評判管理「ORM」の発想から
企業防衛と攻めの経営を考える
2014/10/30
個人情報の流出、コンプライアンス違反、製品事故…。事業活動の中で生じ得るクライシスは、近年ますます多様化、複雑化してきている。加えて、ソーシャルメディアの普及が、クライシス発生の可能性と風評拡散のスピードを一気に速めている。企業は、足元に迫る「危機」をどう未然に防ぎ、万が一に備えどう取り組めばいいのか。そして、いざ問題が生じたときに、社会や報道陣に対して、どう説明責任を果たすべきか。3人の専門家に、近年の社会情勢を踏まえた「クライシスコミュニケーション」の在り方について聞いた。
東大在学中に起業し、Web2.0の到来と共に変貌するネット社会で「派生ビジネスにこそ本質」があると見据え、業界に先駆けてウェブリスク・マネジメントサービスを手掛けた菅原氏。見えにくいリスク、しかしいったん流れたら拡散し残り続けるネガティブ情報にどう対処すべきか。守って攻める「評判管理」の新たな発想について語る。
ネット上の風評を気にしてM&Aを断念するケースも増加中
2006年頃にWeb2.0という言葉がはやりましたが、ネット上の情報の流れが大きく変わってきました。それまでは一方通行の情報発信が、双方向に流れるようになった。そこで登場したのが口コミサイトですが、さまざまな「評判」がネットを駆け回るようになり、ウェブリスクが生まれる一つの端緒になりました。
以来、ネット上ではさまざまな評価・評判情報が盛んに行き交うようになりました。近年では、ソーシャルメディアやスマートフォンの普及で、個人の発信する情報が猛烈な勢いで拡散しています。その分、企業が誹謗(ひぼう)中傷や風評被害にさらされるリスクも増大しているわけです。
リスクは思わぬ形で、クライシスとして現実のものになります。アルバイト従業員が悪ふざけで撮った写真がネット上に投稿され、雇っていた企業が窮地に立たされる。内部告発が、自社の社員ではなく、その会社の下請け会社の社員によって外部に直接発表され、事実確認のないまま不買運動に発展する。内部告発はそもそも法律で保護する制度があったり、企業によっては内部告発を受け付けるヘルプラインがあったりしますが、それが本来の機能を果たさず、いきなりネットに上げられて「公」になるわけです。
また、B to Cの多くの企業はブランド戦略を重視していますが、にもかかわらず系列の販売会社の悪い風評で自社製品が売れないという事態も生じています。炎上事件も年々、増加の一途です。不謹慎な社員の投稿がきっかけで起きることもあれば、来店客の投稿がきっかけで炎上するケースもあります。いずれにせよ、企業イメージは大きく傷つくことになります。
もう一つ、企業にとって看過できないのは、ネットでの検索が日常化したことで、ネガティブ情報が書かれたサイトが検索結果の上位に表示されるリスクです。今や検索エンジンは、半ば公的なツールと見なされているので、検索結果の1ページ目に載っている情報は「正しい」とうのみにする人も少なくありません。加えて、検索という行為は目的意識が高いものなので、たまたま目に触れたネガティブ情報でも心に刻まれやすい。ネットで商品を購入しようとする人は、他社製品と比較していることも多く、当然のことながらネガティブ情報の多い商品からは心が離れていってしまいます。
企業の重要な事業戦略でもネットで広がる風評が影を落とすことがあります。例えば、ネット上の風評を調べてM&Aの可否を判断するケースが最近増えています。労務に関わるネガティブな風評が多いと、買収後のリスクを懸念して、M&Aを断念する企業も少なくありません。
ネガティブ情報の検索結果上位表示のコントロールは重要課題
かつては表に出にくかった情報が、一人一人のユーザーが情報発信力を持つことによって、あっという間に世間に拡散してしまう。かといって、悪意や興味本位の誹謗中傷、風評が広がるのを公権力で抑えられるかというと、それはネットの性格上からもなかなかできるものではありません。企業のリスク管理としては、まず自助努力が欠かせません。メディアポリシーなどを策定して、内部・関係者からの不用意な風評の広がりを抑える。あるいは、ネットをモニタリングして、完全に抑えられないまでもコントロールしてく努力が必要です。
