アド・スタディーズ 対談 #08

マーケティング:実務とアカデミズム
―新しい交流の次元に向けて―②

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    吉田秀雄記念事業財団
  疋田聰(元東洋大学教授)×阿部周造(早稲田大学特任教授)  
  疋田聰(元東洋大学教授)×阿部周造(早稲田大学特任教授)  
 
 

前回に続き、消費者行動の分析を中心にアカデミズムの世界で精度の高い予測可能な理論構築に取り組んでこられた早稲田大学の阿部周造特任教授をゲストにお迎えし、ビジネスパーソンとしての実務経験をもとに現実に適用できる理論研究に携わってこられた疋田聰元東洋大学教授と共に、アカデミズムと実務の接点や新しい交流のあり方などについてお話しいただいた。

 
 
 
 

アカデミズムと実務の接点

 

疋田:アカデミズムの世界で特にお感じになっていることはありますか。

阿部:学界では様々な論文が発表され、それをフォローするだけでも大変です。しかし、どれが自分に関係のある論文なのか、それぞれの論文がどういう関係にあるのかという知識の整理、体系づけが十分なされているわけではありませんし、道具主義ではその辺が希薄になってしまいますから、学界はより高度な理論を構築する方向に向かうべきだと思っています。

疋田:阿部さんの苦言には私も賛成です。さらに、道具主義の弊害はビジネスピープルにとっても同じだと思います。なぜかというと、確かに使えればいいということはあると思いますが、ある意味でそれは行き過ぎた道具主義、視野の狭い道具主義だと思うからです。

例えば、風邪をひいたときに薬を飲む、頭が痛いからこの薬、胃がおかしいからこの薬を飲むといったように、ある症状について効く薬はそれぞれあります。しかし、同時に服用した場合、どんな影響があるかはわかりません。だから、「飲み合わせ」の危険を指摘できる薬剤師が必要になるのですが、薬剤師はアカデミシャンかといったらたぶん違います。部分最適解は全体の最適解に必ずしもならないし、合成の誤謬が起こると考えるのはアカデミシャンやサイエンティストだけではなくて、実践するビジネスピープルにおいても同じではないでしょうか。

アリストテレスではありませんが、やはり、プラクシスの中においてもテクネー(技術)は実際にそれをどう使うかというフロネーシス、日本語でいうと知慮、深い知識と結びつかなければいけない。それを実務家にも気づかせることが重要なのだと思います。

阿部:私はアメリカの大学へ留学して以来、アカデミシャンとして、実務の世界とは直結しない研究をしてきましたが、自分の置かれた環境によって考え方も少しずつ変わってきました。10年ほど前から、明治大学の専門職大学院で消費者行動論とマーケティング・リサーチを、そのあと早稲田大学でMBAの人たちに教えてきましたが、学部の授業ではまったく学生は受け身です。じっと下を向いて全然こちらを見てくれませんから、教える側としても非常に無力さを感じるわけです。しかし、MBAには学ぶという姿勢がありありと出ていますから、彼らをがっかりさせることはできない。そのため、知識として説明したものを予測にもつなげなければならないという意識が強くなってきました。

疋田:たしかに、MBAの実務家の人はよく勉強しますが、その中身についても吟味が必要かもしれません。慶應のビジネススクールには科学方法論を教える科目がありますが、実務とは一見関係なさそうな科学哲学を学んだり研究する意義についてどうお考えになりますか。

阿部:それはすばらしい。自分のやっていることを整理して見直すために役立つからです。1つのことだけ学んでいると、他のことにはあまり関心を払わず早く結果を得たいということになりがちですが、それではあまりいい結果は得られません。

私のところに来るMBAの方々はどちらかといえば統計的な分析ができない人たちですが、卒論を書くときには統計的分析をして論文をまとめることができるように指導します。今はソフトがどんどん進化していますから、例えば共分散構造分析のAMOSのような優れたソフトを使うことができます。しかし、基礎がしっかりしていないと大事なところで大きな勘違いがあったりして限界のあるものしかできません。いくらベーシックなものでも体系的に位置づけて整理しなければ、有用なものにはならないからです。科学哲学はその基礎をつくってくれるものだと思います。

文化的差異へのアプローチ

 

