テクノロジーが拓く

新たなクリエーティブの地平

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    菅野 薫
    株式会社電通 CDC / Dentsu Lab Tokyo グループ・クリエーティブ・ディレクター/クリエーティブ・テクノロジスト
テクノロジーが拓く新たなクリエーティブの地平
 

菅野薫氏は広告クリエーティブのメーンストリームとは全く違う流れから忽然(こつぜん)と現れ、カンヌライオンズのチタニウム部門グランプリやD&ADの最高賞であるブラックペンシル、メディアアートの世界的祭典・アルスエレクトロニカの栄誉賞など、世界中の広告、デザイン、アートの賞を席巻した。テクノロジーからの発想で広告に新機軸を打ち出した「クリエーティブ・テクノロジスト」の手法や作品をクローズアップした。


   

新手法は結果的に「発見」された

デジタルテクノロジーの進化は人々の生活や行動様式を根底から変容させた。広告もまた変わることを余儀なくされ、メディアを限定することなくあらゆる表現の可能性から最適なソリューションが求められている。いま、広告の領域は従来にないスピードで広がっているのかも知れない。

菅野氏が電通でクリエーティブ部門に所属し始めたのは1年前。それまでの10年余はマーケティング領域の研究開発部門でデータマイニングやシステム開発などに従事していた。転機となったのは、本田技研工業の双方向通信型ナビゲーションシステム「インターナビ」の数々のプロジェクト。インターナビのデータから東日本大震災後の被災地周辺の通行実績を視覚化した「CONNECTING LIFELINES」やApp Store のBest of 2013アプリに選ばれた「RoadMovies」など、独自の技術を核にしたアウトプットは大きな反響を呼び、国内外の賞を多数獲得した。

しかし当初、菅野氏にはそれがクリエーティブだとの意識はなかった。「クライアントの課題に真正面から向き合い、自分の得意技であるテクノロジー視点でソリューションを発想しただけ。結果的にそれは商品の機能を分かりやすく伝え、ユーザーがブランドを『信じる理由』につながった」。テクノロジーを軸にしたアイデアが今までにない広告クリエーティブであることは、結果が証明したことで「発見」された。

電通で先例のない「クリエーティブ・テクノロジスト」の肩書が菅野氏に与えられたのはその頃だ。「先に実態があって、後から名前が与えられた。でも定義したことで依頼する側がイメージしやすくなったようで仕事の幅が広がった」。クライアントにとっては待ち望んでいた存在だったのかもしれない。

   

ブランドを「まんま使い」、テクノロジーで際立たせる

混同されがちだが、菅野氏はウェブサイトなどデジタルメディアの制作の専門家というわけではない。コピーライターが巧みに言葉を使うように、菅野氏にとってテクノロジーは表現のための「手段」であり、最終的なアウトプットの形はさまざまだ。

菅野氏がやろうとしているのは、ブランドや商品そのものに備わる価値を、テクノロジーの力で可視化することだ。「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」では一見無機質な走行データを、感情を揺さぶる表現に転換した。新生KADOKAWAの企業広告「影絵編」では積み重ねられた商品たちにロボットアームで制御された光を当てることで、その向こう側にいる読者の姿を浮かび上がらせている。菅野氏はそれを、「まんま使い」と呼ぶ。「極端な『例え話』をしない。ブランドをそのまま主役として扱い他の商品と置き換え不可能な、そのブランド固有の表現をつくる」。徹底的にクライアントに向き合う姿勢がその前提にある。

また、決して最新技術に固執していない。Sound of Hondaで用いられているのは、電話線とスピーカー、LEDといった誰でも知っているものだ。「僕の仕事は、表現において技術のこれまでにない新しい使い方を発見すること。最新テクノロジーで目立つことが目的ではない。テクノロジーを使ってどういう意味やストーリーを紡ぎ出し、どんな感情を引き出せるかがポイント」

現在取り組む「スポーツ選手の身体とテクノロジーに関するプロジェクト」では、フェンシングの太田雄貴選手を題材に、肉眼では捉えることが困難な剣先や体の微細な動きを視覚化している。そこに現れるのは身体の動きの美しさ、フェンシングという競技の奥深さだ。「テクノロジーで光を当てると、アナログなもの、フィジカルなものは差分の大きさゆえ、より際立つ。最後に残るのはテクノロジーではなく、人間の根源的な美しさ」。そこにはスポーツの新たな可能性が広がる。

