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デジタルの旬No.11

2015年のデジタル業界展望②

デザインやビジュアルの視点から、

インターネットが大きく変わる

~ピンタレスト・ジャパン 社長 定国直樹氏

2015/01/28

デジタルの旬

目まぐるしく変貌を続けるデジタル業界。だがその中で、今こそが大きな転換点だとの指摘もある。2015年の年頭に当たり、これからの業界展望について業界のキーマンに語ってもらった。

(聞き手:電通デジタル・ビジネス局 計画推進部長 小野裕三)

デジタル世界でのUIやデザイン、そしてビジュアルの力が強まる

──ここ最近のインターネットの状況を振り返って、どのようなことを思いますか。

定国:中長期的に変わっていくことと短期的に変わっていくことがあると思っています。中長期的には、スマホやパソコンなどの既存のデバイスだけでなく、ウエアラブルや白物家電などあらゆるデバイスがネットにつながっていくということです。だいぶ以前から「ユビキタス」等の近い概念でも提唱されていましたが、所謂IoTがいよいよ現実になりつつあります 。そこで重要となるのは、プロダクトの機能とデザインとをどのように組み合わせていくかです。これはチャレンジングな取り組みですが、アカデミックな領域では既に対応への具体的な動きも見られ、例えば多摩美術大では新しく「統合デザイン学科」が設置されています。統合デザイン学科の深澤直人先生による説明も聞いたことがあるのですが、デザインがいろいろなプラットフォームやデバイス、人々が暮らしている生活空間の中で、横断的に設計されるべきという視点で教育を行う学科とのことで、個人的にも近い将来でのアカデミックから実ビジネスへの展開も期待しています。そもそものプロダクトのあり方が変わるということは、つくり手の企業側でも対応が必要になるはずですので、 それに対応するべく組織のあるべき姿も議論に入っていると予想しています。

例えば、ピンタレストではデザイナーが組織の中にしっかり入っています。創業者の一人、CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)を務めるエバン・シャープは、もともと建築デザイナーです。創業当時の写真には、エンジニアとデザイナーの二人で、一つのパソコンモニターを見ながら議論し、開発を行っている姿が見られます。それはものづくりとデザインを融合しようとする象徴的な姿で、UI(ユーザーインターフェイス)デザインとプロダクト機能が高いレベルでバランスをとって開発されたのがピンタレストなのです。

──ユビキタスやIoT(Internet of Things・モノのインターネット)の世界になると、UIやデザインの位置付けが大きくなるということでしょうか。

定国そうです。そしてそれは、働き方や意思決定、組織の構成、戦略にも大きな影響を及ぼします。デザインは組織そのものにもっと融合されるべきです。インフォメーションアーキテクトとしてご活躍中のConcentの代表 長谷川敦士氏とも意見交換をしたことはあるのですが、サービスデザインを推進している彼の観点の中でも、「世界的に見ても、日本は独自のデザイン観をもつ国でありそれを誇りに思う一方で、そのデザイン観をプロダクトやサービスに落としこむフレームワークに欠けている」というコメントは印象深いです。クロスファンクションでの取り組みは今後必須となることを考えると、特に、デザイナーがその取り組みのキーパーソンとして入っているべきだ、との意見で一致しました。それがプロダクトに落としこむフレームワークのありかたの醸成を加速させるでしょう。今まではプロダクトをいかに良いものにしていくかというプロダクト主導の考え方でよかったと思いますが、今後は、プロダクトの見え方や触れ方、使い方まで踏まえたデザイン要素の融合が、IT業界において重要になっていくと思います。

一方で、短期的な視点から見ると、スマホの影響が大きくなり、さらに画面が大きくなって「ファブレット」化しています。そうなると、ビジュアルの力が重要になります。同時に、人々が処理しなくてはいけない情報の量が益々膨大になってきているため、人は情報を取捨選択する必要がありますが、効率的な処理を手助けするところでも、やはりビジュアルが大事になります。

──ビジュアルの重要性が高まっていることは、実際のピンタレストの運営を通じてもやはり実感がありますか。

定国ピンタレストのサービスが伸びていること自体が、ビジュアルの重要性を示す一つの証拠だと思います。外部データのcomScoreによりますと、ユーザーは全世界で7000万人を超えています。また、インスタグラムやその他のビジュアル中心のキュレーションサービスも広がっています。他の例としても、キュレーション系のニュースアプリはサムネイル写真をうまく活用しているため、、記事リストをすばやくスクロールしながらでも、気になった記事をうまく拾い上げることができるようにデザインされていると思います。

