loading...

DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.15

一杯のかけそばを「シェア」してみる

2014/07/04

今回取り上げるのは『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』(PHP新書)です。

著者の小林弘人氏は1994年に「ワイアード・ジャパン」を立ち上げ、インターネット黎明期からその文化を広めてきた方で、本書でも、ネット草創期から現在までの変遷・潮流をたどりつつ、「ウェブ的」なものがリアルの世界とクロスオーバーしていくさまを各種の事例を交え紹介していきます。

ハイテクと人間性、所有と共有、希望と畏れ、ネット社会とリアル社会。さまざまな価値観が行き交う交差点の中心で、インターネットとは誰のためにあるのか、そしてこれからどこに行くのかを考えるべく、本書は書かれた。(「はじめに」より)

「ウェブとはすなわち現実世界の未来図である」とはいったいどういうことなのでしょうか。本書ではさまざまな角度からこのコンセプトに触れられていますが、私は端的に2つの点に集約できるのではないかと感じました。

ひとつめは「ウェブが実験場・プロトタイピングの場となり、そこからアイデアが生まれ、現実世界にもサービスやプロダクトとして出現している」ということ。

もうひとつは「ウェブ的な思考・思想に感化されたわれわれ自身が、現実世界でもウェブ的に考え、ふるまうように変化している」ということ。

上記2点によって、ウェブ的な概念とされる「オープン」と「シェア」が現実世界に浸透しつつあるのです。

この2つの概念は、インターネット成立時から必然的にインターネットに織り込まれています。その理由がわかる箇所を本書より引用します。

「電子メールはあちこちのサーバを経由して届く」というと驚く人がいる。もともと相互乗り入れのインフラであるインターネットは、どこか特定の企業や団体が回線を占有しているわけではなく、世界中のハードウェアやサーバを通過している。だから、メールに関してもメールサーバを経由してあなたのもとに届く仕組みになっている。しかしそれぞれのサーバは利用料を徴収しているわけではなく、あくまで中継地点として開放されている。インターネットはみんなが自分たちのもっているインフラをオープンにすることで成立しているのだ。(「第2章」より)

本書では、ウェブから生まれたさまざまなサービスやプロダクトの中から、この「オープン」と「シェア」という概念が深く関わっているものが紹介されています。その一部を以下に抜粋します。

・ソーシャルグラフを外部に公開することで後発ながらSNSのデファクトスタンダードになった「フェイスブック」
・「オープン・ジャーナリズム」という概念を提唱し、人間と人間が接続された時代のニュース報道の在り方を模索しているイギリスの「ガーディアン」
・配信されるニュースを採点することで自分にあうように進化させられる英語圏ニュースリーダー「マイシックスセンス」
・仮想通貨「感謝の星」によって知らない者同士のギブ・アンド・テイクを推し進めるエストニアの「幸福銀行」
・一部技術の特許が切れ、オープン化され、さらに開発者コミュニティがオープンソースで開発を進めることで低廉な価格設定が可能となった「3Dプリンタ」
・空いている部屋をゲストに宿泊施設として貸し出すシェアサービス「エアビーアンドビー」
・ネットを使って個人同士が資金の貸し借りをするソーシャルレンディングのイギリス「ゾーパ」

また、根底に「オープン」と「シェア」のマインドがあるウェブや、ウェブから生まれた上記のようなサービスに親しむことで、もうひとつのポイントとして挙げたように、「われわれ自身が現実世界でもウェブ的に考え、ふるまうように変化」しつつあるように思えます。

例えば、本書でも紹介されているように、日本ではカーシェアは流行らないといわれていたのに、国内最大手のカーシェアリングサービス「タイムズカープラス」の会員数がこの1年で倍増したり、(今までは権利関係に厳しいと思われていた)官公庁のキャラクターなのに県の許諾を受ければ、県産品でのPRやパッケージなどに使用できるオープンソース的キャラクター「くまモン」が生まれたりしているのがその証左といえるのではないでしょうか。

身近なところでも、料理店でそれぞれが食べる分のほかに、皆で分けるものを別に頼むとき、以前は普通に「◯◯頼んで分けようか」などと言っていたように思うのですが、最近は「◯◯をシェアしようか」という言い方をよく耳にするようになりました(自らは気恥ずかしさがあり、口にすることができませんが…)。

この2つの言葉は結果的には同じ行為を指しているのですが、ニュアンスが微妙に異なるように感じています。なんとなく、ではありますが「分けようか」の場合は既にその皿における各自の取り分・縄張りのようなものが決まっていて、「シェアしようか」の場合はその皿を境界線なく「みんなのもの」として頼む感じ。

例えば、一世を風靡した「一杯のかけそば」を「親子で一杯のかけそばを分け合う話」ではなく「親子で一杯のかけそばをシェアする話」という言い方にすると途端に「貧しくも慎ましやかで気づかい合う家族の話」から「ちょっと気の利いたライフハックを紹介するためのポジティブな小話」のように聞こえてきませんか?

私は、「シェア」という言葉が使われるようになったことで、分け合う行為が、少し明るく前向きでハッピーなものに変化しつつあるように思うのです。

私自身はそのカラッとした前向きさをなんだかむずがゆく居心地悪く感じてしまうような、割とジメッとしたネガティブ人間なのですが、世の中で使われる言葉が変わることで、その行為に対する社会の認識も変わるという事実は否定できないので、ウェブ発信の「シェアする」という言葉がこれからも広がっていけば、きっと現実世界は今までよりも「分け合う行為」を明るく前向きでハッピーなものと捉えるように変化していくのだと思います。やったね。

「ウェブとはすなわち現実世界の未来図である」とは、社会の前面で目立つ具体的なサービスやプロダクトの話だけではなく、人々の思想や思考やふるまいにも関わってくることです。個々人は気付こうと気付くまいと、ボディーブローのようにジワジワと社会の有り様を根幹から変えつつあるのは実は後者なのではないでしょうか。

本書の最終章では「常識の通じない時代を生き抜く『7つの視座』」として、現実世界の変化にただ流されるのではなく、自ら「ウェブ的思考」を積極的に現実世界に持ち込むための心得が書かれています。

それら7つの視座の見出しをご紹介して、本稿を終えたいと思います。

New Rules:1
失敗しよう。失敗を許そう

New Rules:2
新しい「希少」を探せ

New Rules:3
違うもの同士をくっつけろ

New Rules:4
検索できないものをみつけよう

New Rules:5
素敵に周りの人の力を借りよう

New Rules:6
アイデアはバージョンアップさせよう

New Rules:7
ウェブのリアリティを獲得しよう

追記)せっかくこのような内容の本でしたので、私も本書を皆さまとシェアしたく思うのですが、Kindle本で購入したため、お貸しすることができません!ごめんなさい!リアルな物質である紙の本の方がシェアしやすい、というのもまた妙でおもしろい話ですね。ということで、ぜひ手にとってみてください。

 

【電通モダンコミュニケーションラボ】