半径ワンクリック #07

江渡浩一郎×土屋泰洋:前編
「生き方として研究者を選んだ人が野生の研究者だ」

今回の「半径ワンクリック」は、ニコニコ学会βの実行委員長である江渡浩一郎さんに、プランナーの土屋泰洋さんがお話を伺いました。前編では、ニコニコ学会β立ち上げから、現在に至るまでの歴史と、その考え方について語っていただいています。

最初はニコニコ動画について研究するという趣旨でした

土屋:まず「ニコニコ学会β」のことから伺いたいのですが、なぜ「研究」と「ニコニコ動画」が結び付いたのでしょうか。

江渡:よく「ユーザー参加型研究を推進するためにニコニコ学会βがある」という話をしていますが、実は最初からそのアイデアがあったわけではないんです。もともとは、ニコニコ動画を運営しているドワンゴとのつながりで、一緒に研究開発を進める場をつくろうという話がきっかけです。ドワンゴでは、社内の技術者による勉強会などの活動を個別に行っていたけど、ドワンゴ主催で一般に向けた開発者向けのイベントはなかった。で、あるときドワンゴCTOの千野さんとお話したときに「研究開発で外部とつながりを持たないんですか?」と聞いたところ、「これまでそういった機会がなかった」とおっしゃったので、僕の方から「研究者とドワンゴがコラボする場をつくりませんか?」と話を持ちかけました。

土屋:そういう経緯があったんですね。で、そこからニコニコ学会βの構想が始まったと。

江渡:最初は「ニコニコ動画について研究する」という趣旨でした。動画の検索や分析、動画を簡単につくれるシステムの研究など、たくさんの人がニコニコ動画に関わる研究をしているから、ニコニコ動画の研究会をつくったら面白いんじゃないかと。しかし、それだけでは新しい学会をつくるモチベーションとしては不足していた。当初から、研究者、企業、ユーザーを巻き込んだ学会にすることは決まっていたのですが、産業技術総合研究所の後藤真孝さんからユーザーを中心とした学会にするのはどうかという提案がありました。僕は当初ユーザーを中心とする案には、抵抗がありました。ユーザーを中心とした学会にするということは、今までにない全く新しい形の学会を作るということですから、それがどれだけ大変なことになるか容易に想像がついたからです。とはいえ、この案は多くの人からの賛同があり、この案を基本的な軸とすることになりました。そこで私が「ユーザー参加型研究」という言葉をつくり、「ユーザー参加型研究を推進する場」としてニコニコ学会βを立ち上げることになりました。

土屋:なるほど、それはいつ頃のお話ですか?

江渡:2011年の9月頃ですね。最初のシンポジウムを、2011年の12月に行いました。5部構成になっていて、冒頭の4つのセッションではプロの研究者が登壇し研究発表やディスカッションを行い、5番目のセッションでは、一般の「野生の研究者」の方が自身の研究を発表するという内容でした。

土屋:僕も最初のシンポジウムを見ていましたが、面白い研究をされている方がたくさいるなあと思っていました。「野生の研究者」というネーミングはどなたが考えられたんですか。

江渡:八谷和彦さん(東京芸術大学美術学部准教授。愛玩メールソフト・ポストペットの開発者)です。「野生の○○」というのは、もともとニコニコ動画で使われていたタグです。例えば匿名でアップされているけど「どう見ても、これをつくったのはプロだろう」という動画に、「野生のプロ」というタグが付けられます。ポケモンに「野生のポケモンが現れた」っていうシーンがあるそうで、それが元だと言われています。あとは、レヴィ=ストロースの『野生の思考』という本があって、「あれが元ですか?」って言われるんだけど、カッコつけるときは、そうですって答えるようにしてます(笑)。

ちなみに「野生の動物」の野生は「wild」ですが、「野生の思考」の野生は「savage」で、こちらは「野蛮な」とか「獰猛な」という意味になります。野生の研究者の英訳は、当初は「savage researcher」としていましたが、意味合いを考えて現在は「wild researcher」にしています。

プロであろうがアマであろうが、生き方として研究者を選んだ人が野生の研究者だ

土屋:ニコニコ学会βでは、イベントやシンポジウムを行っていますが、どんな研究が人気なんですか。

江渡:去年は、昆虫のセッションが高評価でした。好蟻性生物といってアリと共に生きる生物の研究者が2人と、バッタとクマムシの研究者が登壇しました。その中でも特にバッタ研究者の前野ウルド浩太郎さんが面白くて。語り口がうまくてスライドもキレイにつくってある。

右がバッタの研究者の前野ウルド浩太郎さん

 