デバイスが進化・多様化する中で、「ブラウジング」がキーワードに

──コンテンツが流し読みになってきたからこそ、ビジュアル要素が大事になってくるのですね。

定国そうです。今後、スマホ領域では「ブラウジング」がキーワードになると思います。ユーザーはすごいスピードで一気に流して見るので、ブラウジングという体験をどのように提供すべきかを各サービスが考える必要があります。ピンタレストは4年でいろいろなUIを試しながら最適なものを検討し、独自の「グリッドUI」を発明しました。今の形は、画像サムネイルの横幅を統一することで、上から下にスワイプしていっても、目の動きが追い付くような設計にして、特にスマホにおけるブラウジング体験の最適化をしようとしています。グリッドUIは見た目は簡単そうですが、技術的にはかなり難しかったのです。だからこそ、エンジニアとデザイナーが連携して開発しました。最近はこのグリッドUIの考え方が他のサービスなどでも取り込まれている例を多く見ます 。

──スマホ向けのインターフェースが中心になっていくと、パソコンは今後どのようになっていくのでしょうか。

定国仕事のしやすさで考えればパソコンの方がよいので、一定量は残っていくと思います。ただ、なんでもかんでもパソコンでなければならないという時代は終わったと思います。私自身は、デバイスをあまり意識しなくなりました。ローカルに置いたファイルで仕事をすることがなくなり、ほとんどはクラウドを経由した作業になっていて、デバイスはその時々で場の制約に合わせて最適なものを使うだけです。

定国直樹氏

──ウエアラブルデバイスではいろいろな形のものが発表されていますが、注目しているものはありますか。

定国ガジェット好きなので、どれも面白そうだと思います。基本的には人の生活に浸透している腕時計、メガネ、指輪、ネックレスあたりから広がっていくでしょう。すぐに普及するということではなく、世の中でもまれ、その結果いいものが残っていく過程があるはずです。ウエアラブルデバイスが多様化してくると、中長期的にはそれにひもづくサービスも出てくるでしょう。ピンタレストにはプレイスピンという地図にひもづく機能があるのですが、ウエアラブルデバイスにピンタレストを入れておくと、ピンをした場所に近づいた時に、デバイスが教えてくれるというサービスも展開しようとしています。

──最近、ロボットも注目されていますが、どう思いますか。

定国15年前に私はMITでロボットを研究する人工知能研究所で客員研究員として仕事をしたことがあるのですが、そこではロボットは閉ざされたアカデミックな領域で開発されているもので、B2C領域での実用化は遠い話でした。しかし、グーグルがロボット関連企業を買収したような動きからも読み取れるように、今までのアカデミックな世界から、日常生活のなかのアプリケーションとして活用するという新しいフェーズに入った感覚はあります。もちろん、フィジカルなプロダクトであればあるほど、安全性等への要求は高まりますので、オンラインプロダクトと同等のスピードで一気に広まることは難しいでしょうが、それでもここ数年でも急速に変わってきていると感じています。

ピンタレストは、人の創造を刺激して開放するプラットフォーム

──コンテンツという観点からは、ネット業界の動きをどう見ていますか。

定国ピンタレストの基本的な哲学は、コンテンツホルダーやクリエーターへの貢献です。「世の中はもっとクリエーティブになれるはず」というピュアな思いで始まっています。そして、自分の作品をもっと世の中に知ってもらい、何かアクションを起こすようになってほしいという思いがあります。なので、ピンタレストのピンは、クリックすると必ず元のサイトにリンクするようになっています。

──人をもっと創造的にするためのプラットフォームがピンタレストということでしょうか。

定国そうです。子どものころはみんなクリエーティブで、絵を描いたりしますが、成長とともにある枠組みにはまってしまいます。それはもったいないことです。一般の人ももっとクリエーティブになれるはずで、ピンタレストはクリエーティビティーを刺激して開放するプラットフォームになり得ます。ネットでは一個人がメディアとして作品やキュレーションなどさまざまな発信ができるようになっていて、その土壌は整ってきています。音楽や書籍なども含めて、情報発信の在り方が変わってきているので、それを前提にビジネスをつくっていく必要があると思います。

