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『エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング』著者が語るNo.2

「モノ+サービス」の時代へ。

2014/07/02

5月17日にファーストプレスから発売された書籍『エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング』。顧客のブランド体験にフォーカスしたマーケティング戦略の指南書として注目されています。その著者、電通マーケティングソリューション局 専任局次長 兼 ブランドコンサルティング部長の朝岡崇史氏に、ファーストプレスの編集者がインタビューを行いました。

エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング

『エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング―ブランド体験価値からサービスデザインへ』(ソフトカバー、256頁、1,500円+税、ISBN978-4904336779)

朝岡崇史氏
朝岡崇史氏

■「モノを売ることがゴール」だった時代から、「売ってお客さまにどう感じてもらうかがゴール」になる時代へ

ファーストプレス:本を書こうと思ったきっかけは?

朝岡:ソーシャルメディアが普及したことで、企業の悩みの質が変わってきていると感じたことが執筆の直接のきっかけです。

昔、いわゆるマーケティング1.0や2.0の時代は、4P(製品、価格、流通、プロモーション)やSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)がきちんとできていなければ、どんなにモノとしての価値が高くても売れなかったのです。しかし最近は、必ずしもそうではありません。

お客さまが製品やサービスを使った体験、いわゆるブランド体験が期待以上に非常に素晴らしいものであったとき、お客さま自身が自発的に推奨したり、ポジティブな評価を下してくれて、それがソーシャル・コミュニティーの中で増幅され、商品やサービスが売れるという現象が起こっています。

しかしながらこれまでは、そういったお客さまのクチコミの力というのは、ブランドの価値として測るには曖昧模糊としたものでした。アンケート形式の調査で点数で結果を見ることはできましたが、どういうところがお客さまに響いているかとか、どこに推奨のポイントや満足のツボがあるかなどということ、つまりクチコミの動機が何なのかということが全く分からなかったのです。それが、ソーシャルメディアが出てきたことで、クチコミの可視化・計量化ができるようになったのです。

ブランドの効果の一つに、モノが売れる力、売れ続ける力を生み出すということがあるので、お客さまのクチコミが、モノが売れることに継続的に寄与しているとするならば、それもブランドのポジティブな力として認定し、マネジメントすることが必要ではないかと考えたわけです。

企業の経営の中枢にいる方々も、製品やサービスを売ることがゴールではなく、売ってお客さまにどう感じてもらうかというのが非常に重要な時代になってきていて、そこまでのマネジメントをしなければならないと痛感されていると思います。

朝岡崇史氏

ファーストプレス:お客さまの力が非常に強くなっている中、お客さまの声を聞き過ぎるとイノベーションが起こらないのでは? とも言われていますが。

朝岡:お客さまの声は確かに重要ですが、それをベースにしてすべての戦略を組み立てるということではありません。企業自身が考えるビジョンを責任を持って実現することで、お客さまがブランド体験をして、その体験のレベルがどうだったのか、さらにそれを改良するために何かできることはないのか模索するのが、お客さまとの正しい向き合い方です。いわゆるPDCAでいう検証のプロセスで、お客さまの声をうまく活用する方法が良いと思っています。

本にも書きましたが、たとえばBMWは、ソーシャル時代のはるか前、約50年前から「駆けぬける歓び」(Sheer Driving Pleasure)をブランドビジョンとしてお客さまに伝えてきました。BMWはプレミアムカーですが、運転して楽しむというのは、本来はスポーツカーの領域の話で、その文脈をプレミアムカーに持ってきたという時点で、かなりイノベーティブな打ち出し方だったと思います。

ブランドビジョンは、お客さまへの約束であり、共鳴・共感してもらうためのものでもあると思います。

50年前にBMWが「駆けぬける歓び」と言ったときには、プレミアムカーというのはリア・シートに座って、アウトバーンのような場所を快適に走るのが良いという価値観の人が多かったと思います。一方で、自分がハンドルを握って聴くエンジンの官能的なエクゾーストノートや、コーナーリングをしたときの痛快さなどに価値を感じる人がいるわけです。ですから企業は、お客さま各人各様の価値観にこびるのではなくて、まずビジョンを明確に定め、そしてそのビジョンに共鳴する人を増やすというのが本来やるべきマーケティングだと思います。

また、よくフェイスブックで何をやったらいいのでしょうかという質問を受けることがあります。ソーシャルメディアはあくまでも手段にすぎません。やはり、お客さまに提供するビジョンや約束が先にあって、それが実現できてはじめてコンテンツになり、お客さまと価値を共有することになるわけです。

■「プロダクト価値」から「ブランド体験価値」へブランドの差別化のドライバーが変わった

ファーストプレス:ブランドビジョンの共鳴者を増やすマーケティングに企業規模は関係あるのでしょうか? 