土屋:その方も野生の研究者なんですか。

江渡:前野さんは、今は京都大学白眉研究者という、めったになれない高いポジションの研究者なのですが、発表当時は無職でした。職業としては研究者じゃないけど研究している人を野生の研究者というなら間違いなく野生の研究者でしたが、職を得た今は野生の研究者じゃなくなったかというと、やっぱり野生の研究者だと思うんですね。野生の研究者って言葉は定義があいまいで、例えば本職は研究者なんだけど、それを隠して全然違うことを独自に研究している場合もある。研究所に勤めているけど、それは仕事としてやっていて、関係ないことを休日に研究して発表しているケースもある。

土屋:確かにそうですよね。アマチュアという定義とも違いますし。

江渡:なので、われわれとしては「プロであろうがアマであろうが、生き方として研究者を選んだ人が野生の研究者だ」としています。お金をもらっているかどうかにかかわらず、とにかく勝手に研究をやっている人のことを野生の研究者と呼ぶのが適切じゃないかと。

土屋:野生の研究者たちは、ニコニコ学会βのシンポジウムなどで、自分から手を挙げて発表するんですか? それとも「ぜひ発表してください」と運営側から依頼するのでしょうか。

江渡:両方ですね。ニコニコ学会βの基本的な構成は、招待講演プラス一般発表です。一般発表は「発表したい人」を公募する枠で、「研究してみたマッドネス」と呼んでます。

土屋:ライトニングトーク(短いプレゼンテーションのことで、持ち時間が5分という制約がある)のような形式なんですね。

江渡:もともとライトニングトークをやろうという話をしていました。でも、発表時間を5分よりも短く、3分にすることになったので、定義上ライトニングトークではない。ライトニングトークより短い発表だと、1分間の発表を「マッドネス」と呼ぶので、そこで「研究してみたマッドネス」という名前にしました。

当初は、NHKのど自慢のように、発表の内容によっては鐘を鳴らして1分で終了させることも考えていたのですが、発表者の負担を考えると、この案は採用しなくて良かったと思っています。

土屋:「マッドネス」という形式があるんですね! ニコニコ学会βで発表すると、面白い研究は話題になってどんどん広がっていきそうですが、実際に実用化された研究などもあるのでしょうか?

江渡:外骨格型ロボットのスケルトニクスは株式会社化して、売り出そうとしています。これは素晴らしいですね。

土屋:スケルトニクスは、何の役に立つかは分からないけど、とにかくカッコイイっていうのがすてきですよね。今年のサウス・バイ・サウスウエストでも、すごく注目されていたみたいですね。大きいし目立つし、みんなビックリしてたみたいです。

第2回シンポジウムで登場したスケルトニクス

 

江渡:あと、同じくロボットでいえばブシドーですね。ロボット制御ソフトで、最近ソフトバンクグループから出ましたね。よく「ニコニコ学会βからスタートアップは出てないんですか?」って聞かれますが、それほど多くはないけど、この2つは顕著な事例としてぜひ紹介したいですね。

発表というものは、フォーマットにはめた方がむしろ面白くなる

土屋:野生の研究者が研究発表するモチベーションって、どんなことなんでしょうか。例えば昔のシェアウェア文化では、「つくったものを、みんなが使って喜んでくれた」というのがあったと思いますが。

江渡:まず「多くの人に見てもらえるからうれしい」っていうのがありますよね。それと、「プロの研究者に、自分の発表を見てもらうことがうれしい」っていうのもあると思います。

土屋:ニコニコ学会βの発表の中で、江渡さん自身が面白かったと思った研究は何ですか。

江渡:それはいっぱいあるなあ。まず、第1回のシンポジウムでやった「研究100連発」は面白かったですね。研究100連発というのは、5人のプロの研究者が1人20件ずつ自身の研究を発表するというフォーマットです。研究者って、いろんな物をつくって発表していくのが仕事だから、100件くらいは発表できるわけですよ。その中から20件を厳選して発表してもらうと、「この研究からこういう洞察を得たから、次にこういう研究をして、それが最終的にこの結果につながった」みたいに、つながりが見えて面白いんですね。

発表というものはあるフォーマットにはめた方がむしろ面白くなると思っていて、例えばTEDは一つのストーリーを15分で発表するというフォーマットなんですね。この研究100連発のフォーマットも、実際にやってみたらすごく面白かった。

土屋:ちょうど今年のSIGGRAPH(米コンピューター学会におけるCG分科会)の技術論文の内容がまとまっている映像があったんです。10秒くらいの短い映像がつながっていて、今年のSIGGRAPHで発表された技術論文の内容が3分半くらいの映像になってる。論文だけだと素人には分かりにくいけど、こういうフォーマットでまとまっていると分かりやすくて面白かったんですよね。

