テレビとソーシャルメディアのさらにいい関係 #04

社交術の下手さゆえのツイッター?〜日本流エンゲージメント

  • Take 02 6559 hirota
    廣田 周作
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター
  • 37
    濱野 智史
    情報社会学者・批評家・日本技芸リサーチャー

濱野: 他にも、ながら視聴ですごく面白いなと思う類型があって。それは、もう一日中、家に引きこもっているギーク系※1 のオタクの人のつぶやきのスタイルだったんですね。で、その人はアニメオタクだから、基本テレビを見ながらだと、アニメの話題をつぶやくことが多いんですけど、もう一つはっきりしたパターンがあって、それは料理番組を見て「うまそー」「腹減った」「ラーメン食いたい」とひたすら脊髄反射でつぶやくというものでした。

その人は一日200件以上はつぶやいていて、自分でも何をつぶやいていたかなんて忘れているくらい、ひたすら無意識をツイッターのタイムライン上にダダ漏れにさせていたんです。そうすると、食欲のように「××食べたい」という脊髄反射系のつぶやきが増える。でもそうすると、彼がいうには、周りからのリプライも沢山きてコミュニケーションが捗るんだそうです。それはなぜかといえば、脊髄反射の欲求に関するつぶやきというのは、周りの友達も「ノリやすい」からだというんです。「ラーメン食いてー」とつぶやいたら、「お、俺も」といって同調しやすい。「お、お前も暇ならじゃあ行こうぜ」という感じで、アクションにもつながりやすい、と。

この、「無意識の欲求のダダ漏れをすると、他人もノリやすい」というのがポイントだと思います。そしてそれは、もはや「ライフログ」ですらないんですね。いままで、ツイッターとかソーシャルメディアは「ライフログ」といって、生活の記録、つまり「実際に起きたこと」(過去)の記録という話だった。しかし、いま挙げたギークの例というのは、突発的に思いついた欲求、つまり「これからしたいこと」(未来)の提案なんですね。実際、彼にいろいろ聞いてみると、「××したい」とつぶやきまくっているけど、大半は実際にはしなかったりするらしい。「これ欲しいってつぶやいてるけど、実際に買ったの?」「いや、買ってないッス」って感じなんですよ(笑)。

一見すると、これはすごく適当なんですけど、でもそういう無意識の欲求をダダ漏れにすると、投稿数が飛躍的に増えるわけです。普通の人はせいぜいその日に実際にしたこと、たとえばどこどこのお店に行ったとか、何のテレビを見たといった、つまり過去のことしかつぶやかない。だからせいぜい数十件に留まることが多い。でも、これからソーシャルメディア上でどんどん増えていくかもしれない情報というのは、「これからしたかったけど、べつにやらなかったこと」という、いわば「実現しなかった未来についての欲求」なんだと思うんです。少しむずかしい言い方をすると、「可能世界」(こうでもありえたかもしれない世界)ならぬ、「可能欲求」というか。

廣田: ツイッター上で「うぃる」(Will)という言葉で書かれているものですね。

濱野: Willですね、まさに。ソーシャルメディアをライフログとみなして、消費者の行動履歴を分析して……ということをやりたい人からすると、こうした適当なWill系のつぶやきは、いわば実際に起きなかったことばかりなので、あまり嬉しくない情報かもしれない。でも実は広告とかマーケティングのことを考えると、こうしたWill系のつぶやきのほうが重要じゃないかと思うんです。行動履歴じゃなくて、(実際には実現されなかった)欲望の履歴のほうが、これからはガンガン、ソーシャルメディアで収集できる可能性が高い。なぜなら、それは「実際に起きたこと」(行動履歴)よりも情報量が膨大だからです。「ライフログ」じゃなくて「ライフウィル」こそが、現在言われているビッグデータよりも遥かに規模が大きいというのは、面白いテーマだと思います。

廣田: うぃる(Will)という言葉は、実は「Shall we」や「Let's」のように、「さりげなく誘う」意味にもなっているのですね。

濱野: そうそうそうそう。まさにそうなんですよ。

廣田: 面と向かって、「飯、行きましょうよ」と言うのは、断られたときのショックが大きいので、これからご飯食べたいなぁ〜と言うことで、やんわりと相手に、察してもらう(笑)。

濱野: 断られた時のショックが大きいわけですよ。ツイッターのいいのは、ひとり言で、「ラーメン、行きたいなあ」とかつぶやける。直接誰かを「誘う」んじゃなくて、「誘い受け」というか。

