ロボティクスビジネス入門講座 #07

マツコロイド開発者・石黒浩教授インタビュー①  “intelligent”の先にあるロボットのブランド戦略

  • Drobo prof
    石黒 浩
    大阪大学 基礎工学研究科 教授/ATR石黒浩特別研究所客員所長
  • Profile nishijima 1
    西嶋 賴親
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター

電通の社内横断組織・電通ロボット推進センター代表の西嶋賴親氏が日本国内の著名なロボットクリエーターや、ロボット関連企業のパイオニアとの対話を通して、ロボットをビジネス視点から考える連載。

今回は、遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイド」シリーズで知られる、大阪大教授の石黒浩先生をお訪ねしました。世界的に著名なロボット科学者でもいらっしゃいますが、テレビ番組で本人と間違うくらいのそっくりなロボットと一緒に出られているのを見たことがある人も多いかと思います。

ロボットビジネスの発展、2つの方向性

西嶋:電通グループのプロジェクト「デジタレ」(※)の第1弾として、先生の監修のもとで開発したマツコ・デラックスさんのアンドロイド「マツコロイド」を発表しました。2014年12月にはテレビ番組で動く様子が流れたので、見た人には相当のインパクトがあったのではないでしょうか?

※:電通と電通テックによる、デジタル技術を駆使したノンヒューマン・タレント開発事業。

 

石黒:そうですね。マツコさんのような、人柄で人気を集めているタレントさんが協力してくれたのは、僕はすごくおもしろいと思っています。広く一般の人がロボットについて興味を持つ機会になったらいいですね。

西嶋:今、ヒト型の分野に限らず、ロボット開発やロボットビジネスに興味を示す企業がどんどん増えています。一部では成功例も出ているかと思うのですが、先生はロボット関連ビジネスについて、どのような見解をお持ちでしょうか?

石黒:機運はもちろん高まっていると思いますが、僕はまだ、ロボットビジネスは興っていないんじゃないかと考えています。今そう称されているものは、完全に既存のビジネスモデルの範疇です。興っているものがあるとすれば、iRobot社のルンバくらいでしょう。ただ、ルンバもロボットではあると思いますが、家電の延長ですよね。

これからの発展でいうと、僕は2つ方向性があると思っています。ひとつは、すでにある役割をロボット化することです。

西嶋:それが、ルンバのような。

石黒:ええ。ただ、残念ながらコミュニケーションロボットやメディアの延長としてのロボットには、まだきっちりとしたビジネスモデルがない状態です。音声や画像など、パターン認識の技術がもっと進み、それらがソフトとして大量生産されて開発プラットフォームがある程度確立したら、そこが転換点になるでしょう。

西嶋:ではもうひとつの方向性は、何でしょうか?

石黒:産業用ロボットの分野です。例えば、ロボット工学者のロドニー・ブルックス教授が手掛けた汎用作業ロボット「baxter」。彼はiRobotの創業者で、ルンバの開発者です。ただ、コストを抑えた分、性能はこれからという気が僕はしているのですが。

日本の川田工業が開発した「NEXTAGE」は、かなりよくできていると思いますね。baxterと同じ双腕型、つまり両腕を持った産業用ロボットで、多品種少量生産の中でうまく使えそうな感じがしています。これらも、プラットフォームが成立するかどうかで、拡大の可能性が変わってくるでしょう。

西嶋:いずれにしても、プラットフォームがカギになるということですね。

石黒:そう思います。産業用ロボットからは離れますが、ソフトバンクの「Pepper」はプラットフォームビジネスを志向していますよね。本格的に仕掛けるには、かなり大きな投資をして冒険する必要があるでしょうが。

ロボットが浸透する上でのハードルとは?

西嶋:ヒト型、特に二足歩行のロボットの可能性についてはいかがでしょうか?