江渡:それは多分近いですね。論文っていうフォーマット自体、ちょっとずつ進化していて、最近のSIGGRAPHの論文だと冒頭の概要の前に図が入っていて、その図を見ればどんな内容の論文なのかだいたい分かるようになっている。

土屋:なるほど。僕は論文を書いて学会で発表して…という経験がないんですけど、去年たまたまWISS(コンピューターのヒューマンインターフェースの研究会)に行って発表を聞いたら、面白い研究がたくさんあってとても刺激を受けました。それこそニコニコ動画的な笑いもあるし、すごく面白かった。その時に、江渡さんは「ニコニコ学会βっていうのはWISSx(TEDのコンセプトを引き継いぎ世界各地で行われているカンファレンスをTEDxと呼ぶことに由来)なんです」って話をされていたのが印象に残りました。やはりWISSの影響は大きいのでしょうか。

江渡:そうですね。WISSには、学会のやり方そのものを、みんなで工夫するという文化があります。

例えば、発表の際に横にチャットのスクリーンがあって、みんなでチャットしながら発表を聞くというのを90年代からやっています。一般的な発表だと最後に質疑応答があって、そこで初めて会場と発表者のインタラクションが始まるけど、チャットを導入したことによって、発表している最中に聴衆同士でインタラクションができる。その結果、質疑応答時に面白い質問やクオリティーの高い質問が出てくる。これはとても面白いなと思っていました。

あとは、ゲームブック形式で発表する人もいて、発表するスライドの中に選択肢があって、ユーザーが選ぶと「じゃあ、次はこっちの話をしますね」というように進めていくとか。

ここ2、3年でニコニコに対する印象や空気感が変わってきました

江渡:2011年頃に、あるシンポジウムでニコニコ生放送を使った中継をしました。これまで使っていたUstreamからニコニコ生放送にしようとしたのは、WISSで行っていたチャットでの議論が面白かったので、その延長としてニコニコ生放送を導入しました。しかし、実は当時は反対意見も多かった。そう考えると、状況は変わったなと感じます。

土屋:どういった点で、変わったのでしょうか。

江渡:2011年だと、「ニコニコ生放送で学会を生中継しましょう」というと、かなり反対意見があったわけですよ。「そんなの許せない」とか「研究所の方針で引き受けられません」みたいな人もいて。今では「ニコニコ生放送だから出ません」っていう人は、そんなにいないですよね。

土屋:それは「ニコニコだと匿名のヘンな人にたたかれるかも」みたいな意識があったんでしょうか。

江渡:平たく言うとそういうことですね。2011年は、まだそういう感じでした。

土屋:今は企業の発表会などでもストリーミングが普通に使われるし、個人レベルでもニコ生をやる人が増えてきたから、抵抗感はなくなってきてますよね。

江渡:ここ2、3年でニコニコに対する印象や空気感が変わってきました。「ニコニコ超会議」の影響が大きいのかなと思います。やっぱり、安倍首相が登壇したのは大きなインパクトがあったんじゃないかな。

土屋:当初は「2ちゃんねる発」の印象が強かったけど、今はむしろニコニコ独自の文化になりましたよね。

江渡:そういった世の中の変化で驚いたのが、先日総務省から「独創的な人を募集する」という研究公募があったことです。独創的なアイデアに総務省が予算を付けるという試みで、さまざまな意見が出ていますが、思っていたほど強い反対意見はない。そういう時代になったんだなーと思いました。以前から「未踏ソフトウェア創造事業」という取り組みがあって、一部の人はそういうことを他もやるべきだと言ってきたのですが、実際に総務省が行うことになり、それはすごく大きな変化に思える。

次回に続く)

取材場所:産業技術総合研究所

プロフィール

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    江渡 浩一郎

    産業技術総合研究所主任研究員/ニコニコ学会β実行委員長/メディアアーティスト。東京大大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。ニコニコ学会βは、グッドデザイン賞、アルス・エレクトロニカ賞を受賞。主な著書に『パターン、Wiki、XP』『ニコニコ学会βを研究してみた』『進化するアカデミア』。

  • Portrait
    土屋 泰洋
    株式会社電通 CDC

    1981年神奈川県生まれ。広告制作プロダクション勤務を経て、2006年より電通 関西支社、2012年より本社コミュニケーション・デザイン・センター 次世代コミュニケーション開発部に所属。新規事業開発やデジタル技術を利用した広告企画に従事。東京インタラクティブアドアワード金賞、スパイクスアジアシルバー、Yahooインターネットクリエイティブアワード特別賞など受賞歴多数。

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