そこで、ウェブリスク対策として重要になるのが、ネット上での評判を管理する「オンライン・レピュテーション・マネジメント」(ORM)です。ORMは米国では2015年には50億ドル市場にもなるといわれていますが、残念ながら、日本ではまだまだ理解が行き届いていません。マネジメント層の中にも、ORMをサイバーアタック対策と混同している人もいるくらいです。
ORMでまず大事になるのは、企業内の体制構築です。危機管理の専門部署があったとしても、その部署がウェブリスクの管轄をするのか決まってない場合もあります。危機管理部門でなければ、では、広報が担当するのか、あるいは技術部門に任せてしまうのか。そんなふうに体制が未整備な状態が続いているうちに、ある日、問題が発生してしまう。そのときもなお社内でお見合い状態が続いて、あっという間に炎上が起きて被害が拡大してしまう、ということが実はよくあるのです。
体制構築に伴って、ウェブリスク診断も一度は行う必要があります。だいぶ過去の話にリスクが潜んでいることがあります。また、自社と提携していた会社に不祥事が起きて、それが飛び火してくるといったケースもよくあります。「過去のこと」「他社のこと」、この点が実は、多くの企業で盲点になっているのです。
ウェブリスク管理においても、問題が発生したときに迅速な対応が必要なのは言うまでもありませんが、やはり平常時からのモニタリングが不可欠です。そもそも、ネット社会ではネガティブ情報の書き込みは完全に防ぐことはできません。しかも一度書かれた情報は、仮に誤っていたとしても削除できないことが多く、その後も残り続ける。そういう認識を前提に対策を考えなくてはなりません。もし検索結果の上位に悪意あるサイトが表示されるようなら、その表示順位を下げる対策を施す必要があります。これは、ORMの中でも重要な施策になります。
それと、事後対応としては、例えば炎上が発生したことによる機会損失をしっかり数字で把握することも、ウェブリスク管理の重要性を認識する上で肝心だと思います。B to Cビジネスとして商品・サービスを提供する会社であれば、どれほどの販売機会を逃したのか。これは専門の事業者に依頼しないとなかなか出せない数値ですが、再生に向けた第一歩として取り組む価値はあるのではないでしょうか。
「顧客体験」はユーザーがネットに入ったときから始まる
例えば飲食店チェーン業界の中には、ネットの風評を一つの指標として店舗改善・経営改善を図るなど、先進的な取り組みを行う企業もあります。つまり、ある程度風評が出回るのは避けられない以上、コントロールする施策を打つ一方で、その風評を改善・改革にも役立てようとする前向きな発想も必要です。
それと、もう一つ再認識していただきたいのは、ORMはお客さまの「体験価値」について見直す機会にもなるということです。昨今、マーケティング分野では、商品・サービスを体験したことによる価値をどう高めるかという観点から「ユーザーエクスペリエンス」が非常に重視されています。ただ、一般的な認識としては、その体験はユーザーが自社製品・サービスに関わったときから始まると思われがちです。しかし、多くの人は、目的の商品を買う前に、まずレピュテーション(評判)を調べる。そのとき実は、すでにユーザーエクスペリエンスが始まっているわけです。つまり、風評そのものが体験価値にも関わってきます。
ならば、企業側はその風評対策やコントロールにも積極的に取り組んでいかなくてはならない。マーケティングはORM対策から始まるともいえます。そう考えるべき時代になっているのではないかと思います。
エルテス
2007年から、ネット上の誹謗中傷・ブランドイメージ低下から企業を守るためのウェブリスク専門のコンサルティング会社として事業を展開。企業のウェブ運用体制構築から、ウェブリスクの早期発見・予防、炎上時の緊急対応、事後対応を含んだ全てのウェブリスクへのソリューションをワンストップで提供している。