──キュレーションなど情報を整理することも一種の創造であるという考え方も出てきて、創造するという概念が広くなっているように思います。

定国情報量が膨大になっているので、それを整理整頓するキュレーションという行為に価値がでてきているのだと思います。ピンタレストも世の中のさまざまなビジュアルを整理していくので、その側面があります。これは、日常生活にある創作活動であり、例えば自分の住んでいる家の部屋を空間としてどのようにデザインしていくかと考えたりする行為は、まさにクリエーティビティーあふれる活動といえます。その創作活動を刺激するために多様なビジュアル情報をベースにキュレーションすることで、多くのインスピレーションを受けて、そこから自分にとっての意味合いを引き出すという行為をサポートできるのがピンタレストです。私自身も、ベランダのガーデニングに興味があったものの具体的なイメージがわかなかったのですが、ピンタレストで興味を持った写真を集めているうちに、「ああ自分はこんなインテリアで言うとシンプルモダン的なガーデニングをしたかったんだな」というデザインの方向性に気づいたことがありました。昔は雑誌など見て考えていたので大変だったのですが、今は圧倒的に楽になっています。

──ピンタレストのようなプラットフォームがあると、いろいろな人の創造をファシリテートしていくことができるということですね。

定国そうだと思います。よく誤解されているのですが、ピンタレストはSNSではありません。人のクリエーティビティーを後押しする存在になればよいと考えています。

ピンタレストでの、ガーデニングをテーマにした定国氏自身のボード
ピンタレストでの、ガーデニングをテーマにした定国氏自身のボード
 

ネーティブ広告では、これまでの広告の考え方は通用しない?

── 一般の人が生み出すコンテンツのすそ野が広がっている中で、そのマネタイズについては常に議論になりますが、思っていることはありますか。

定国ユーザー視点で言えば、そもそもマネタイズはどうあるべきかについて考える必要があります。米国のピンタレストでは広告によるマネタイゼーションを始めましたが、一気に展開するのではなく、ピンタレストのビジネスアカウントを持ち、メディアの特性をよく理解いただいている企業広告主に限定してテスト的に実施しています。大手企業で数えると、15社程度に協力頂いています。これは、企業にもユーザーにもメリットを感じてもらえる「Win-Win-Win」のモデル構築に向けたトライアルです。例えば、ピンタレスト内の検索機能の検索結果ページにて、検索キーワードに連動した関連性の高い広告を表示し、広告のビジュアルにも配慮して、ユーザーのインスピレーションを妨げない、むしろ促進するようにしています。これまでの広告では、とにかく目立つようにしてアテンションを取るという考え方がありましたが、それとは違う視点で広告とはどうあるべきかを模索している段階です。例えば雑誌広告ビジュアルをそのままピンタレストで流しても、ユーザーの目にはすごく違和感を持って感じられるかもしれません。これまでとは大きく視点を変えた広告表現の展開が必要だと思います。

──なるべく本文になじむようにして提供するネーティブ広告が最近話題ですが、そのようなことですね。

定国まさにそうです。ニュース系キュレーションサービスもそこに取り組んでいますね。なじむことが大事なのですが、決してユーザーを欺くことになってはいけません。そこは徹底的に真摯に対応するべきです。広告であることを明示しつつ、ユーザー体験としては見てよかったと思われる広告を目指したいと思います。単純に露出する面が多様化したということだけではなく、広告そのものの在り方が多様化し、より複雑化していると思います。

ソーシャルメディアの役割分担が進み、ユーザーもリテラシーが向上

──「Etsy(エッツィ)」のようなユーザーレベルでのものづくりのEコマースサイトなど、CtoC的な取り組みが広がっていますが、注目していますか。

定国米国においてエッツィはハンドメード・DIYの領域でもっともポピュラーで、ピンタレストともいい関係を築いています。エッツィでは多くのクリエーターがハンドメードの自分の作品を世に問う取り組みをしていますが、より多くの人に見てもらうためにピンタレストが使われていて、相性がとても良いです。具体的には、エッツィのサイト内にピンタレストのピンが設置されているので、気になった人はピンをして保存できます。また、ピンタレスト側にもエッツィのビジネスアカウントをつくって、いろいろなテーマでキュレーションしているので、ここにユーザーが訪問してきています。日本でもハンドメードの展示会が毎年開催されて多くの人を集めていますし、Eコマースサイトもどんどんできていますので、日本でもこの分野は間違いなく盛り上がってくると思います。ピンタレストはCtoC的な取り組みも強力にサポートできるプラットフォームです

