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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.23

無から有を生み出すための、強力な武器。『ゼロ・トゥ・ワン』

2014/10/31

はじめまして、DMCラボの大木天馬です。営業・システム・デジタルプロモーションなどを経て、現在はまた営業の立場でデジタル系の業務を行っています。
今回取り上げるのは「ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか 」(NHK出版)。
主著者はペイパル創業者、ピーター・ティールです。

シリアル・アントレプレナーの視点・思考が学べる絶好の書

ピーター・ティール氏について説明すると、ペイパルを創業し、その後ライバル会社のイーロン・マスク率いるXドットコムと合併した後イーベイに1.5億ドルで売却。その資本を基にベンチャーキャピタリストとして最初期のフェイスブックへ50万ドル投資し、10億ドルを回収。他にもLinkedInやYelp、Quoraなどの成長中の企業にも投資を行い、成功を収めています。
彼だけでなく、他のペイパル出身者も次々と会社を立ち上げ(前述のイーロン・マスクのテスラ・モーターズ、ペイパル社員3人で立ち上げたユーチューブなど)、成功させています。
次々に新ビジネスを立ち上げては成功させていくペイパル卒業生のことを人々は「ペイパル・マフィア」と呼び、彼らの起業の際にはそのほとんどに出資しているティールは、ペイパル・マフィアの親玉的存在です。

この「ゼロ・トゥ・ワン」は、ティールが母校のスタンフォード大学で行った起業の講義をまとめたもの。
たまたま10回連続でじゃんけんに勝ったような運だけの成功者とは違う、シリアル・アントレプレナーである彼の視点・思考を学ぶことのできる絶好の書です。
かつ、つい先月、英語版・邦訳版が世界同時発売されたという珍しい書籍で、翻訳の時差もなく最新のシリコンバレーの息吹に触れることができます。

そして偶然にも、序文を書いている京大准教授の瀧本哲史くんは私の中高大学の同窓生。
「生きている人の本の推薦はしない主義だが、この人は別」などと言って、熱い文章を寄せています。

そんなご縁もあり、広告の本筋とは少し違うテーマですが、私のようなデジタル系の業務では彼らの視点を学ぶことも重要、ということで取り上げてみます。

常に隠された真実を見つけ出そうとする探究心と常識を疑い続ける心

ティールの言葉は明快、かつ強烈です。
この書はまず、

「採用面接でかならず訊く質問がある。『賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?』」
(P.22)

から始まります。
これこそ、強い企業のあり方、ビジネスへの姿勢など、全てに通じるティールの根本にある考え方です。

彼の経営するペイパルはドットコム・バブルをくぐり抜けて生き残った企業。
最低100万ユーザーを獲得しなければ軌道に乗らないという計算の中、広告での集客に限界を感じ、新規加入者とお友達紹介者にそれぞれ10ドルをプレゼントするという斬新なプロモートを実行。ドットコム・バブルがはじける直前にそのための資金調達をやり切りました。その後のペイパルについては皆さんご存じの通りです。

ドットコム・バブルが崩壊した後、シリコンバレーに居残った起業家が得た教訓として、ティールは以下の4つを提示しています。

「1.少しずつ段階的に前進すること」
「2.無駄なく柔軟であること」
「3.ライバルのものを改良すること」
「4.販売でなくプロダクトに集中すること」
(P.40-41)

また、人の集め方など、起業の際の実践的な考え方もティール流は説得力があります。

「20人目の社員が君の会社に入りたいと思う理由はなんだろう?」
「グーグルでもほかの会社でもより高給でより高い地位につける人が、20番目のエンジニアとして君の会社を選ぶ理由はなんだろう?」
(P.163)

確かに、大切な真実を見つけ、そのビジョンをシェアしてビジネスにすることは、社員の使命や夢、情熱の元、そして連帯感をつくり出す一番の早道でもあります。

常に隠された真実を見つけ出そうとする探究心、人の常識を疑い続ける心。
このティールの基本姿勢が、新しいビジネスを成功させるための非常に強力な武器であることは間違いありません。
例えば、先ほど挙げた4つの教訓。納得しちゃった人、それじゃゼロから1は生み出せません。

「シリコンバレーの常識」でしかないとして、ティールはその全てを否定しています。
ティールがカウンターとして示す原則はこちら。

「1.小さな違いを追いかけるより大胆に賭けた方がいい
2.できの悪い計画でも、ないよりはいい
3.競争の激しい市場では利益は消失する
4.販売はプロダクトと同じくらい大切だ」
(P.41)

隠された真実を自分の目で見いだすことこそ本当のティール流

強烈な思想を持つティールだけあって、この書の中にはにわかには同意できないような考えもありました。
例えばリーンスタートアップも一つの起業の良い方法であると思いますし、起業後全く違うビジネスにピボットしてから大成功した友人も私は知っています。また、社員がスーツを着ていたって、投資に値する企業もあるでしょう。

われわれも彼の言葉をそのまま飲み込むのではなく、それすら疑ってかかり、変化する真実、隠された真実を自分の目で見いだすことこそ本当のティール流、この書から学ぶべき思想ではないでしょうか。

余談ですが、ティールはSFとファンタジーが大好きで、ペイパル社員の必読書が「クリプトノミコン」というSF書だったり、現在経営している企業も「パランティーア」、ファンド名は「ミスリル」、そしてこの本にも指輪物語の歌の一節が引用されていたり、「王の帰還」という章があったりなど、特にロード・オブ・ザ・リングの世界がお好きなようで私と趣味が完全に一致。一度話してみたいものです。

【電通モダンコミュニケーションラボ】