電通を創った男たち #86

永遠のCM少年 内藤俊夫(3)

  • Uchida pr
    内田 東

クライアント・ファースト

 

トヨタの交通安全キャンペーンでは、何をいったら正解なのか。内藤はアプローチを精力的に探しまくる。会社から歩いて3分の築地警察署の交通課を訪ねた。担当者は「ドライバーのほとんどの人は規則をよく知って、それを守って運転しています。ただ、それをフッと忘れることがあるんです。彼女との時間に遅れそうだとか、1000万円の契約がフイになるとか、さまざまですが…」という。「どうしようもない、根っからの暴走ドライバーっていうのは?」「いますが、数からいったらわずかです」。
「ターゲットをどうするかですが、僕は善良な運転手にしました。データはないが多分95%以上はそうでしょう。5%しかいない悪質運転手を脅かしても、マーケティング理論からいっても効率がよくない」。内藤は“世の良識あるドライバーへ、歩行者に対する慎重な運転をお願いする”ことを、この交通安全キャンペーンのwhat to say(何をいうか)に置くことに決めた。「僕のできることは、ここまでです」と、言葉を切ったあと「正直いって、自分がアイデアマンではないことをよく知っています」といった。
クリエーティブ・ディレクターだった増田良夫は「内藤さんのエネルギーは発酵型。火のように燃え上がらないが、静かに、端正に何かを変質させていく力をもっているタフ印の人」といっている。

いつもクライアント・ファーストの原則に立って行動をした。商売的にみると“損して得をとる”やり方である。このトヨタの交通安全キャンペーンのときも、そうだった。「競合プレゼンテーションで、各社から10~15本くらい出てきたが、最後に2本残ったのをみたらどちらも電通さんだった」と、トヨタの彦坂はいう。どっちをとるか悩んだ末に、「内藤さんだったらどちらをとりますか」という相談をしに電通に出向いた。
「2本、本当にお気に入りですか」というと、彦坂は「ええ」と答えた。「だったら、1本の予算で2本つくらせていただきます」と内藤はいったという。「そう僕がいったんですか。僕は亀田さん(このCMの制作を受けもった日本天然色映画のプロデューサー)には、『1本の予算で2本つくれといわれた』といいました。じゃあ僕が亀田さんをごまかしたことになる」と、タヌキ顔の内藤は気色ばんでみせた。彦坂は「確かです。それでサインしました。どっちにしようかなって考えていたら、そういっていただいた」。亀田は「どっちでもいいですよ。損はしていませんから。それよりも競合だったんですね。内藤さんはひと言もそれをいわなかった」。内藤は競合というリスクを隠していたわけではなく、この仕事は電通でやると決めてかかっていたから、競合の競の字ももらさなかったのである。
ドライバーに安全運転をお願いし続けたこのトヨタの交通安全キャンペーンは、この後10年余りつづくことになる。1本の予算で2本つくったときの1本「あなたの車を凶器に変えないでください」と訴えた「長い路篇」はCM殿堂入りを果たした。

ACCのCM殿堂入りを果たした「トヨタ交通安全キャンペーン・長い路篇」
ACCのCM殿堂入りを果たした「トヨタ交通安全キャンペーン・長い路篇」

タヌキがとぼけ顔をして仕組んで植えた苗木は、みごとに大輪の花を咲かせたのである。

ブリヂストンの新聞広告が新聞に掲載された日に、石橋会長に呼び出された。「この広告だがね、これはブリヂストンの広告ではない。タイヤの広告だ。それでは困る。ブリヂストンの広告にしてもらいたいんだ」。次の日の朝、内藤たちは小平にあるブリヂストンの東京工場に集合した。精緻を極めるコンピューター室では、CADシステムが微妙なタイヤの模様を描き出していた。CAMがコントロールする製造ラインでは、直径4mものタイヤがゴムの匂いとともにつくられていた。1日かけて、内藤はブリヂストンという企業の入り口にようやくたどり着いたような気持ちになれた。品質と安全にかけるゆるぎない企業意志がタイヤづくりの隅々に宿っていた。広告会社の仕事はいい製品をつくる会社があって、いいサービスを行う店があって初めて成り立つものだということを実感した。その製品の奥にある企業の意志をつかみとるために、「クライアントの言葉を、全身を耳にして聞くように努めてきた」と内藤はいう。このクライアントに対するひたむきな姿勢は、終生変わることはなかった。

「母親から子供が生まれるように、広告は広告主から生まれるものなのだ。広告マンは自分に広告を生む力があると思っているが、実は助産婦なのだ」と、ジャック・セゲラ(Jacques Séguéla=フランスの広告会社RSCG社の会長)はいっている。「だから広告に携わる者にとって本当に必要な才能とは、人の話を聞くことだ」。

(文中敬称略)

◎次回は5月24日に掲載します。

フランスの伝説的アドマン、ジャック・セゲラ
フランスの伝説的アドマン、ジャック・セゲラ

プロフィール

  • Uchida pr
    内田 東

    1938年東京都生まれ。早大文学部国文科卒。62年電通入社。本社宣伝技術局に配属され、キリンビール、三菱電機、アデランス、味の素などの広告キャンペーンに参加。朝日広告賞、毎日広告賞、カンヌ国際広告祭、全日本CMコンクール、日本雑誌広告賞などを受賞。電通中部支社マーケティング・クリエーティブ局長、目白大学社会学部メディア表現学科教授などを歴任。東京コピーライターズクラブ、日本広告学会会員。

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