朝岡:規模の大小が成否を左右していたのは、マーケティング1.0や2.0の時代だったと思います。お客さまとのコ・クリエーション(共創)が起きてきたときに、ブランドの差別化のドライバーになるものは何かというと、かつては資本の力と関係性の深いプロダクト価値だったものが、今はお客さまが実感するブランド体験価値にシフトしてきているということに注意が必要です。

企業の経営者がトップラインを伸ばそうと思った時に、今までのようにモノを売って終わりというようなマーケティングではもう立ち行かなくて、サービスデザインのように、モノとサービスをセットで、巧みにパッケージ化してお客さまに提供し、利用していただくことが必要になりました。企業がその感想や評価をKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)として、売り上げ以上に非常に重要な指標だと意識するかどうかが、カギのような気がしますね。

ファーストプレス:海外の企業で、ブランド体験価値で差別化に成功した良い事例はありますか?

朝岡:本の中でも触れましたが、レッドブルはうまくやっていると思います。これまでのアプローチだと、エナジードリンクだったら中に入っている成分の配合を変えようとか、味をリニューアルしてパッケージを整えてとか、そういうことになってしまうのでしょうが、ブランド体験価値のレイヤーである「エクストリーム体験」で差別化を図ろうという戦略を立てています。エナジードリンクのカテゴリーの中では後発のブランドであるにもかかわらず、戦略がうまくはまっている例だと思います。この着眼点を見習うべきだと思います。

朝岡崇史氏

■カスタマー・エクスペリエンスとデータ・ドリブン・マーケティングが交わる部分にチャンスがある

ファーストプレス:全ての業種がサービス産業といえる時代になり、モノづくりのメーカーも生き残るために、サービスというものをもっと考えないといけないのでしょうか。

朝岡:モノを売って終わりだった時代は、製品やサービスの内容など、物理的な差別性だけをフォーカスしていれば大丈夫でした。マーケティング2.0まではそれでもよかったのです。しかし、ソーシャルメディアが台頭して以降は、お客さまも自身のブランド体験の感想を、推奨や評価という形で発信することができるようになったのです。

お客さまに提供するブランド体験価値の本質は何なのかということを、まず企業の側は意識する必要があると思います。

今、データ・ドリブン・マーケティングが流行ですよね。たしかにデータ・ドリブンは重要です。しかし、データの解析から何かすごくお客さまがビックリするような発見があったり、戦略が生まれたりするかというと、そこまでは難しいと思います。購買行動データなどのように、データとはあくまでも過去の時点のものなので、アウフヘーベンして上のレベルに持ってくるというか、ちょっとしたクリエーティブ的なジャンプとか仕掛けづくりみたいなものが不可欠だと思うのです。

今回、本の中でもカスタマー・ジャーニーやエクスペリエンス・デザインの話をさせていただきました。カスタマー・ジャーニーを精査して、お客さまが望む理想の姿を創ってみる。これは非常にクリエーティブなプロセスだと思いますし、そういったことを丁寧に、地道にやるということも重要なのです。

データ・ドリブンのマーケティングと、それからカスタマー・ジャーニーを見るエクスペリエンス・ドリブンのマーケティングと、良いところを補完し合って出せば、企業にとっての最適解が見つかる可能性がとても高くなると考えています。

データ・ドリブン・マーケティングとカスタマー・エクスペリエンスの交わりの部分、そこが今後のマーケティングの大きなテーマになってくるはずです。私自身もそこを今後のテーマとして掘り下げてみたいと思っています。

ファーストプレス:データとエクスペリエンスの交わる部分は、企業の経営トップのこれからの課題でもありますね。本日は、ありがとうございました。


※エクスペリエンス・ドリブン・マーケティングRは、2014年6月に第35類(マーケティング、マーケティングに関する助言ほか)で商標登録出願中です。