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アド・スタディーズ 対談No.13

細分化の先へ

消費者の捉え方はどう変わったか―①

2015/04/01

青木幸弘 (学習院大学経済学部経営学科教授)×小川共和(電通マーケティングソリューション局次長)
(※所属は「アド・スタディーズ」掲載当時)
 

ライフスタイルや価値観、消費行動が多様化し、マーケティングの世界もマスから個への志向を強める中、新しい消費者像をどう捉え、どのようなマーケティングが必要とされているのか。今回は消費者行動論とブランド論を主要な研究領域とされてきた青木幸弘先生とITを駆使したマーケティング領域でビジネスを展開されている小川共和氏に、ITの進化に伴うマーケティングと消費者セグメンテーションへの新しいアプローチへの視座を議論していただいた。


顧客との長期的な関係づくり

青木:最近、小川さんは『マーケティングオートメーションでおもてなし』という本をお出しになりました。そのベースには現場での具体的な実務体験があると思いますが、どんな問題意識をお持ちになっていたのでしょうか。

小川:ITがマーケティングの世界を根本的に変えるという実感がありました。電通時代、マーケターは一生懸命にセグメンテーションするのですが、最終的な出口となる打ち手はテレビコマーシャルになったりします。商品開発でも、一定以上のボリュームで売れる商品でないと店に置いてくれませんから、結局、精緻なセグメンテーションをしてもそれがどこに反映されるのか、煮え切らないものを感じていました。そんなとき、ITマーケティングだけをやっている電通イーマーケティングワンに出向したわけですが、そこでマーケティング観そのものが根本的に変わってしまいました。マーケティングテクノロジーという世界では、基本的にはマス・マーケティングではなくてone to oneマーケティングです。つまり、鈴木一郎さんという個人を特定して個人を理解し、個人に対してコミュニケーションをします。なぜ、そんなことができるかというと、世の中にはビッグデータ、つまり、企業が持っている個人の属性データや購買履歴データに加え、鈴木一郎さんのネット上での行動が全部ログとして残っていますから、そのデータを全部集めて、マーケターが使いやすい形で整理すれば、その個人が理解でき、その1人に対して打ち手を特定できます。しかも、相手を見極めながら、どういうタイミングでどのようなコンテンツをぶつけていくかを普通にやっている世界ですから、これまでの消費者像が大きく変わりました。

青木:マーケティングの歴史は、ある意味で大量生産を前提としたマス・マーケティングの歴史でした。たとえば、フォードが自動車の大量生産システムを作っても、それを大量消費するマーケットが必要でした。そのマス・マーケットを創る手段がマス広告や大量流通システムだったわけで、そこではマス・メディアが非常に大きな役割を果たしました。しかし、メーカー間の競争が激しくなってくると、マス・マーケットをいかにセグメント化するか、製品を差別化するかの問題が出てきます。そのことは、1956年にWendell Smithが発表した“Product Differentiation and Market Segmentation as Alternative Marketing Strategies”という論文のタイトルにも表れています。しかし、これまでは市場のセグメントが対象であって、個々の消費者を対象としたコミュニケーションにまでは至っていませんでした。ところが、テクノロジーの進化によって個々の消費者を対象としたツーウエーでのコミュニケーションが可能になったということですね。ただ、打ち手ということになると、それをどう具体的な形でマーケティングに使っていくのでしょうか。

小川:one to oneの場合は、テレビのキャンペーンのように、ある限られた期間に販売成果を獲得するというより、相手との長期的な関係を前提としています。顧客データベースの中の何十万人、何百万人というお客様とコミュニケーションしながら、時間をかけて「あなたのパートナーになっていく」という感覚に近いかもしれません。市場が成熟化し、パイが大きくならない中、ライバルと顧客を奪い合いするのはやめて、自社の利益の大半を生み出してくれる大切なお客様と密な関係を構築するほうがマーケティング効果も効率も高いという考えが背景にあります。

最近、よくCRMとか、リードナーチャリング(Lead Nurturing)という言い方をします。短期的な営業成果は期待せず、じっくりと長い関係をつくっていくということからすれば、昔ながらの「御用聞き」というか、相手のことや家族のことをよく理解したうえで、その人に見合った商品や価値をお薦めするという関係をつくることです。リードナーチャリングとは、最初お客さん側がまだ買いたい気持ちになってない段階ではメールマガジンみたいな形で関係を薄くでもいいのでつないでおき、相手が関心を寄せてきたら、その人が喜びそうなコンテンツを選んでしっかり送ってあげる。さらに、いよいよ本気で買いそうだ、というシグナルが来たら、電話をかけるとかイベントに招待するなど、デジタルでなくリアルな関係にもっていき、最終的にはセールスマンが自宅に行って決めるといった具合です。

ITとマーケティングの融合

青木:「はじめに顧客との関係性ありき」ということで、彼ら彼女らに見合った製品やサービスを提供していこうということになると、非常に範囲が広いですし、見極める力も求められます。顧客との関係をとり結びながら、その求めるものを提供していくための仕組みはどのようになっているのでしょうか。