廣田: アニメ番組のオンエア直前に「待機」というコメントが増えるのも、もしかすると、「これから番組、見るよ!」と言いながら、同時に一緒に見る人をさりげなく募っているのかもしれません。

濱野: そうすると「俺も暇だから乗るよ」という感じで、どんどん周りの友達も乗ってくる。ノリやすくなる。「SIPS」理論風にいえば、「参加」型の消費が発生しやすくなるわけです。これはけっこう大事な論点で、逆にいうと、そうした「参加」が起きやすくする、ノリやすくするための情報の提供の仕方をいろいろ考えていく必要があるんだと思うんですね。

廣田: ある大学の先生で、面白いことをおっしゃっている方がいて、「日本流エンゲージメント」ということを言ってるんですね。日本人は、キス、ハグ、シェークハンドといった欧米の対面式の文化ではないので、面と向かって何かやりましょうと言うのは恥ずかしい、と。

濱野: 社交術の下手さみたいなことですね。

廣田: なので対人関係の間にテレビ番組などの対象物が入り、それを間接的にみんなで共有することで、はじめてお互い緩いつながりを作れる。日本人には、そういった間接的なエンゲージメントのほうが向いているんだ、と。まさに今のお話でいうと、「何かやらない?」みたいな話を、面と向かって言わず、さりげなく察してもらうほうが気楽なのかもしれません。空気を読んでもらいたい気持ちが強いというか。

濱野: それはあると思いますね。若者のテレビ離れとか言われているわりに、いまソーシャルメディア上でテレビの話題が盛り上がっているという話がありますけど、それはたぶんテレビを見るということが、緩いエンゲージメントの提供装置としていまでも最適なんだからだと思います。

ただ、テレビが絶対的な強者かというとそれは言えないわけです。いまやテレビだけでなくてニコニコ動画にYou Tubeもあれば、ネットゲームもスマホのゲームもある。あちこちにさまざま遊べる場所があって、そこにはいつもの仲間がいる。さっき、コンテンツのザッピングとして###リモコン##132###の例を挙げましたけど、ソーシャルメディアというのは言い方を変えると、コミュニケーションのザッピングを可能にしてしまいます。つまりコミュニケーション相手を、ソーシャルメディアを通じて簡単に切り替えられるし選択できてしまう。
僕だったら、いまAKBの話題はこの辺で盛り上がってるから、そこだけウォッチしていようという感じで、共通の趣味・話題で盛り上がれるコミュニケーション相手と場所はいくらでも見つかってしまう。そこは昔とは状況がだいぶ変わっていますね。でもそんな状況で、もしテレビが強いとすれば、意外とみんな、自分の家では家族がお茶の間でテレビを見てはいて、自分は注意を払ってもいないかもしれないけど、接してはいる。

廣田: 家族がなんとなく同じ空間にいて、テレビがついてはいる。そこで、テレビがうまく視聴者の気を引く要素があると、そのまま見てくれて、友達に情報を拡散させる素地はあるということですね。やんわりと一緒に見よう!と友達を誘ってくれる。コンテンツ側に、ハッとさせたり、ふと見いってしまうようなものがあると、多くの視聴につながる可能性があるということですね。

濱野: そういう可能性はあると思います。

※1 ギ—ク系・・・コンピュータやインターネット技術に卓越した知識をもつ人たち

次回へ続く 〕

プロフィール

  • Take 02 6559 hirota
    廣田 周作
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター

    2009年に電通入社。企業のソーシャルメディアの戦略的活用コンサルティングから、デジタル領域における戦略策定、キャンペーン実施、デジタルプロモーション企画、効果検証を担当。社内横断組織「電通ソーシャルメディアラボ」「電通モダン・コミュニケーション・ラボ」などに所属。著書に『SHARED VISION』(宣伝会議)。

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    濱野 智史
    情報社会学者・批評家・日本技芸リサーチャー

    1980年生まれ。慶應義塾大大学院政策・メディア研究科修士課程修了、国際大グローバル・コミュニケーション・センター研究員を経て、現在はウェブ関連サービス会社の日本技芸でリサーチャーを務める。2011年から朝日新聞論壇時評委員、千葉商科大非常勤講師を兼務。専門は情報社会論・メディア論。ウェブサービス、ネットコミュニティーの社会学的分析や、一般ユーザーの実態調査(フィールドワーク)を手掛けている。主著に『アーキテクチャの生態系』(08年、第25回テレコム社会科学賞・奨励賞)、『日本的ソーシャルメディアの未来』(佐々木博氏との共著。11年)、『希望論』(宇野常寛氏との共著。12年)など。

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