デジタルの旬 #16

MOOCやEdTechで
急速に変化するグローバルな教育に
日本は追いつけるか?
~Quipper CEO 渡辺雅之氏

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    渡辺 雅之
    Quipper CEO
デジタルの旬

MOOC(ムーク、「大規模公開オンライン講座」の略)やEdTech(エドテック、「教育」と「テクノロジー」を掛け合わせた造語)といった言葉が注目され、ネットやデジタル技術が教育を大きく変えるという期待が高まっている。2001年にマサチューセッツ工科大が講座をネット上で全世界に無料配信すると発表して教育界に衝撃を与えたが、それから14年がたち、世界の有名大学の講座をネット上で誰でも受講できることはもはや当たり前の光景となった。今回は、開発途上国を中心に全世界でユーザーが急拡大する教育サービス「Quipper School」を立ち上げた渡辺雅之氏に話を伺った。

聞き手:電通デジタル・ビジネス局 計画推進部長 小野裕三

iPhoneという革命が世界の教育を変え得る、と直感した

 

――大学を卒業後、マッキンゼーやDeNAでの新規サービス開発、そして独立しての起業、と多様な経歴ですが、そのような過程でインターネットをどのように捉えていましたか。

渡辺:私自身の関心や強みは一貫してインターネットというよりも、新規サービスや新規ビジネスにあると思っています。でもそれは、インターネットを抜きにして語ることはできません。特にベンチャーとして既存にはないものを生み出すときには、ネットは必ず絡んできます。私自身はエンジニアではなく、ネットをどう活用するかを発想するタイプですが、そういう考え方をする世代の最後の方ではないでしょうか。この3、4年でベンチャーは様変わりし、今の起業家はエンジニアでもあることが主流です。昔に比べてコーディングや言語はシンプルですし、クラウドのサーバーを利用して簡単にサービスをスタートできる。自分でコードが書けてプロデュースもでき、市場のレスポンスに対応できる人が、プロジェクトを引っ張っています。どれだけ少人数でスタートできるかが重要で、企画だけやっている私のような経営者は少数派になりつつあります。

――よくいわれる「リーンスタートアップ」ですね。

渡辺:でも、教育というジャンルについては別です。人生にとって非常にクリティカルであるがゆえに、教育ほどリーンスタートアップに向かない領域はない。例えば大学受験に当たってある勉強法に時間を投資したら、やり直しは利きません。その方法が間違っていたら困るし、実験台にもなりたくない。さらに、試験に合格したら二度と戻ってこないため、サービスの受け手は全て初心者です。なので、リーンスタートアップではだめで、充実した最高のコンテンツを用意し、時間をかけてファンを増やして、先生側の信頼も得て、かつ結果は1年後に出るという時間フレームでやらないといけない。小学校や中学校、あるいは職業訓練であってもやはり相応の時間投資が必要になり、またサービスに対する審美眼が乏しい人に評価される必要があるので、非常に難しい分野です。

渡辺雅之氏

――そのように困難の多い教育というジャンルをあえて選んだのはなぜなのでしょう。

渡辺:始めてみるまでそういうことが分からなかったんですね(笑)。ただ、教育を選んだきっかけは、学生時代に難民キャンプでボランティアをして、そこに生まれたらその先キャンプから出て幸せな人生を獲得するのが極めて難しいことを目の当たりにしたことです。貧富の格差はある一定のところまでなら何とかなるけど、そのラインを下回ると個人の努力ではどうしようもない。日本はすごく恵まれていて、例えば僕は福島の田舎の出身ですが、学校の先生は尊敬できたし、裕福な家庭ではなかったけれども、しっかり勉強することで大学まで進学できた。学歴に限らず、自分がやりたいことを選択できるのはすごく恵まれているわけで、世界中にはそれができない人がたくさんいる。以来、ずっと自分の根底に問題意識を抱えてきました。
とはいえ、マッキンゼーという資本主義の殿堂のような会社に入社し、一時忘れかけていたのですが、2008年DeNAで働いていた当時、iPhoneの出現で、これは大変なことが起こったと感じると同時にその問題意識がよみがえりました。途上国でも、7、8割の人は携帯を持っている。iPhoneのような端末が普及してそこに教育コンテンツを流し込めば、貧困問題を根本的に解消できるかもしれない。その画面サイズやアプリによるサービス展開、3Gの高速通信、それにSNSで人がつながって評価し励まし合える仕組みなどが相まって、大きく世界を変えていくだろうと直感しました。

生徒でなく先生に提供するサービスとしての「Quipper School」のユニークさ

 