疋田:よく合理性という言葉を使います。『広辞苑』には「道理にかなっていること」「無駄なく能率的」とありますが非常にわかりにくい。組織の合理性とか経済的合理性といったようにいろいろな場面で使われ、取捨選択の大きな基準になっていますが、場合によってはいろいろな意味で矛盾が出てきます。はたして合理性という言葉で課題を整理して解いていくことはどこまで可能なのか。あるパラダイムまでいったら、また違う合理性が生じてくることもあると思いますが、いかがですか。

阿部:それは難しい問題です。例えば科学哲学のどの立場が正しいかということになるとほとんど結論が出ないし、決着のつかない問題だといわれています。合理性を追求したら別の側面では合理的ではなくなってしまうこともあるからです。反証主義はその点での問題を抱えているといわれます。反証主義は帰納を含まない知識だけをつくるべきだとしていますから、その意味では非常に一貫していますが、追加情報に基づいて知識を変更することまでも拒絶するといった不合理性を抱えています。やはり、合理性だけで問題を解決するのではなく、いろいろな人間の知恵を集めてやらざるを得ないのではないでしょうか。

疋田:よく、ある合理性をアプリオリに設定し、そこから演繹して考えていくという方法がとられます。例えば古典経済学の体系でも経済人を前提に置くことで構築されていきます。数学の場合には公理を置くことで一種の体系ができますが、エレガントな体系というと、何か上位にあるような感覚を持ちますが、必ずしもそういうことを是とは考えないというお立場ですか。

阿部:基本命題が経験的に確かめられるものでなければ無意味だとか、合理的に効用を最大化するようなモデルが無価値であると言うつもりはありません。それでも理論に強い前提を置いて規範的にこうあるべきだというアプローチには大きな限界があると思います。

疋田:そうすると、あまりエレガンシーには憧れは持たないということですか(笑)。

阿部:憧れはありますよ(笑)。いろいろな理論を体系化してよりエレガントなものに近づけていく作業は無価値ではありませんし、それは捨て去ってはいけないと考えています。

疋田:青い鳥を追いかけたり、エレガンシーを描いたりすることはロマンにあふれていて、マーケティング理論にも明示はされてはいませんが、やはりある種のアプリオリの公理のようなものがあるように思います。

マーケティングという考えはアメリカで発生したわけですが、日本で展開されるマーケティング活動とは大きな違いがあるのではないでしょうか。アメリカ流のマーケティングの基本には競争的な概念というか、競争優位の考え方がありますが、日本には競争ではなく共存的な商慣習があるような気がします。そうなるとアメリカ流というかこれまでの消費者行動の理論体系や考え方も変わってくるはずです。アメリカと違い日本の場合、典型的な例として、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」の考え方がありますから、企業にとって何が最終的に役に立つかという点でも、アメリカとは少しずれが出てくるところがあるのではないでしょうか。

阿部:多くの理論研究がアメリカで行われていて、学者がそれをつくるときには、いわばユニバーサルな理論という形で打ち出してきます。しかし、それを日本で使ってうまくいかないとき、日本は特殊な国だからということで無視するわけにはいかないと思います。私はアメリカでつくられた理論はトップバッターではあるが、それはアメリカ文化の特殊モデルだと考えています。それを日本に持ってきて日本の風土に合わせて別物にすれば、日本的特殊モデルになるのだと思っています。

もちろん、日本とアメリカはどう違うのかを研究したり、日米以外の国との違いを発見するのも大きな目的になりますが、より普遍的な人間行動に関する理論、あるいは消費者行動に関する理論を構築していくためにはもっと広く普遍的に見なければいけない。ですから、日本の状況がおかしいということではなく、もしかしたら日本のほうがより普遍的で、アメリカのほうがむしろ特殊的かもしれないという視点を常に持つことが大事だと思います。

マーケティング理論は輸入から始まりましたが、日本的なものは忘れてはいけないし、しっかり意識して考えなければいけません。これは狭い民族主義ではなく、突き詰めていけば、より優れたモデルの構築につながると考えています。

実務家と研究者の共同作業

 

疋田:国際比較ということになると、通常は日本の国民とアメリカの国民はどう違うかということに目を向けられがちですが、むしろアメリカをベースにした理論と日本をベースにした理論ではどちらがより一般性があるのか、より根源的でベーシックなところを説明できるかという視点が大事だということですね。

