テレビとソーシャルメディアのさらにいい関係 #06

生放送性。みんなでハラハラドキドキできること

  • Take 02 6559 hirota
    廣田 周作
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター
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    濱野 智史
    情報社会学者・批評家・日本技芸リサーチャー

廣田: オリンピックはかなりコンテンツとして盛り上がったと思うのですが、濱野さんにお伺いしたいのは、こうした盛り上がりをどのように設計していけばいいか?というところです。どうしたら盛り上がるのでしょうか?

濱野: そうですねえ、難しいところですね。オリンピックは今回、ソーシャルメディアにドンピシャでハマって、すごくよかったわけですよね。でも、ああいうクラスのイベント的なことは毎日はできないですからね。

廣田: ひとつは、生々しさというか、事件が発生するというか、昔のテレビでいうと、「8時だョ、全員集合」じゃないですけど、みんながドキドキできる場を作ることでしょうか……。

濱野: 生放送性ですよね。べつにソーシャルメディアが出てくる以前から、生放送されているものを、お茶の間なり街頭テレビなりで、いまこの瞬間ハラハラして見るというのは、めちゃくちゃ盛り上がったんですよね。それは歴史が証明している。力道山のプロレスも、浅間山荘事件も、ドリフの停電事件にしても、なにか生放送でハラハラしながら見るということが、ある種の「国民の記憶」に刺さるような強力なイベントになったわけです。

最近だとそれに一番近いものがオリンピックで、だからすごく盛り上がった。しかも、日本の場合はたまたま時間帯が深夜だったから、大声を出すわけにもいかず、ソーシャルメディアで大盛り上がりとなったというのは、まさにそのとおりだなと思って。今回ドンピシャでハマったんだなと。

廣田: スポーツは、もともと人間がルールを設計したものです。プレーヤーはそのルールの中で戦い、勝ち負けが出てくる過程が絶対にあるものなので、盛り上がるコンテンツとして上手く設計されていますよね。

濱野: そうですね。基本的には「結果がまだ分からない」「応援できる」というのが大事なんでしょうね。それがまさに「生放送」とマッチする。ハラハラドキドキ感を生んでしまう。

廣田: 「結果がまだ分からない」はまさに「ハラハラドキドキ」の源ですが、「応援できる」というのはオリンピックみたいなスポーツイベントの他にはどんなものがあるでしょうか。

濱野: オリンピックに比べるとずいぶん極端な例だと思われるかもしれませんが、AKBなんかまさにそういうところがあるんですよ。AKBの総選挙なんて、ただアイドルのメンバーのファン投票をやっているだけで、たぶん投票に参加していない人は、あまり面白いと思わないはずなんです。なんでこんなんで盛り上がってるんだって。

でも、僕は2012年の第4回総選挙に、自分でもメンバーに投票するという形で参加して、現場の武道館で見ていたんです。そうしたら、これがありえないほどハラハラドキドキして見れた(笑)。だって自分の「推しメン」(応援しているメンバー)が何位に入るか分からない、もしかしたら選抜圏内にも入っていないかもしれないと思いながら見ると、もう居ても立ってもいられないんですよね。

そしていざ順位が発表されてメンバーの顔を見ると、こっちも感情を揺さぶられる。しかも投票したメンバーには、数日後の握手会で「おめでとう!」と言いに行くことができてしまう。こうした一連のプロセスでは、「生放送」という次元を超えて、「生」の感情やコミュニケーションが次々と連鎖していくようにイベントが設計されています。だからこそ、AKBの総選挙は、少なくともファンにとってはオリンピックレベルの極めて緊張感の高いイベントになるんです。

廣田: オリンピックレベルのイベントですか(笑)。

濱野: しかもAKBがすごいなあと思うのは、こうしたハラハラドキドキの感情を、うまくコンテンツの魅力にも転移させている点です。これは別にAKBに限りませんが、アイドルソングって、要は音楽単体の善し悪しじゃないんです。ステージ上で踊っている女の子に恋に近い感情を抱いたり、「ダンス頑張ってるな、ああ、ミスしそうになった、頑張れ!」とハラハラドキドキして応援しながら、まさにそういう心理状況に近いことを描いた歌詞を聞いていると、なんだかその曲が神曲に聞こえてくるという(笑)、ある種の錯覚のメカニズムなんですよね。

これは心理学で言われる「吊り橋効果」に近い。二人で吊り橋をわたると、橋がぐらぐらと揺れてハラハラドキドキする。すると、隣にいる人に恋愛感情を抱いてしまいやすいという、他愛もない話です。これって、普通に聞くとばかみたいな話なんですけど、でもソーシャルメディア時代には、こういう「吊り橋効果」に近いことがコンテンツにも求められる。むしろそういう他愛もない勘違いや錯覚によって、いかにハラハラドキドキをみんなで体感して共有できるのか。

コンテンツ自体がクリエイティブで超クールでかっこいいとか、ストーリーとか設定が練られていてすごいとか、そういうコンテンツの質が必ずしも没入感を高めるわけではなくなっている。むしろユーザーの側がどれくらい参加できるのか、真剣に応援できるのか、ハラハラドキドキできるのか。そういった点にクリエーティビティを発揮しないと、ソーシャルメディア時代には受け入れられないようになってきている。これは抗えない流れとしてあると思います。

廣田: そんな他愛もない「勘違い」や「錯覚」を設計するというのは、すごく難しいことですよね……。

濱野: それはそうですよ。「それではユーザーをこっそり勘違いさせて踊らせる仕組みを考えよう」とか、そういう話ではないんですよね、これは。そんな簡単にできることなら、みんなやっています(笑)。むしろコンテンツを作る側が、どれだけ誠実に取り組んでいるか、ユーザーと向き合っているかが、いま問われるようになっている。ユーザーの目はそれこそとても厳しくて、監視の目を張り巡らせている。何かがあると、ソーシャルメディア上ですぐに共有されて炎上しますから。

次回へ続く 〕

プロフィール

  • Take 02 6559 hirota
    廣田 周作
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター

    2009年に電通入社。企業のソーシャルメディアの戦略的活用コンサルティングから、デジタル領域における戦略策定、キャンペーン実施、デジタルプロモーション企画、効果検証を担当。社内横断組織「電通ソーシャルメディアラボ」「電通モダン・コミュニケーション・ラボ」などに所属。著書に『SHARED VISION』(宣伝会議)。

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    濱野 智史
    情報社会学者・批評家・日本技芸リサーチャー

    1980年生まれ。慶應義塾大大学院政策・メディア研究科修士課程修了、国際大グローバル・コミュニケーション・センター研究員を経て、現在はウェブ関連サービス会社の日本技芸でリサーチャーを務める。2011年から朝日新聞論壇時評委員、千葉商科大非常勤講師を兼務。専門は情報社会論・メディア論。ウェブサービス、ネットコミュニティーの社会学的分析や、一般ユーザーの実態調査(フィールドワーク)を手掛けている。主著に『アーキテクチャの生態系』(08年、第25回テレコム社会科学賞・奨励賞)、『日本的ソーシャルメディアの未来』(佐々木博氏との共著。11年)、『希望論』(宇野常寛氏との共著。12年)など。

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