菅野氏の仕事には、ライブに起きている出来事を切り取る感覚が共通する。「その一瞬、一回しか起こらないことの崇高な美しさ。それを表現として定着させたい」という思いの裏には、ミュージシャンとしての経歴を持つ菅野氏のもう一つの顔がある。一種のライブパフォーマンス、あるいは壮大なインスタレーションともいえる表現は、菅野氏の真骨頂だ。

   

突然変異は本流となるか

テクノロジーの力で見えない価値を浮かび上がらせる「クリエーティブ・テクノロジスト・菅野薫」の登場は、広告領域に潜んでいたニーズを顕在化させた。「クリエーティブとは常に『新しさ』を扱うこと。メディアアートの世界には、デジタル技術を使った表現としての確たる歴史と文脈が存在する。それが今、広告とつながり始めている。メディアアートと広告、双方の文化に対する理解と高い専門性が一体となって初めて、真に新しく、機能する表現を創り出すことができる」。菅野氏は、それを職能として確立することを自分のミッションだと考えている。

メディアアートの系譜を背負ったテクノロジストは広告と交わり、突然変異として現れた。その手法はいつか本流に変わるだろうか。

 
fencing

スポーツ選手の身体とテクノロジーに関するプロジェクト
肉眼で捉えにくい体と剣先の動きをデジタルデータに変換し可視化、「マッチムーブ」という技術で実写映像とリアルタイムに合成する

 
kadokawa

新生KADOKAWA企業広告 「影絵編」
正確に設計した座標位置に戻れる「ロボットアーム」にライトを持たせることで、KADOKAWAが扱う商品たちから美しい影絵が現れる 

 
Sound of Honda

本田技研工業「Sound of Honda/Ayrton Senna 1989」
アイルトン・セナの走行データから世界最速ラップの軌跡を、鈴鹿サーキットに配置したスピーカーとLEDライトでよみがえらせた壮大なプロジェクト。菅野氏は「データは足跡。あの日あの時あの人が、その場に存在したという事実が刻まれている」と捉える

 
  本田技研工業「RoadMovies」  
 

本田技研工業「RoadMovies」
コマ切れの動画を撮影、それをつなげて、8ミリ風やモノクロームなど、好みのフィルターをかけ、音楽をつけて、全体で24秒の映像を作ることができるiPhone用アプリ

 
 
FOR THE FUTURE

国立競技場のファイナルイベント演出プログラム「FOR THE FUTURE」
カール・ルイス、セルゲイ・ブブカ、マイク・パウエルら、アスリートたちによる数々の名勝負の足跡を3Dでのモーションデータに解析、AR、レーザー、プロジェクションマッピングによって国立競技場のフィールドによみがえらせた

プロフィール

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    菅野 薫
    株式会社電通 CDC / Dentsu Lab Tokyo グループ・クリエーティブ・ディレクター/クリエーティブ・テクノロジスト

    2002年電通入社。データ解析技術の研究開発業務、国内外のクライアントの商品サービス開発、広告キャンペーン企画制作など、テクノロジーと表現を専門に幅広い業務に従事。
    2014年に世界で最も表彰されたキャンペーンとなった本田技研工業インターンナビ「Sound of Honda /Ayrton Senna1989」、Apple Appstoreの2013年ベストアプリに選ばれた「RoadMovies」、東京オリンピック招致最終プレゼンで紹介された「太田雄貴 Fencing Visualized」、国立競技場56年の歴史の最後の15分間「SAYONARA 国立競技場 FINAL FOR THE FUTURE」企画演出など活動は多岐にわたる。
    JAAA クリエイター・オブ・ザ・イヤー(2014年)/ カンヌライオンズ チタニウム部門 グランプリ / D&AD Black Pencil / One Show -Automobile Advertising of the Year- / London International Awardsグランプリ / Spikes Asiaグランプリ/ ADFEST グランプリ / ‎ACC CM Festival グランプリ / 東京インタラクティブ・アド・アワード グランプリ / Yahoo! internet creative awardグランプリ/ 文化庁メディア芸術祭 大賞 / Prix Ars Electronica 栄誉賞 / グッドデザイン金賞など、国内外の広告、デザイン、アート様々な領域で受賞多数。

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