02

市民マラソン×SNSによる

DOスポーツの爆発

  • 坂牧 政彦
    株式会社電通 スポーツ局 2020東京オリンピック・パラリンピック室 マーケティング部長

前回触れた通り、歴史的にスポーツマーケティングはSEEスポーツが中心であり、サッカー、野球、ゴルフなどテレビ中継される番組のタイトルや、フィールド看板露出等など、ある程度露出計算のできる広告価値をどこまでメディアプランに取り込むかがスポーツマーケティングの基本的な考え方であった。一方で、他のマス広告と違って測定基準が不明確なため、協賛活動が直接的に商品販売に結び付くかどうかの効果の検証が難しい媒体でもあった。そんな中、スポーツマーケティングの新たな可能性として注目を集めているのが市民マラソンへの協賛である。

2都庁前スタートするランナー達   3東京マラソンランナー
 
東京都庁前を一斉にスタートするランナーたち=2月23日、東京都新宿区
[代表撮影]/出典:時事
 

 

実はランニング=マラソンもSEEスポーツとして高い人気を誇るコンテンツの一つである。日本人はもともとマラソンや駅伝が大好きで、箱根駅伝はもとより、オリンピック選考会といわれるエリートレース男女各3大会(男子:福岡、東京、びわ湖、女子:横浜、大阪、名古屋)は、瀬古利彦さんの時代から高橋尚子、野口みずきといったスーパースターのおかげでテレビコンテンツとしても安定した人気を誇り、ゼッケン広告は視認性が高く露出量も多い媒体として高値で取引されてきた。しかし、ここ数年の有力選手不在の影響で視聴率も低迷しSEEスポーツとしての勢いがなくなってきている中で、どの大会も生き残りをかけて改革を模索している。2007年2月、日本のマラソン界(スポーツマーケティング)に革命をもたらしたのが、東京マラソンの誕生だった。それまでのエリート選手だけの東京マラソンに一般参加の部を設け、日本初の3万人規模のメガマラソンに生まれ変わった大会は大成功を収め、その後のランニングブームのきっかけとなったことは周知の事実だろう。
それまでスポーツマーケティングの形は多様化し様々な手法が試されてはきたものの、協賛活動が直接的に商品販売に結び付くかどうかの効果測定は非常に難しいと思われていた。東京マラソンがつくり上げた価値は、①スポーツへの協賛が実売に結び付くマーケティング価値、②他の競技と競合しない新しい市場の開拓、③企業だけでなく、都市力のPR、観光収入、地方活性化効果の3点だといえる。

①スポンサー企業と参加者が直結するマーケティング価値

東京マラソンがつくり上げた新たな価値とは、ランナー個人の発信力を最大利用する価値であり、まさにSNSの隆盛とともに、参加者個人がメディアとして発信していく強さ=口コミ力を利用するマーケティング価値である。
ランニング人口を示す指標はいろいろあるが、笹川スポーツ財団の調査によると、2012年にランニング人口(年1回以上走る年1ランナー)が初めて1000万人を突破した。「週1回以上走る」ジョギングが習慣化しているランナー(週1ランナー)も、東京マラソン開催直前の2006年297万人から2012年は572万人と倍増している。東京マラソンに参加できるランナーは3万6000人だが、その背後に抽選に申し込む30万人のランナー(9割が落選)がいて、その周りに572万人の週1ランナー、1000万人以上の年1ランナーがいる。その多くのランナーにとって東京マラソンを完走することが夢であるため、3万6000人のランナーがフィニッシャーとして発信する言葉の一つ一つが、完走者だから言える言葉の重みとともにソーシャルメディアを通じて末端のランニングファンまであっという間に広がっていく。「35キロで止まりそうになったけど、給水所で飲んだアミノドリンクで足が動いた」「あのスポーツ用品メーカーの靴で初めて走ったけど、足にフィットしてまめができなかった」とか、女性ランナーを中心としたきらびやかなマラソンファッション、ランステなどの新たなビジネス、皇居ランとセットになった周辺ホテルの宿泊パック、毎年8万人を動員する東京マラソンエキスポなど、わずか数年の間にマラソンビジネスが確実に進化しているのは、ランナー一人一人の発信力があってこそだと思われる。
スポンサー企業のイベントへの参画方法も変わってきている。市民マラソンの場合、ただ協賛金を払うだけではなく(多くのSEEスポーツ協賛のケース)、飲料や計時などの商品のように企業サービスが大会運営そのものに直結するため、スポンサー企業も運営に深く関与している。そのため、協賛活動自体が参加者に直接届くため、ターゲットからの直接的なフィードバックを受けられるという価値を生み出している。同時に、スポンサー企業とのコラボレーションで大会自体の価値も高まるという相乗効果を生んでいる。

