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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.24

正解が分からない、過去の経験が生きない時代のものづくり『takram design engineering|デザイン・イノベーションの振り子』

2014/11/14

今回は、新しい時代の「ものづくり」のあり方を提唱し、エンジニアリングとデザインが交わる領域で、次々に魅力的なプロダクト/サービスを生み出しているtakram design engineeringによる『デザイン・イノベーションの振り子』という本を取り上げたいと思います。

デザイン・エンジニア?

本書の中身を紹介する前に、まず、この本の著者であるtakramという会社を紹介します。この会社のユニークさを特徴づけていることの一つに、「デザイン・エンジニア」という聞き慣れない肩書を持った社員が働いていることが挙げられます。

デザイン・エンジニアとは、本書によれば、デザイナーとエンジニアという二つのスキルを持ち、それぞれの領域を越境しながら、脱領域的に課題にアプローチできる人材とあります。
例えば家電などのメーカーでは、技術を担当するエンジニアと、デザインを担当するデザイナーが別々の部署で働いているのが一般的です。何か新しい製品を開発する際、技術面からのアプローチをエンジニアが行い、外観などのデザインはデザイナーが担当し、お互いに専門知識を持ち寄り、擦り合わせをしながら(時としてぶつかり合いながら)進めていきます。

しかし、takramはその担当をあえて分けず、一人の担当者=デザイン・エンジニアが統合的に課題解決に当たるというアプローチを取っています。つまりtakramは、工学部出身のエンジニアにはアートやデザインのスキルを身に付けさせ、美術大学出身のデザイナーには、工学の知識を身に付けさせる、というような形で人材を育てている企業なのです。

ではなぜデザイン・エンジニアが必要なのでしょうか? それは本書のテーマ「デザイン・イノベーション」という言葉と密接に絡んでいるので、まずは本書の構成を追ってみます。

近代のものづくりの限界

本書は、現代のものづくりの方法、つまり「問題を細かく分解して対応すれば課題にアプローチできるという発想に基づいた、近代的なものづくり方法」に限界が来ていることを浮き彫りにしていきます。専門家の分業(エンジニアは技術だけを担当、デザイナーはデザイナーだけを担当)では、もはや新しい時代のものづくりに対応できなくなったというわけです。

その困難を、本書では「複雑性=Complexity」「Composite=複合性・相互依存性」「Ineffability=記述困難性」といった言葉で丁寧に説明しています。要約すると、現代のプロダクトは、ハードウェア、エレクトロニクス、ソフトウェア、ネットワーク、サービスといった異なる領域の構成要素が複雑に絡み合って一つの「体験」を提供するようにできており、何かを作るために、ものごとを要素ごとに細かく分解し、分業体制で製作のアプローチをすることが難しくなったというわけです。
(例えば、スマートフォンでオンラインゲームアプリを作る際には、様々な領域の知見が必要になりますよね。)

現代のものづくりの現場では、デザイン的な視点で技術を見る必要があり、技術的な視点でデザインを考える必要がある。つまり、統合的な視点とスキルの重要性が増しているといえます。
本書の言葉を引用してみましょう。

「2010年以降から現在に至るのが第五世代。「ハードウェア+エレクトロニクス+ソフトウェア+ネットワーク+サービス」の時代だ。(中略)
この5つの要素を同時に考え、等価に扱うことの出来る能力が、現代のイノベーションの創造には必須となった。インターネットによって、技術に対するアクセシビリティがフラット化し、情報は容易に得られるようになった。一方で、ものを構成する要素の選択肢が増えたことで、先端のもの作りには、多数の専門性を有機的に組み合わせる必要が出てきた。また、製品はスペックではなく、エクスペリエンスという軸で評価されるようになった。これらの状況がわれわれに専門性の越境を要求し、要素を統合的に扱い、それを織り上げ、繋ぎ込むことを要求し始めている」(P.12)

振り子の思考とは?