小川:最初にカスタマージャーニーマップを作りますが、それは多少極端に言えば1人の人間が生まれたときから死ぬまでの期間です。たとえば、高校や大学に入ったとき、あるいは結婚して子供を産んだとき、住宅ローンを払い終わって資金に余裕ができたときかもしれませんが、デジタルを使って長いジャーニーの中の節目を捉えながらお付き合いしていれば、いろいろなソリューションを提供できます。顧客の人生の都合や時間軸にマーケティングの実施タイミングを合わせるわけですから、ターゲット戦略の発想が全然違いますね。

青木:ライフスタイルの個々の断面ごとにやみくもにソリューションを提供していくということではなく、人生の時間軸に沿ってさまざまな局面や岐路、そして場面に対してふさわしいものを提供していくということですね。一つひとつは断片的なライフログであっても、技術的にそれを蓄積していけば、長期にわたってその人の人生をトレースすることができ、あるいは予測することが可能な世の中になってしまったということでしょうか。

青木幸弘氏

小川:ITによる企業のインフラ作りが一巡したとき、ITを使う次のテーマとしてマーケティングが注目されるようになりました。それは1990年代です。IT業界はCRMのベースとなる顧客データベース作りから入りましたが、当時はまだマーケターが入っていませんでした。結局、多くの企業で宝の持ち腐れになっていたわけですが、10年ほど前から、先駆的な企業が顧客データベースを使った本格的CRMに取り組むようになりました。

青木:マーケティングの専門家とITの専門家とがコラボすることで生まれてきた大きな変化とはなんでしょうか。

小川:それはまさにマーケティングとITの協業によるone to oneマーケティングの実現にほかなりません。私はある外資系自動車会社を担当したことがあります。そこは今、100万人ぐらいの顧客データベースを使ってCRMを行っていますが、常にその人たち全員に対して気合いを入れてアプローチしているわけではなく、日頃は一斉メール配信ぐらいです。しかしたとえば、車検まであと6カ月になった、漫然とホームページを見ていた人が普通の商品サイトよりかなり詳細なスペックページを何度も時間をかけて見るようになった、見積もり請求をしてきたというようになると、スイッチが1つ入ったとITが判断するわけです。そうすると、今度は自動的にITが高級感あるパンフレットやDMを送ってみたり、試乗会に誘うことになります。

100万人の中のまずは5万人、5万人の中でもさらに当該車種を「今、本当に買ってくれそうな人」1万人というようにITが特定していき、その1万人に対してはITだけでなく、人間営業マンと力を合わせて全精力で、まさにマンツーマンで営業をかけ契約獲得を目指します。人間マーケターのやることは、このマーケティングそのものの全体設計を描き、個々の打ち手を企画すること、ITが報告してきた途中成果を見て、当初の計画どおりに実行するか計画変更するかの判断をすることです。

青木:単に顧客データベースがあるだけではダメで、そこにマーケターのナレッジが、さらに言えば営業マンのナレッジも併せて入ることによって、それが可能になったということですね。

小川:営業側のオートメーション化(SFA:営業支援システム Sales Force Automation)もあります。たとえば、営業マンが、会社でパソコンを立ち上げると「今回の商品で、この何とかさんにアプローチしなさい。この何とかさんは属性としてはこんな人で、こんなことに興味を持っている人なので……」という自らがセールスすべき見込み顧客のリストと関連する情報が入ってきます。そしてセールスの状況が今どのレベルなのかも共有し、最終的には契約できたできなかったまでが共有されます。この営業側の環境とマーケティング側の環境の結びつきこそ、私が昔描いていた「入り口から出口まで一貫した」マーケティングプロセスであり、それが可能になったのです。すなわち広告やプロモーションで最初のコンタクトがあったお客様が、その後いろいろな施策による自社との何回かの対話の後、徐々に意識が変わっていき、最後は営業マンのアプローチを受け入れるか否かまでを、一人一人詳細にリアルタイムで把握できるようになりました。リアルタイムで把握できるということは、マーケターの判断で打ち手を臨機応変に変更もできるということです。これはマス・マーケティングでは不可能なことです。

マスと個の断層と回路

青木:先ほど、従来のマーケティングでは、いくら顧客のニーズや購買行動の違いを考えてセグメント化しても、実際にそのプランを実行しようとしたときにマス・メディアに頼らざるを得ないので、そこに違和感を感じるというお話がありました。しかし、ITの技術が発展し少なくともコミュニケーション・レベルでは打ち手の確認も個々人のベースでできるところまで進んでしまうと、そこにはまた新たな問題も生まれるような気がします。逆に、一人一人の顔が見えすぎてしまうというか、それをマーケットとしてどうくくったらいいのかといった問題も出てくるのではないでしょうか。