――それでDeNAを退職してイギリスに渡り、Quipperを起業したわけですね。

渡辺:いざ取り組んでみたら、やってみて初めて分かる大変さがあって、幾度も壁に当たっています。まず一つは、いかにビジョンが素晴らしくても、人間はそれほど勉強しない、本質的に怠惰であるということです(笑)。やろうと思った瞬間は盛り上がるのですが、それが持続しない。ゲーム要素を加えてみたりしましたが、勉強よりも雑学という感じになってやりたいことと違ってくる。OEM的な既存のサービスとの協働も、厳しいと感じました。
それが、1年半くらい前に始めたサービスが今までのものとは全く違う立ち上がりを見せ、手応えを感じました。やり始めた人が脱落せず、かつ口コミでどんどん広がっていく。自然に広がるのでマーケティングコストもかからない。それが「Quipper School」です。ここにたどり着くまで、会社の設立から4年くらいかかりました。

――あらためて「Quipper School」の特徴をご説明ください。他のオンライン教育サービスにないユニークさがありますね。

渡辺:「宿題」に関わるあらゆるプロセスをオンライン化して、コンテンツと合わせて先生に提供しています。通常の教育サービスは生徒に提供するのですが、先生を対象にしているところが特徴です。どこの国にも宿題はありますが、古式ゆかしい方法でプリントを印刷して配っていて、これがすごく大変で、問題を作って印刷し、丸つけや結果を個別に記録するなど事後の手間もかかる。教室ではプリントを配って回収する手間で5分ほどかかる。つまり50分の授業時間の10%が奪われていることになります。
「Quipper School」は各国のカリキュラムに準拠し、授業中に行われる課題や予習などに使えるレッスンと問題をセットにしたものを作成し提供しています。先生は生徒に対して、宿題を瞬時に配布・回収し、提出を促したり、親を巻き込んだりもできます。
先生のオペレーション工数を削減するという、すごく分かりやすい価値をコアにして、しかも無料でやると割り切ったことで、爆発的に伸びています。まだサービスを本気で展開して1年もたたないのですが、現在月間のアクティブなサービス利用者が50万人くらいになりました。来年には400~500万人を視野に入れています。このサービスは、一度利用した先生はあまりに楽なので離れられなくなる。そして生徒はやる気の有無に関係なく「Quipper School」をやり続けます。なぜならそれは宿題だから (笑)。
マネタイズできる付加部分にも取り組みつつあります。例えば、ある生徒がどこでつまずいているのか分かるので、それに合わせて個別にチュータリングするサービスや、学力測定の模試、さらには先生が自分でコンテンツを作成し、それを他の先生に販売するという課金モデルも間もなく本格的に始めます。
まだインフラなどの都合で課金することができないような国には当面無料で提供し、じっくり時を待ちます。実際にフィリピンの火山難民の村で使われていて、それはまさに僕のもともとの夢だったことです。

Indonesia
インドネシアでQuipperを使った授業風景

人材産業と結びついて教育をマネタイズできる新しい可能性

 

――フリップトラーニング(反転授業)というものが注目されています。これまでの学校と家庭での学習の仕方が逆転して、家庭ではネットを使って授業を聞き、学校では課題を解いたり生徒でチームをつくって何かをやったりすることを重視するというものです。このようなものは今後根づいていくのでしょうか。

渡辺:根づいていくのではないでしょうか。本質的に学び方は人それぞれであるべきで、今までの教育形態には限界が来ていると思います。ただ、教育の領域は非常に保守的なので時間がかかるでしょうし、結局は先生方がキーになってきます。フリップトラーニングでいえば、最初に生徒に予習をさせて、その理解度合いに応じてグループに分け、それぞれに合った教育を行うといったことが必要ですが、これは今までの授業形態とは全く違うコーチングのスキルが必要となり、誰もがいきなり簡単にできるものではありません。実績を重ねていくことで少しずつ変わっていくのでしょう。

――ネットを活用した学習には、学校だけでなく、学校卒業後の生涯学習を促進するという期待もありますね。

渡辺:学年とか教科書という概念は、義務教育など40人くらいの生徒を一つの教室に入れて先生が教えるということを前提にしたものです。でも、本来は教科書なども学ぶ生徒本人が選んでいいわけで、もっと違った勉強をしても、何歳でやってもいいわけです。年齢の縛りというのはナンセンスで、何歳までに何を学ばなければならなくて、それができないと勉強がつまらなくなって、落第になってというようなことも、制度として疲労していると思います。学習はもっと自由になっていくでしょう。もちろん、1カ所に集まって議論を戦わせたり、グループワークを行うことなどは人格形成において重要で、それはそれでやっていくべきですが、一方で分からなくなったりつまらなくなったりした人を救っていくことがEdTechの醍醐味です。

