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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.16

『イノベーションの達人!』
―あなたは人類学者やハードル選手になれる??

2014/07/18

次のコミュニケーションを考える一冊。
今回は、トム・ケリー&ジョナサン・リットマン著の『イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材』(早川書房)を取り上げます。

アップルやP&Gなど多くの一流企業の製品デザイン、顧客サービスのコンサルティングを請け負い、世界最高のデザイン・ファームと呼ばれる「IDEO(アイデオ)」の立役者が、その方法論を惜しげもなく明かしたのが、前著『発想する会社!』。2002年の本ですが、徹底した情報収集、実効あるブレイン・ストーミング、迅速なプロトタイプ製作など、その内容はさまざまなイノベーション本でも引用され、もはや古典と呼べる一冊となりました。

本書はその第2弾。これまた2006年の本なので、いささか古さを感じさせる事例もありますが、今でも十分に本質をついた内容となっています。

その中身はというと、イノベーションを生み出すチームに必要なキャラクターを10個挙げ、それぞれが果たす役割を、イノベーションの各ステップに沿って、事例を交えながら紹介するというもの。

<情報収集をする>
1 人類学者
2 実験者
3 花粉の運び手

<土台をつくる>
4 ハードル選手
5 コラボレーター
6 監督

<イノベーションを実現する>
7 経験デザイナー
8 舞台装置家
9 介護人
10 語り部

以上がその10個ですが、ここではイノベーションの3ステップそれぞれから、代表するキャラクターを1つずつご紹介しましょう。

まずは、「人類学者」。最初の「情報収集をする」段階のキャラクターです。顧客本人も自覚していない潜在的なニーズを「エスノグラフィー」や「行動観察」を通じて、探り当てる人のことです。

たとえばIDEOでは、新しい医療サービスの開発に当たり、病室でまるまる2日間、高齢者の方と一緒に過ごしたり、健康スナックの開発で、いくつかの一般家庭に上がり込み、その食生活をつぶさに観察したりしています。統計的に多くのデータを集めるのではなく、限られた顧客に徹底的に密着することで、どんどん仮説をつくっていくのです。

通常ニーズを探るのに使われるアンケートやインタビューでは、本人が自覚し、言語化できるニーズしか分からない。自動車王ヘンリー・フォードの有名な言葉に、「もし私が顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らはもっと速い馬が欲しいと答えていただろう」というのがありますが、まさしく顧客が意識化しているニーズは、現在の延長線上のものでしかない。過去や現在と非連続なイノベーションが求められる今、「人類学者」の役割は、ますます注目を集めています。

ここで押さえておきたいのは、「人類学者」の重要な資質です。それは、「自分の世界観に疑問を持てるだけの謙虚さがある」ということ。「観察」というと、なにか客観的で、ともすると「上から目線」な印象ですが、どちらかといえば、相手のふところに入り込み、その気持ちにどれだけ共感できるかが一番のポイントだそうです。

次にご紹介したいのが「ハードル選手」。ステップとしては、情報収集の後の「土台をつくる」段階のキャラクターです。イノベーションを実現するには多くの障害物がばらまかれていることを知っていて、そうした障害を乗り越えたり、ときにはやり過ごしたりするコツを心得ている人のことです。

本書に登場する、数十年前にスリーエムで「マスキングテープ」を発明した社員は、3つのハードルを乗り越えたといいます。

1つ目は、「自分の仕事に専念しろ」というハードル
2つ目は、「社内の官僚主義」というハードル
3つ目は、「最初の失敗であきらめる」というハードル

結果、この社員リチャード・ドルーは、最終的に数十億ドルの累積収益を会社にもたらし、今では同社の伝説的人物として語られています。

イノベーションの難しいところは、発想を得るだけでなく、それを実現すること。初めてのことに障害はつきものですから、「ハードル選手」になったつもりで軽々と飛び越えるタフさを持ち合わせていないと、イノベーションは起こせないということです。5番目のキャラクターである「コラボレーター」の協力も得て、ときには機転を利かせて壁を乗り越えることを説いています。

そして、3つ目にご紹介したいのが、「経験デザイナー」。イノベーションのステップでいえば最終段階にあたる「実現する」キャラクターです。今、さまざまなビジネス本で「経験デザイン」のことが書かれていますが、その大本になった考えを提出した一人が、本書の著者、トム・ケリーだと思います。

商品であれ、サービスであれ、すべては顧客に対して、なんらかの「経験」を与えるもの。そうした視点で、顧客とのあらゆる接点を洗い出し、これまでの平凡な経験を非凡なものにできないか、つねに見直し続けるキャラクターです。

たとえば、本書では、アイスクリームチェーン店「コールド・ストーン」が紹介されるのですが、彼らはアイスクリームを製品としてではなく、「究極のアイスクリーム経験」として提供しているそうです。フレーバーのバリエーションから陳列方法、実際にフレーバーを混ぜ合わすところをパフォーマンスとして見せる「コールド・ストーン」と呼ばれる舞台など、見る者を楽しませる経験にあふれているのです。

最近は、「カスタマー・ジャーニー」という言葉が定着していますが、顧客のあらゆる経験を「旅」にたとえることも本書ではすでに提案されています。旅にたとえることで、顧客の経験を見直す際にも、五感のすべてを刺激するような、非凡で感動的なものに変えられないかという視点が生まれ、より大きなイノベーションにつがるというわけです。

以上、「情報収集→土台づくり→実現」という3つのステップに対応したキャラクターをご紹介しましたが、他にも、いち早くプロトタイプをつくって検証する「実験者」や、経験をケアにまで高める「介護人」など、イノベーションを起こすための興味深いキャラクターが次々と登場します。古びることのない良書だと思いますので、未読の方は、ぜひオススメします。

【電通モダンコミュニケーションラボ】