石黒:歩行するロボットの未来がどれだけあるのかというのは、僕はまだ見通せていないですね。世に出る可能性……例えば、街中で歩行型ロボットが歩く様子って想像できますかね?僕がいちばん心配なのは、安全性です。「倒れたときに足がバタバタして、子供を巻き込んだらどうするのか」とか。自動車くらい、いや、自動車が世の中に浸透していったときよりも厳しいんじゃないですかね。

西嶋:確かに、普通に街中に出ていくことを考えると、安全性はいちばん重要ですね。

石黒:そうです。ただ、この点に関してはある程度合理的に考えなければいけない部分もあります。自動車でさえ、登場してだいぶ経つ今も事故がゼロではないわけで。でも危ないからと言って乗れなくなってしまえば、仕事や生活に大きな支障がありますよね。

ロボットが広がるには、それに対する人々の意識と折り合っていかなければいけない。そのハードルはかなりきついですよ、新しいものですから。新しいものはいきなり利便性を主張できないので、ロボットが事故を起こすことは現段階では許されないんですね。そう考えると、足は車輪型にする方が安全です。

西嶋:今、人の意識というご指摘がありましたが、ビジネスとして具体化したり世の中に広めていくためには心理学や社会学もすごく重要だと感じています。日本は海外諸国に比べてロボット事業にかける予算や、学べる学部が少ないとも言われていますが、大学生がいきなり飛び込むには学際的すぎる分野なのでしょうか?

石黒:そんなことはないと思います。むしろこれからは、技術を学ぶ学生は全員ロボットを学ばなければ。要するに、ロボットって技術の象徴なんですよ。

ロボット自体の「ブランド戦略」を考える

石黒:人間とは、技術によって進化する生物です。人間は技術によって速く移動したり、遠くの人と話したりと能力を拡張してきました。はるか昔、道具を使い始めたところから、技術と人間は切っても切り離せないものになっていて、そこがほかの動物と違うところです。もし切り離すなら、明日から飛行機にも乗れない、電話もできない。家だって、野宿ですよ。

技術なしに、人間の定義はできません。なので、技術のひとつであるロボットの研究は、科学だけでなく西嶋さんが言われたような心理学や社会学、果ては宗教学まですべてが結びついていて当然で、だからこそ皆が学ぶべきなんです。大学院なら、文系の学生も必須の教養科目にしてもいい。そうすれば、例えば映画などでありがちな「ロボットは敵だ」なんて意見は出てこなくなるのではないでしょうか。

西嶋:文系学生までも必修科目に、という視点は素晴らしいと思います。まだロボットだけが万能感があるように考えられる場合が多いと感じているので。「シンギュラリティ(技術的特異点)が訪れて、ロボットが人の知能を追い越したら、人の働く場所が奪われる!」というのも良く聞く話ですよね。

石黒:「敵って誰なんだ」という話ですよね。そもそも敵が定義されていないし、もっといえば人間そのものも定義されていないじゃないですか。

西嶋:そうすると、ロボットを浸透させるには、もともとの高いハードルがある上で、さらに誤解を解きながらということに…。しばらく、どうしたらいいのか模索する時間がかかりそうですね。

石黒:まあ、僕もどう発展させればいいのかは分からないですよ(笑)。ただ、打破する道筋があるとすれば、「ロボット自体のブランド戦略」を考えるべきじゃないかと思います。

人はニーズだけでは動きませんよね。iPhoneだって、僕の周囲では日本で流行る前に世界の友達がどんどん使い始めて絶賛していたのですが、僕はなぜ流行ったかちっとも分からなかった。iPhone、みんなそんなに便利だと思いました?

西嶋:おっしゃるように、日本で流行り始めるのには、少し時間がかかった気がします。

石黒:結局、使うのはメールとインターネット、多少のアプリくらいだとすると完全にオーバースペックですよね。従来の携帯電話に対してスマートフォンの機能優位性はあると思いますが、他のスマホに対してiPhoneだけが優れているかというと、そんなことはないですよね。ほとんど同じものを日本のメーカーが先につくっていたりします。それが世界でブームにならなかったのは、デザインを含めたブランド戦略に違いがあったからじゃないでしょうか。

要するに、選ぶ理由は中身じゃない。iPhoneが良かったのは、新しい可能性を感じさせたからでしょう。ロボットも同じで、「新しいことを予見させられるかどうか」で受け手の意識が変わる。「新しい」ことも、「新しくて得体が知れない」と思われないように、うまく伝えないといけないと思います。