では、現代のものづくりを実践する上で、takramのデザイン・エンジニアたちはどのようにアプローチしているのでしょうか? ここで、タイトルにもなっている「振り子」の思考が登場します。
振り子の思考とは、

「ひとつの枠組みにとらわれず、2つ(かそれ以上)の極の間を高速に行き来しながら、答えを揺れ動く残像のなかに見いだすことだ。」(P.28)

とあります。

それは例えば、機械工学的な課題があるときに、ユーザー体験の設計を工夫することで、そもそもの問題を無効化できる、というような思考を指します。エンジニアがデザイナー的な視点を、またデザイナーがエンジニア的なスキルを持っていれば、解ける問題の幅が広がり、さらに深いインサイトを得ることができるかもしれません。分業体制ではなかなか見えてこなかった課題への新しいアプローチが、デザイン・エンジニアという領域横断的な視点、複眼的な視点を持った存在を通して初めて可能になるというのが本書の主張です。

「対象をいろいろな角度から眺めてみる。当事者としての視点、他者としての視点。軸を定め、対極からの景色を眺めると、次は軸そのものからの逸脱すら可能になる。」(P.29)

それがtakramの提唱する、新しいものづくりの思想=振り子の思考なのです。

振り子の思考で貫かれた3つの方法論

この振り子の思考(越境的、複眼的、脱領域的)は、takramのものづくりの現場では、さまざまな方法論に貫かれているといいます。本書では「プロトタイピング」「ストーリーウィービング」「プロブレム・リフレーミング」の3つの方法論が紹介されています。詳細な事例は本書を読んでいただきたいのですが、ここではそれぞれの方法論を簡単にまとめてみます。

1.プロトタイピング:「作ること」と「考えること」の間で揺れる振り子。
これまでも、ものづくりの現場で「プロトタイプ」の重要性は認められてきましたが、従来のプロトタイピングは、企画から設計へ、設計から製造へというように、「抽象は具体に転写が可能である」という前提に立った上で、主にプリプロダクション・アセスメントなどの具体側の検証のために行われてきました。一方で、takramの実践する新しいプロトタイピングは、具体側の改善にとどまらず、具体と抽象の行き来を積極的に繰り返すことで、抽象側のレベルを引き上げるために行います。

2.ストーリーウィービング:具体と抽象との間で揺れる振り子。
ストーリーウィービングとは、プロジェクトの初期に設定したコンセプトをその後も柔軟に練り直し続け、より良いものに洗練させていく手法。つまり、従来のコンセプト設定の代替ではなく、それを補強し、拡張するもの。製品開発における「概念面」の成果物であるストーリーは、単体では存在し得ない。具象面である「ものづくり」のプロセスと同時進行させ、相互作用させることで見いだされます。つまり、プロジェクト進行中に製品開発のプロトタイプが進化するのと並行して、ストーリーそのものにも逐一改善を加えていく必要があります。「作ること(具体面)」と「語ること(抽象面)」、すなわち「ものづくりとものがたり」は、互いが互いを形づくり、さらには高め合っていきます。

3.プロブレム・リフレーミング:問いと答えの間で揺れる振り子。
初期に設定した問いに対してある答えを見いだすと、新たな、次の段階の問いが生じます。この繰り返しによって、初めて至るイノベーションがあります。さらには、答えの質の上限は、問いの質によって定義されてしまうので、そもそも与えられた問いが正しいかを検証する力が必要になります。

正解が分からない、過去の経験が生きない時代に向けて

takramは、主にプロダクトデザインやサービスデザインの分野で新しい課題に対する革新的なソリューションのあり方、新しい哲学を提唱していますが、これは(分野は違えど)広告業界にもそのまま当てはまると思います。コミュニケーションの領域もデジタル化が進む中で、PR、プロモーション、CRM、サービス開発、デジタルマーケティング、それぞれの分野は密接に絡み合い、高度に統合されてきています。まさに、ものづくりの現場と同じことが起こっているのです。

「何を作ればいいのかわからない、正解がわからない、過去の経験が活きない、といった新しい分野を開拓するような使命を負ったプロジェクトは、誰がやっても難しい。失敗する確率も高い。そのために敬遠したくなるような気持ちも湧いてくる。しかし、新しい分野を開拓してこそ、社会全体に新陳代謝を起こすことができる。takramが取り組んでいきたいのは、まさにこの領域なのだ」(P.66-67)

ものづくりそのものに興味がない人でも、新しい分野の開拓に興味がある人にとって、とても参考になるわくわくする本だと思います。

【電通モダンコミュニケーションラボ】