②他の競技と競合しない新しい市場の開拓

かつてマラソンは壮年ランナーたちのストイックなスポーツだった。競技会でもサブ3(3時間切り)、サブ4(4時間切り)を目指す競技性の強いスポーツで、フルマラソンの完走自体が夢物語であるとともに苦しくて高すぎるハードルだった。今はどうだろう。マラソン=ランニングのイメージは、爽快でファッショナブルな生活の一部としての楽しむスポーツに変貌している。毎日皇居の周りに集う3000人近いランナーに悲壮感は見られない。この劇的な印象の変化をもたらしたのが東京マラソンである。特に主催者(東京都)が粘り強い交渉で勝ち取った7時間の交通規制はマラソンブームにおける最大の功績だといえる。3万人が参加した第1回大会で、96%以上の人が完走した事実。「自分も完走できるのでは」――フルマラソンが夢物語ではなくなった瞬間は、まさにマラソンブームに火が付いた瞬間だった。
マラソンマーケットの最大の特徴は、スポーツに関心が低かった人々を巻き込んだことだといえる。サラリーマンになってしばらく運動を休んでいた人やそもそも運動嫌いの女性。野球VSサッカーのような競技人口の奪い合いではなく、スポーツ無関心層からの新規参入者を囲い込む新しいマーケットであり、メタボリックシンドロームなどの健康志向の高まりや、シューズだけで始められる手軽さも相まって一気に人口が急増した。東京マラソン前、297万人だった週1ランナーが今は恐らく600万人を超えている。参加者が増えれば、当然企業も動く。特に女性向けのランニングファッションは各社ともに力を入れていて、ランニングタイツやランニングスカートなどの市場も活況を呈している。今は各地のファッションショーでもランニングウエアのコーナーができるほど。8年前は考えもしなかったが、個人的にも隔世の感がある。

③企業だけでなく、都市力のPR、観光収入、地方活性化効果

マラソンブームは単なる一過性に終わらない。自治体にとっては、観光ビジネスとしても大きな可能性を秘めているからだ。事実、東京マラソン開催前、全国で開催されていたフルマラソン大会の参加者数は、8万人程度。どれも1000人から最大でも5000人程度の大会だった。それが、2014年は30万人を超えている。2010年に始まった三都マラソン(大阪、神戸、京都)をはじめ、全国20の政令指定都市がこぞってフルマラソン大会の開催準備に入り、現在は開催準備中も含めると、大阪、京都、神戸、金沢、岡山、広島、熊本、福岡、横浜、静岡、名古屋、千葉(アクアライン)、北九州、堺、新潟で開催されるまでに至っている。2007年までは、東京、札幌以外にはなかったことを考えると、近年のマラソン人気の高さが分かる。多くの受け皿ができたことで、毎年新たなフルマラソンフィニッシャーが誕生し、前述の発信力でランニングファンに影響を与え合いながら、更にランナーの数が増えていく。この連鎖が続く以上、マラソン周辺ビジネスが堅調なのも理解できる。
一方で大会運営的には課題も出てきた。特にマーケティング的には、大会数が増えすぎていて飽和状態の危惧も出始めている。特にスポーツメーカーや飲料、計時などの大会運営上必須の協賛社にとって、今後は拡大よりも選択と集中戦略になっていくことが予想される。多くの大会がマーケティング収入を前提とした予算措置を取っている中で、今後主催者にとって開催計画の策定には慎重な検討が必要になっていくだろう。

このように市民マラソンは都市の観光資源であるとともに都市基盤の強さ等の都市力をPRする最大のショーケースだともいえる。東京マラソンの場合、7時間を超える交通規制、150万人を超える沿道応援者への対応等々、安全対策、行政力、警察力、公共交通機関、そして何より沿道住民の理解など、まさに都市力を集結させて初めて成功するイベントである。2020年に東京が世界に示したい都市としての実行能力の高さの見本になる大会ともいえる。事実、2012年ロンドンオリンピックは招致活動の際に、ロンドンマラソンをIOC委員に視察してもらいながら、都市の運営能力の高さを示したといわれている。東京マラソンも、東京の実現可能性を高く示す最大のケーパビリティーの場となったといえるだろう。

(本連載は、『JAAA REPORTS』2014年6月号に掲載されたものをリライトしたものです)

プロフィール

  • 坂牧 政彦
    株式会社電通 スポーツ局 2020東京オリンピック・パラリンピック室 マーケティング部長

    1990年電通入社、スポーツ・文化事業局に配属。以後一貫してスポーツマーケティングの分野に従事し、世界体操選手権鯖江大会、大相撲地方巡業プロジェクト、スポーツスタジアムのネーミングライツ、東京マラソンなどのスポーツイベントに携わる。2013年11月、2020東京オリンピック・パラリンピック室 マーケティング部長。

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