阿部:浅いレベルで比較するのではなくて深めていかないといけません。よく使われる消費者行動モデルにフィッシュバイン(Fishbein)とエイゼン(Ajzen)のモデルがあります。行動や意図は態度だけで規定されるのではなく、主観的な規範にも応えようとすることから生まれるというものです。例えば、自分はベンツが好きでも「あなた、ベンツなんか乗ったら格好つけすぎです」と奥さんに言われたり、会社の中で不評だったりした場合、それも考えて買うかどうかを決めるということです。

私がBagozzi先生と行った国際比較研究があります。それは日本の消費者のほうが周りのことを気にするだろうという仮説のもとに行ったものですが、結果には差がありませんでした。それはファストフードでの学生の比較ですから、それ以外の場に広げることはできませんが、仮説と結果が逆になることもありえる。つまり、フィッシュバインのモデルを使って比較ができるし、それを修正することもできるということです。

疋田:私は、ソチオリンピックでメダルをとったわけではないのに、何で浅田真央がこんなに人気があるのかを考えたりします。彼女が勝負にこだわるのではなく、最高の演技を目指してベストを尽くしたからではないでしょうか。相撲では横綱が立ち合いの変化で勝っても、評判が下がったりしますが、例えば、消費者行動の研究において、そうした勝ち負けを超えた価値みたいなものをお感じになったことはありますか。

阿部:アメリカの学者の世界では、名前の知られたジャーナルに論文を出したほうが勝ちだという意識があります。それに載りやすい形でテーマも絞っていきます。学会でも編集長やエディターが集まって、こういうふうに書くとよりアピールできると教えています。それは悪いことではないかもしれませんが、本来自分がやりたい研究とは違うが、すぐに脚光を浴びないと研究資金も得られないし、次のテニュア(tenure)もとることができないので、アピールするほうに流れてしまう。それは1人ひとりの研究者が自分で判断すればいいことだと思います。

疋田:実は、実務家と研究者を分けるというのは基本的に間違いだと私は思っているのですが……。

阿部:私は研究者の人生しか歩んでいませんが、実務の世界でも製品開発をする場合は、始めから終わりまで1人でやるわけではありません。研究者の論文でも最近は共同執筆が増えてきています。実務畑と研究者の共同作業をどんどんやっていくことが必要だと思っています。それは国内だけではなく国際的なものとして広げていく必要があるでしょうが、自分のコアはしっかり守りながら成果を出すことが大事だと思います。

疋田:人と会って話をするのは、情報量を増やすだけではなく刺激の受け方が全然違います。そうした機会を意識的につくっていくこと、そしてとりわけ学者の卵、あるいは研究者の卵たちには、歴史的に今も残る古典を読むことを薦めます。パイオニアたちは「みんな悩んで大きくなった」わけで、それは今につながっているからです。それからマーケティングの基本となるエンパシーというか、相手の立場に立って考える想像力を養うことです。遠回りかもしれませんが、科学哲学的な本を読むことも理論や実務につながっていきますから、読めばかならず刺激を受けるはずです。

阿部:絶対に役に立ちますよ(笑)。

疋田:今日はいろいろありがとうございました。

〔 完 〕

※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。


 

疋田聰(元東洋大学教授)

疋田 聰

(ひきた・さとし)
1946年東京生まれ。70年慶應義塾大学商学部卒業。75年同大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。同年日本経済新聞社入社。広告局、企画調査部勤務等を経て81年東洋大学経営学部専任講師。83年助教授90~2014年教授。2004~08年東洋大学副学長。2010~13年日本広告学会副会長。著書に『新価値創造の広告コミュニケーション』(共著)、『広告とCSR』(共編著)、『新広告論』(共編著)、『情報の倫理』(共著)、翻訳書にフィリップ・コトラー『マーケティング・マネジメント(第4、7版)』(共訳)など

   
阿部周造(早稲田大学特任教授)

阿部 周造

(あべ・しゅうぞう)
1944年香川県生まれ。67年明治大学商学部卒業。72年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。同大学商学部助手。77年日本大学経済学部助教授。79~87年横浜国立大学経営学部助教授。87~2009年教授。2009年早稲田大学特任教授。95年日本消費者行動研究学会会長。 2000~02年日本商業学会会長著書に『消費者行動』『消費者行動研究と方法』『新版マーケティング管理』(共著)など

プロフィール

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