「人は人にしか興味がない」

石黒:iPhoneの話題に関連して、僕は今「メディアはどうやって進化するのか」に関心があるんです。例えばiPhoneやiPadの「i」には、internetやindividualといった意味が込められているそうですが、僕は「intelligent」がアップル製品が拡大したひとつのキーワードだと思っています。他のメーカーの製品と中身が変わらなくても、なんだか賢くなった気分になるじゃないですか。

では、なぜみんな「intelligent」に引かれるのかというと、人間性がそこに反映されるからじゃないかと。「このiPhoneは今までのケータイより賢いかもしれないから、少し私のことを分かってくれそうだ」という期待を抱かせますよね。

それが人気の理由だとすると、ロボットにはもう少しintelligentの先へ、例えば「emotion」とか、もう少し人間性をうまく反映するコンセプトが要るんじゃないかと考えているんです。僕のつくっているアンドロイドになぜみんなが興味を持つかというと、そこに人間が見え隠れするからなんですね。究極的には、人間以外に興味なんかないんですよ、人間なんて。

西嶋:「人は人にしか興味がない。」それを世界的に著名なロボット科学者である石黒先生が言われるのは、すごいことですね。

石黒:ありとあらゆる興味の源は自分自身だったり、人間だったりする。なので、「みんなが持っている」といった社会心理まで含めて、そこをうまく刺激するものは流行ると思います。だからその点では、パソコンやスマホが普及したときも同じですが、値段もすごく大事なんですよ。

西嶋:おっしゃるとおりだと思います。ただ、ロボットの場合はこれまでの技術より格段に可能性が大きい分、浸透の仕方としては同じようにはいかないのかな、という気がします。

石黒:深くなっていきますからね。言い換えれば、多様性が増している。iPhoneは、このintelligentなデバイスを使うことにステータスを感じているわけですが、intelligentはいわば人に共通する基盤、脳の一部みたいなものです。

対してロボットにはもっと人をストレートに反映させようとすると、それに伴って多様性が出てくる。仮に「emotion」というコンセプトを立てると、可能性は広がりますが、同時に個性も出てきて画一的には語れなくなってきます。ロボットは、たぶんそういう方向になるでしょう。でもうまくすれば、共通基盤みたいなものをつくれるかもしれない。その場合、共通の部分と、個性を揺らす部分を持ち合わせるようになるでしょうね。


「究極的には人は人にしか興味がない」。ロボットビジネスの発展に、思いがけず心理的な部分が大きくかかわっていることに気付かされました。では具体的に企業はどのような段階を踏むべきなのか、引き続き石黒先生のご意見や取り組みを伺っていきます。(西嶋)

プロフィール

  • Drobo prof
    石黒 浩
    大阪大学 基礎工学研究科 教授/ATR石黒浩特別研究所客員所長

    大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授,大阪大学工学研究科教授を経て,2009年より大阪大学基礎工学研究科教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。社会で活動するロボットの実現を目指し、知的システムの基礎的な研究を行う。ロボット研究においては,従来,ナビゲーションやマニピュレーションという産業用ロボットにおける課題が研究の中心であったが,インタラクションという日常活動型ロボットにおける課題を世界に先駆けて提案し,研究に取り組んできた.そして,これまでに人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットや,それらの活動を支援し人間を見守るためのセンサネットワークを開発してきた.そして,2007年には、Synectics社(英)の調査「世界の100人の生きている天才のランキング」で日本人最高位の26位に選出される。また2011年には,大阪文化賞を受賞.2013年大阪大学特別教授。主な著書に「ロボットとは何か」(講談社現代新書),「どうすれば「人」を創れるか」(新潮社)などがある。

  • Profile nishijima 1
    西嶋 賴親
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター

    電通ロボット推進センター代表。トヨタ自動車、東京大学先端科学技術研究センター、ロボ・ガレージ、電通の4社共同プロジェクト、「ロボット宇宙飛行士KIROBO」プロジェクトマネージャー。2013年より慶應義塾大学大学院・宇宙システムラボ所属。2014年フランス国立理工科大学に短期留学して、人とロボットが宇宙で暮らすリスクマネジメントを研究。コピーライター、東京都立第一商業高等学校非常勤講師(マーケティング)、日本ロボット学会所属。

バックナンバー

関連記事

続きを見る
ページ先頭へ