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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.21

ヘビもクリエイティブも怖くない?

『クリエイティブ・マインドセット』

2014/10/03

次のコミュニケーションを考える一冊。
今回は、トム・ケリー&デイヴィッド・ケリー著の『クリエイティブ・マインドセット―想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法』(日経BP社)を取り上げます。

皆さんは、ご自分のことを「クリエイティブ」だと思いますか?
本書で紹介されている調査によれば、75%の人がそう思っていないとか。

この本の画期的なところは、どんな職業に就いていても、潜在的にはすべての人が「クリエイティブ」である、という前提に立っていること。にもかかわらず、これまでの人生経験から、それを封印している人があまりにも多く、もっとたくさんの人がクリエイティブの楽しみを知ることで、「世界は変えられる。より良くできる」という強いメッセージが込められています。

「世界はよりクリエイティブな政策立案者、マネージャー、不動産業者を求めている。(P.25より)

しかも、そうしたメッセージは、単なる希望的観測ではないのです。著者の2人が、「IDEO(アイデオ)」というデザインファーム(世界的なイノベーションのコンサルティング会社)で、クライアントとして付き合ったお堅い企業人たち、あるいはスタンフォード大学の「dスクール」で演習を共にしたさまざまな専門学生たちとの実際の経験をもとにした発言であり、説得力があります。

たとえば、「IDEO」に依頼してくるクライアント企業の経営幹部たちは、プロジェクトの最初は、「われわれはクリエイティブではないから」と口をそろえるそうです。チーム作業をしても創造の過程には興味を示さず、最終結果だけを求めがちだとか。ところが、プロジェクト後半になると、「IDEO」のメンバーと肩を並べてそのやり方を熱心に観察し、自分たちでも新しいアイデアを生み出そうとするのです。

また「dスクール」の授業を受けたある学生は、終了後、何カ月もしてから教室を訪ねてきて、「初めて自分をクリエイティブだと思うようになりました」「どんな課題にも創造性を発揮できるようになりました」と興奮して伝えに来たり、なかには感極まって泣き出す学生までいるのだそうです。

著者の一人である兄のデイヴィッド・ケリー氏は、こうした変化を「宙返り」(flipping)と名づけました。いままでの頑なな心理状態から、創造的な意欲が芽生えて別の心理状態にくるりと変わる様子を、うまく表現しているのではないでしょうか。

弟のトム・ケリー氏は、これまでにも、『発想する会社!』『イノベーションの達人!』という2冊のベストセラーを発表し、「IDEO」で培ったさまざまな方法論を公開してきました。けれども、そうした方法論以前に、なによりも“人のクリエイティビティ”を阻んでいるのが、「自分はクリエイティブではない」という自信のなさであることにあらためて気づき、兄とともに本書を書きはじめたというわけです。

ですから、本書のキーワードは、ずばり「Creative Confidence(創造力に対する自信)」。原題にもなっている、印象的な言葉です。

「自分の創造力を信じることこそ、イノベーションの「核心」をなすものなのだ。」「こうした自信は筋肉のようなものだ。努力や経験次第で、強くしたり鍛えたりできる。(P.18より)」

では、その自信をどうやって身につけていくのか? 著者は、「恐怖の克服」を第一に挙げます。

そもそもクリエイティブに自信のない人は、自分には才能がないと決めつけていたり、子どもの時にイヤな思いをした経験から、「うまく行かないのではないか」「馬鹿にされて恥をかくのではないか」といった恐怖を抱えているケースが多く、まずはそれを克服することが大切というわけです。

そこで紹介されるのが、「ヘビの恐怖症」の治療エピソード。ヘビの恐怖症を克服するには、「指導つきの習熟」と呼ばれるプロセスが必要なのですが、それは、大きな恐怖にいきなり立ち向かうのではなく、専門家の指導のもと、自分が対処できるほどの小さなステップを一つずつこなしていき、最終的にヘビが触れるところまでもっていくやり方です。一生治らないと思っていた恐怖症が克服できた時、患者さんは「自分は変わる能力がある」「成し遂げることができる」と、人生への見方までが劇的に変わるのだそうです。

ヘビの恐怖に比べれば、クリエイティブは本来楽しいはずのこと。いま現在は、クリエイティブに対して自信がなくても、いくつかの恐怖を少しずつ克服していければ、自分に対する見方が変わり、本来の創造性が発揮できる、と著者は背中を押してくれます。

なかでもクリエイティブの場合、最大のハードルが、「失敗に対する恐怖」。そこで著者は、失敗はイノベーションを成功させる上で不可欠なものと捉え直し、むしろ失敗するのが当たり前、という心理状態をつくることが肝要だ、とアドバイスします。

「世間では、『天才的な創造力の持ち主は、ほとんど失敗しない』と根強く信じられている。(中略)モーツァルトのような芸術家から、ダーウィンのような科学者まで、天才的な創造力の持ち主は、失敗の数も多い。ただ、失敗したからといって、それを挑戦をやめる口実にしないというだけだ。(P.66・67より)

「最終的に“天才的ひらめき”が訪れるのは、ほかの人よりも成功率が高いからではない。単に挑戦する回数が多いだけなのだ。(中略)もっと成功したいなら、もっと失敗する心の準備が必要なのだ。(P.67より)

そのために、失敗してもいい心構えや環境、チームをつくり上げて、どんどん失敗しやすくすることを推奨しています。自分の挑戦を「実験」や「ゲーム」と周りに印象づければ、たとえ失敗しても傷つかずにすむとか、自分をさらけ出し、いざという時に助けを求められる仲間をつくるとか。

こうして、「恐怖の克服」のやり方を丁寧に解説してくれたあと、いよいよ後半では、クリエイティビティを発揮していくための、さまざまなコツが紹介されていきます。いわく「旅行者のように考える」「リラックスした注意を払う」「問題の枠組みをとらえ直す」。この本を読み進めて行くと、自分でも、なにかしらの変化が起こせそう、とだんだんその気になってきます。それが、本書の一番の効能かもしれません。

しかも、日本人の妻を持ち、大の親日家のトム・ケリー氏は、「日本人は本当にクリエイティブだ」と断言しています。世界5カ国5000人を対象にした最近の調査(Adobe State of Create Study・2012)では、「もっともクリエイティブだと思う国は?」という質問に対して、日本がアメリカを10%も引き離して1位を獲得したとか。ところが、肝心の日本人は、自らをもっともクリエイティブだと回答した人の割合が、一番低かったそうです。

日本人の謙虚さを表している気もしますが、いまこそ「Creative Confidence(創造力に対する自信)」を一人一人が獲得することで、さらなる“イノベーション立国”をめざせないか、と考えさせられます。

ただ、個人的には、「クリエイティブ」や「イノベーション」という言葉自体が、ハードルを上げている気がするので、日本人向けに「よい思いつき」とか「なるほどジャンプ」ぐらいの軽い単語を開発するのもアリかもしれません。

【電通モダンコミュニケーションラボ】