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金融ビジネスにイノベーションを!No.7

愛のチカラが生み出す「バリューチェーンファイナンス」

2014/08/18

バブル経済が崩壊してからの約20余年、日本の金融業界は、不良債権問題に端を発する規制の強化や、急速に進む経済の構造問題としての少子高齢化、そしてリーマンショックなど、さまざまな“激震”に見舞われ続けてきました。今回お話を伺ったのは、18年の銀行勤務を経て、現在は金融機関向けのサービス企画やコンサルティングを手掛ける電通国際情報サービス(ISID)の江上広行さん。江上さんが提唱する、今の時代に必要な金融ビジネスのあり方「バリューチェーンファイナンス」について聞きました。

パワーの金融から、愛の金融へ!

――江上さんが提唱するバリューチェーンファイナンスとは、どのようなものなのでしょうか?

江上:私は、「企業が付加価値を生む構造(Value)を見える化し、その価値が形作られるつながり(Chain)を再構築することで、企業と支援者が共に成長を支え合う金融商法(Finance)」という説明をしています。

キング牧師の有名な言葉に「愛なきパワーは暴力であり、パワーなき愛は無力である」というものがあります。“愛”と“パワー”は生きていくうえで車の両輪のようなものだということです。

「お金をもっている」「お金を貸す」という金融機関には、圧倒的にパワーがあります。これまで多くの金融機関は、「金融機関自身が自分たちを中心にして顧客をコントロールする」という力をもつものができる“パワー”のビジネスを行ってきました。バリューチェーンファイナンスでは、視点を変えて金融機関を取り巻く地域や企業、そこに関わる生活者への貢献を基点とした、“愛”のある金融ビジネスを創り出す必要があると考えています。地域社会が“身体”だとすれば、金融機関はいわば“心臓”のようなもの。心臓はとても大切なパーツですが、あくまで特定の機能を担う身体の一部にしかすぎません。心臓のために身体がどうあるべきか考えるというのはおかしな話で、本来なら、身体のために心臓がどうあるべきか、どんな状態でどのような機能を果たすべきか考えるべきだと思うんですよね。

身体である地域社会のために、心臓たる金融機関にはどんな機能が必要なのか…。こうしたことを突き詰めて考えていくと、現在の銀行が、意外なほどやらなくていいことをやっていたり、やるべきことをやっていないことが見えてくる。そうやって見つかった課題を一つずつクリアにし、顧客に寄り添って儲かる仕組みを考え、そして一緒に成長していく、これが、僕たちが目指しているバリューチェーンファイナンスです。

18年間の銀行員生活が、新しい金融ビジネスにつながった

――江上さんがバリューチェーンファイナンスに取り組もうと思われたきっかけは?

江上:18年間の銀行勤めで感じた、さまざまなジレンマがきっかけです。僕は銀行員時代、どちらかというとパワーの金融、コントロールの金融に携わっていました。お客様が不幸になっても銀行は儲かるというつらい仕事をしたこともありますし、必要な人にお金を貸すことができないという局面もありました。どうしても心の中のモヤモヤが拭いきれなかったんですよね。

金融というのは、人の人生に与える影響がとても大きな仕事です。お金を貸さなかったことで不幸になる人もいますし、逆にお金を貸すことで新しい事業を始めたり家が買えたりして、幸せな生活が送れるようになる人もいる。金融機関の動きが、人を幸せにも、不幸にもしてしまうことがあるんです。

お金を貸すということは、本来、とても幸せな仕事であるはず。お客様に変化や成長のきっかけを提供できたときの満足感は、とても言葉では言い表せません。

僕の中には、パワーやコントロールをベースにしただけの金融から、“愛”や貢献の視点も兼ね備えた金融にシフトさせたいという、強い思いがあります。銀行員の頃から、「金融を、貢献によってお客様とともに儲かるビジネスにするはどうすればいいんだろう」と考えてきました。この会社にきて、多くの金融機関、そして同僚たちとの対話からバリューチェーンファイナンスというコンセプトが見つかったのだと思っています。

たくさんの人のやさしさが、お金を通して連鎖していく

――お金を貸すことが幸せ、という発想はあまりありませんでした。あくまで組織ではなく個人ベースの話ですが、お金を貸すとトラブルに巻き込まれるというイメージが…。貸すことにネガティブなイメージを持っている方も多いと思います。

江上:そうですよね(笑)。確かに「貸した方も幸せになる」と言われてもピンとこないかもしれません。では一つ、お金の貸し借りに関する、ちょっとすてきなエピソードをお話ししましょう。私の友人から聴いた、実際にあった話です。

友人の知人は、その日大阪での講演の仕事に向かっていました。自宅から東京駅までタクシーで行ったそうなのですが、なんとタクシーを降りるときに、財布を忘れてきたことに気づいたそうです。取りに帰る時間もなく、慌てて運転手さんに名刺を渡して「ごめんなさい。あとで払わせてください」と頼んだところ、「いいですよ」と言っていただけたとのことでした。すごくうれしくなったらしいのですが、よくよく考えると、今度は大阪に行く交通費がない。そのとき、そのかたはどうしたと思いますか?なんと、一度目をつむって、目を開けた瞬間に出会った方に「お金を貸してください」とお願いしようと決心にしたそうなんです。そして、実際にそう行動した。そうしたら、たまたま出くわした女性が「いいですよ」と数万円を快く貸してくださった、と。

――結構な金額ですね…。

江上:なにせ大阪まで往復しなきゃいけませんからね。で、無事に講演が終わって、お礼とお金の返却を兼ねて女性を食事に誘ったそうなのですが、その席で知人が「あのときは本当に助かりました。ありがとう」と伝えたら、「いえいえ、助かったのは私の方なんです。あのとき私を選んでくださってありがとう」と返されたそうです。

なんでもその女性は、職場で一連の話をしたら、周囲から「人が良すぎる」「騙されたに決まってる」と言われて落ち込んだらしいのです。しかし、家に帰って旦那さんに話したところ、しみじみと「そんなことができるなんて素晴らしい。お前と結婚できて本当によかった」と言ってくれたそうなんです。さらに後日、たまたま親戚との会合があって、その席でも「あなたは、すごい! そんなことはなかなかできない」とあちこちから声をかけられたとのことでした。

お金を貸したことで、夫婦の間で気づきが生まれて、親戚の中でも変化が起こったわけで。お金そのものが役に立ち、さらに貸す人と借りる人双方に幸せを届けてくれた。僕は、金融のベースって、こういうところにあるんじゃないかと思うんですよね。相手が幸せになれば自分も幸せなるし、共感や幸せが生まれれば、ポジティブな連鎖につながっていく。青くさい話かもしれませんが、こういう根っこの部分がものすごく大切なんです。半沢直樹みたい? そうですね、自分は半沢直樹になれなかったから、たくさんの半沢直樹が活躍できる仕組みを作りたいんですよ(笑)。