小川:マーケティングといってもブランディングとアクイジション(acquisition)があるとすると、ブランディングというのはみんなが同じパーセプション(perception)を抱くということですから、それはマス・マーケティングの領域で、やはりテレビが最強です。ただ、一人一人契約を獲得していくとなったときには、相手のことがわかって、相手と直接話ができたほうが効率と買ってくれる可能性は上がるので、アクイジションはどんどんone to oneマーケティングに移っていくと思います。

ただ、one to oneといってもプランニングするときにはある程度セグメンテーションもやります。企業としてリソースを投入して長い関係を築きたい個客とは誰なのか、セグメンテーションしてペルソナ化します。そのペルソナに対して、最適のコンテンツを最適の手法で最適のタイミングで打つことを計画します。後は、個客一人一人が、たくさんのペルソナのどのペルソナなのか特定できれば、打ち手が実行できます。セグメンテーションとそのセグメントに対して刺さる打ち手は何かを考える、というマーケターとしての基本動作はone to oneマーケティングも同じです。

青木:消費者のニーズや購買行動は個々に違いますから、どこかで市場をセグメント化しなければなりませんし、その重要性は変わらない。一方で、具体的な取り組みとかアプローチはどんどん個のレベルに落ちてきているし、成果の確認も個のレベルでできる。となると、両者の折り合いをどうつけていくのかというのが、マーケターにとって非常に重要な課題になるはずですね。

小川:相手がわかり、相手により打ち手を使い分けるという精度はITによって高まりますが、どういうお付き合いをしていくかは人間、つまり、マーケターが考えるしかありません。こういうタイプの顧客には、こんなコンテンツをこんな手法を使ってこんなタイミングで打つ、というプランニング自体は人間マーケターがやるのです。ITがやってくれるのはその実行と成果報告だけです。ITというのはしょせん道具ですから、逆にマーケターの力量が問われるということです。

青木:ITとマーケティングの断層をどう埋めるのか、共にコラボしながら生活者に対してどのような価値を提供していくかがポイントになりますね。テクノロジーが進んだとしても、それで何でも100%解決できるものではありません。かつて、マイケル・ポーターが、ある論文の中で「ITというのはイネーブラー(enabler)だ」と書いていましたが、確かにそうだと思います。ITが進化すれば自動的にすべてが解決されるということではなく、それまでやろうとしてもできなかったことが比較的容易にできるようなる。その手助けをするのがITだと。そうすると、むしろ、マーケターがそのマーケットを構成する消費者にどう向き合うかが、より重要になってくるはずです。

小川:まったくおっしゃるとおりです。ITは目的ではなく、道具です。IT業界の人がなぜ、電通イーマーケティングワンみたいなマーケティング会社に来たいのかというと、ITだけを続けることの限界を感じているからです。テクノロジーは日進月歩で変わりますが、テクノロジー自体が目的ではないので、一瞬最先端だと思っても、すぐ陳腐化してしまい、徒労感を抱く人も多いのでしょう。それよりは、一つ上のレイヤーの仕事をしたい、具体的にはITを使ってマーケティングをしたい、ITを使ってゲームを開発したい、といった具合にです。マーケターの夢や野心をかなえるべく、強力に後押ししてくれるのがITなのです。

逆に、マーケティング不在ですべて解決しようとする悪い例もあります。たとえば、多くのリコメンド・エンジンです。統計学とITだけで答えを出してしまおうとしているのです。統計学では協調フィルタリングというアルゴリズムがあって、購買行動やその人のネット上の行動から、いくつかのクラスターに分けて、この同一クラスターに入っている人は同じような商品を買うはずだと判断してしまいます。ITと統計学だけで答えを出そうとすると、行動データだけを追いますから、どうしても現状追認型の答えしか出てこないのです。結果として、サプライズのない、おもしろくも何ともないリコメンドばかりがなされてしまうことになります。やはり、マーケターの視点が顧客を行動だけでなく、その裏にある意識や価値観まで捉えて理解しないと、顧客に本当に喜ばれる提案はできないと思います。マーケティング×IT×統計学のコラボが必要なのです。

小川共和氏

青木:新しい製品やサービス、新しいマーケットをつくっていくというのは、消費者の生活を変革していくということにも絡んでいますから、やはり、マーケターの価値観や資質が問われると思います。

小川:おっしゃるとおりです。マーケターの価値観も問われますが、マーケターが相手をする消費者の価値観も問われます。私はリコメンド・エンジンのアルゴリズムにラダリングの手法を導入したほうが良いと思っています。購買行動というのは、どういう生活をしたいか、さらには自分はどういう人間でいたいのかという価値観に支配されています。ビッグデータと統計学を振りかざす前に、自社の商品を買ってくれる人の価値観をちゃんと抽出し、顧客と価値観をリンクし、かつその価値観とリコメンドすべき商品やコンテンツをリンクさせることで、客側から見て、自分の人生を豊かにしてくれるうれしい提案をしていく存在にリコメンド・エンジンはなっていくべきと思っています。

第2回(最終回)へつづく 〕

※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。