──「ピンタレストはSNSではない」とお考えとのことですが、世の中にあるソーシャルメディアについて思っていることはありますか。

定国ソーシャルメディアのすみ分けが進んできているので、ユーザーも場面に合わせて使い分けることが多くなっていて、リテラシーは全体として上がっています。私自身もSNSだけに限っても、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、パス、リンクトイン、グーグルプラスを使っています。ビジュアル的なことはインスタグラム、一般公開で今思っていることを吐き出すのがツイッター、わりとクローズドに使っているのがフェイスブック、グーグルプラスはビジネス話題中心で、ピンタレストで今取り組んでいることなどを書いています。ソーシャルメディアを運営する側も、どこに強みを持たせるか各社検討していて、足りないところは他社を買収するという傾向がありますね。

──ビッグデータが最近注目されていますが、どう思いますか。

定国一般的に見れば、企業戦略を決めるためのビッグデータは使いこなされていますが、消費者行動全体を把握するビッグデータはまだできていないので、そこの取り合いになるでしょう。一事業として、特定の商品をユーザーがどのように購入しているかというデータはあるのですが、それは会社視点でしかなく、個人視点で一人の人が朝起きてから夜寝るまでどのように行動しているのか、それをつないでいるものはありません。そのようなデータがあると便利になる部分は当然あると思うのですが、一方で洗いざらいプライバシーがとられるので、今後それがどうなるのかは、私個人としても関心があります。

──ネットが進歩する半面、プライバシーの問題や、アカウント乗っ取り、あるいは忘れられる権利など社会的問題も生んでいますね。

定国直樹氏

定国深刻な問題で、ピンタレストも対応していく必要があります。例えば全てのユーザーにワン・タイム・パスワードで管理してもらうのも現実的ではありません。セキュリティーを上げると利便性が落ちる部分があるので、どこまで許容できるかということです。アカウントを乗っ取られた状況が分かれば、ユーザーに通知をしっかり出す技術を進歩させる必要があります。あとは、ユーザーのリテラシーを向上させるための啓発活動も必要でしょう。

2割のファクトデータから8割の方向性を見いだし、行動できる能力が必要

──これからネットの世界での可能性や課題にはどんなことがありますか。

定国全体の方向としては、どこでどのデバイスが使われるかといったことは関係なく、あらゆる場所から、そこに適したデバイスでクラウドにアクセスできるようになるわけです。その時に、その場所に合ったプロダクトとは何か、生活をさらに良くするためにどうあるべきかはこれからの課題です。

──今後、ネット業界に求められる人材とはどのようなものでしょうか。

定国横断的に物事を見られる人が重要になってきます。先の見えない状態であっても、良い方向を見いだして進んで行ける人材が求められます。100%の正解を見つけるまでやってから進んでいては、時代のスピードに追いつきません。2割を見て8割方の方向性を見いだし、壁にぶつかりながらも修正しながら、正解に向かって走っていけることが必要です。不確実性があっても仕事が進められるメンタルを持ち、かつ横断的に考えられる人材です。ただ、直感だけではだめで、出来る限りデータに基づくべきで、100%のデータはそろえられなくても、20%のデータから分析力や洞察力をもって80%を推察する。物事の考え方には、ウォーターフォール型とアジャイル型の二つがあります。ウォーターフォール型は、まず仕様をしっかり固めて、関係各所と完全に合意してから、プロトタイプをつくり、テストして、チェック項目を全て満たしたら次に進むやり方です。一方でアジャイル型は、ファクトデータは2割しかないけど8割方正しいと思えるものをつくり、たとえ4、5割の出来でも世の中に出してテストし、間違えていたらやめることも辞さないで方向性を見いだしていく方式です。業界として明らかにアジャイルでなければいけないと思います。ユーザーのニーズに追いつかないし、技術革新は次々に起こって、既存のものはどんどん陳腐化していきますので。最新のテクノロジーで何ができるかを、迅速に試す必要があります。ただし、企業としてここだけはぶれてはいけないというミッションをしっかりと守りながらトライしていく必要があるでしょう。

──2015年、これからの広告業界に期待することはなんでしょうか。

定国ネイティブ広告に関していろいろなトライ&エラーがされ続けるでしょう。さまざまな形で広告を出すべきメディアが広がっていくため、新たなクロスメディアの方向性が必要で、かつ、単にアテンションを取るだけに留まらない広告自体の多様性が広がると思います。加えて企業として広告がどうあるべきかを考えていかなければならないので、複雑さが増していきます。これは、今までとは次元が違う変化です。費用対効果を見るためにクリック単価やコンバージョンを見ていくことは必要ですが、必ずしもそのような単純なものだけでは評価できなくなっていきます。いろいろな広告の在り方が生まれてくるはずなので、注視していきたいと思います。