電通を創った男たち #87

永遠のCM少年 内藤俊夫(4)

  • Uchida pr
    内田 東

おれがオーソリティー

内藤はテレビ放送が始まった1953年に電通に入社した。
8月に「セイコー舎の時計が正午をお知らせいたします」というテレビCM第一号が日本テレビから流れた年である。CMの申し子といってもよい。
電通の仕事はイベントにしろ、ニューメディアにしろ、先達はだれもいない。先人がいないわけだから自分で道を切りひらくしか手がない。それをうまくこなせば自分がオーソリティー(その道の権威者)になれる仕事がゴロゴロしている。自己啓発といえば聞こえはいいが、パイオニア精神を丸出しにして突進するしか方法がないのだ。そういう環境で育ったから、「おれが一番よく知っている。おれが一番正しい」という独立独歩の精神が自然に身についた。「これは私だけのキャラクターではなくて、電通という風土が産んだ電通人みんなのキャラクターだと思う」と内藤はいう。

就職試験用の顔写真
就職試験用の顔写真
精工舎のCM
精工舎の目覚まし時計のCM

しかし自己の考えを他人に押しつけるような態度は決してとらなかった。内藤流のOJT(on the job training=職場で日常の仕事を通じて上司が部下を教育すること)とは、上が下を導くのではなくて、まちがいのない原則だけを覚えてもらうというやり方である。例えば朝「おはよう」とあいさつをするとか、16ミリ映写機を操作できるとか、写植の級数指定ができるといったごくあたり前のことをチェックしあって覚えていくことだけであった。

アルコールは強い方である。酒席を自分から切りあげるということをしない。何軒でもはしごして、どこまでも飲む。若い時分、酔った勢いで工事現場に残されたヘルメットを被って、大きなコーンを肩にかついで帰宅したこともあった。警官の職務質問にあったらどう答えたのだろう。はしご酒のあと深夜タクシーで帰宅するのだが、杉並の自宅周辺は狭い道が入り組んでおり、一方通行も多い。暗いし、家がわからない。同乗者が「どこですか?」とくり返し聞いてみても、同じ道をぐるぐる回ってらちが明かない。そのうちにシトシトと雨もふってくる。「その辺に捨てていってください」が決まり文句だった。

勝ってくるぞと勇ましくと、軍歌を歌うこともあったが、およそ軍歌とはかけはなれたテノールの美声は女性的なやさしい響きを漂わせていた。十八番は都はるみの「北の宿から」で、居眠りしていたかと思うとむっくり起き上がり、「あなた変わりはないですか…」と歌いだす。
ときには「マイクはいりません」と断わって、日頃合唱団で鍛えた声量にものをいわせてマイクなしで歌った。銀座教会の合唱団“音楽研究会”のメンバーであり、電通社歌合唱団のリーダーでもあった。

カラオケ仲間の池田稔が描いた歌う内藤
カラオケ仲間の池田稔が描いた歌う内藤

西武百貨店の「不思議、大好き」のキャンペーンが話題になった1981年、本社1CR(クリエーティブ)局長になった。東京大学法学部に在学中は演劇研究会に所属していたせいか、考え方やことばの端々に芝居の影響がうかがえる。「広告づくりは舞台と同様、受け手がわかりやすい広告が第一だ」とか、「スタッフが100%能力を発揮できる舞台づくりがマネージャーの要諦だ」とか芝居を引き合いにだしたいい方をする。
ドラマツルギー(dramaturgy=作劇法、演出法)をもじって、アドバツルギーという造語を生みだしたのは電通クリエーティブの山川浩二である。対立や比較、誇張や比喩はドラマツルギーの基本ともいうべき作劇法だが、山川はCM制作にドラマツルギーを借用すべきだというのだ。化粧品のCMによく見られる使用前、使用後のパターンも比較だし、アメリカの広告の50%は比較広告が占めるといわれているではないか。
内藤の電通入社の理由はテレビの仕事ができるらしいという憶測からであって、CMづくりに携わるとは思ってもみなかった。しかし学生時代演劇に熱中していたのが幸いして、ドラマツルギーの垢が身体中に沁みこんでいる。電通に入社して専門職となったCMづくりに、このドラマツルギーは大いにプラスになった。

10月、秋祭りがあちらこちらで開かれるようになると駒沢の八星苑グランドで、毎年恒例の電通祭が行われる。家族総出で6,000人あまりの電通人とその家族が集まる。御神輿わっしょい!とにぎわうなかに、食べものの屋台が立ち並び、ジャンピングバルーンの空中散歩が青空に浮かぶ。ちびっこのど自慢が行われ、ミニ動物園がこどもたちの人気の的になる。目玉は各局対抗リレーと仮装大パレードのイベントである。

1CR局の仮装の出し物はおいらん道中。チンドンと鳴り物が響くなかを、高雄太夫に扮した内藤は妖艶な笑みを浮かべながら静々と進む。堂に入った女形の仕草で、久々に芝居気分を満喫させている。 内藤は、こういったイベントが大好きである。ディズニーランドでミッキーマウスと手をとり合って踊ったことがあった。何のてらいもなく、それは、それは楽しそうに踊っていた。

(文中敬称略)

◎次回は5月30日に掲載します。

電通祭の仮装パレードで、おいらんに扮した内藤
電通祭の仮装パレードで、おいらんに扮した内藤

プロフィール

  • Uchida pr
    内田 東

    1938年東京都生まれ。早大文学部国文科卒。62年電通入社。本社宣伝技術局に配属され、キリンビール、三菱電機、アデランス、味の素などの広告キャンペーンに参加。朝日広告賞、毎日広告賞、カンヌ国際広告祭、全日本CMコンクール、日本雑誌広告賞などを受賞。電通中部支社マーケティング・クリエーティブ局長、目白大学社会学部メディア表現学科教授などを歴任。東京コピーライターズクラブ、日本広告学会会員。

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