――個々の人に合わせて学習を行うアダプティブラーニングもいわれていますが、これはビッグデータなどが注目される動きとも結びついているのでしょうか。

渡辺:原理的にはあり得ますが、そんなに簡単ではないです。同じように間違えたとしても、生徒によって何が分かっていないのかが異なる。先生はそれを見抜いて自然に対応していますが、それは学習ログを統計解析をすればポンと出てくるというものではない。アダプティブラーニングはその人に合う「ぴったり学習」という意味なので、いろいろなアプローチ方法があり、ビッグデータはそのうちの一つにすぎません。

――一方で、その人の学習履歴を見て企業などが欲しい人材を採用できるといったメリットも指摘されていますが、どうでしょう。

渡辺:そこには、非常に大きな可能性を感じています。本当に熱心に勉強する人や、学力はずば抜けていなくとも宿題をきちんとやる人、着実に頑張っている人などは企業にとって魅力のある人材になり得ます。学習行動や習慣を正しく評価して紹介することで、企業は従来の面接や試験などの一発勝負に採用を頼らずに済む。実際の学習の段階では課金せずに、その出口である就職や資格、あるいは就職した後に奨学金のように回収していくといった、教育と就職を密接に結びつけてマネタイズしていくビジネスモデルには、大きな可能性を感じています。最近、LinkedInがEdTechのLyndaを15億ドルという金額で買収したのもその流れの一つです。

――Quipperは先生を対象にして個別に細かくサービスを提供するものですが、現在一般に普及しているMOOCサービスを見ると、ハーバードやMITなどの有名な大学教授が世界に向けて大規模な形で講義を配信するようなものが主流ですね。

渡辺:今は数年単位で、世界のEdTech系プレーヤーたちが一生懸命モデルをつくっている段階です。その先陣として有名大学教授の授業をネットで配信というものがあります。特徴が分かりやすいし、実際にユーザを伸ばしているものもありますが、業界全体での大きなトレンドとしては、対象とするコンテンツの幅もサービスの機能も拡大し、有力なサービスの中身やターゲットが次第に重なり合ってきているように感じています。EdTechのサービスは結局のところいくつかの機能群で成り立つので、各サービスが進化することで、お互いの形が似てきているのです。違う言葉で言えば、サービス間で、グローバル市場でノーガードでの殴り合いのようになるのは確実で、Quipperも、そのトーナメントでしっかり勝ち上がりたいと思っています。

渡辺雅之氏

テクノロジーで教育が変わり、そして日本が新興国に追い抜かれる?

 

――さまざまな分野で、ネットは既存業界にとって脅威という側面がありますが、教育でもそれはあるのでしょうか。

渡辺:それはあり得ることで、例えば、ある授業を一番上手に教えられる先生がいれば、ネットでその先生の話を聞けばよくて、極端にいえば他の先生はいらなくなるわけです。なので長い目で見れば、教育全体の産業構造は変わっていきます。でも一方で、人はタブレットに向かって一人で延々と学習できるものではなく、サポートが必要になります。また、子どもが何を選択し、どういうキャリアを設計すべきか、また選んだものについて努力が続けられるように引っ張っていくなど、先生には新しいスキルも必要になってきます。この変化はすぐに起こるものではなく、じんわりと進んでいくものです。「授業」という言葉は「なりわいを授ける」と書きますが、授けるという発想はもう古い。必要なのはコーチングです。これから人材は新興国も含めて重要になっていきますから、もっと丁寧に人づくりをすることが国家の競争力にも通じると考えています。

――雑誌『ハーバード・ビジネス・レビュー』での寄稿で、「学校教育の現場」が硬直化しているために「世界規模で怒涛のように進化発展しているEdTechの恩恵を受けられず、その結果、国力の低下を招くのではないか」と指摘していますが、確かに今では、どんな貧しい国でもネットさえあれば欧米の有名大学の講義を無料で聴くことができる。そのようなことが進めば逆に日本が取り残されるという大きな危機感を持っているわけですね。

渡辺:実際にそうなってきていると感じています。新興国はどこでも教育を大きな課題と捉えて、非常にアグレッシブにトライアルをしていて、それに合わせてさまざまなプレーヤーやサービスが登場しています。猛烈な勢いで競争が広まっているという実感があり、実際に国レベルで学力アップに成功するような成果も出ています。Quipper Schoolも、フィリピンでは10以上の行政区の教育委員会で正式に採用されており、学区内で全校導入していく動きが進んでいます。
それに比べて日本は、良くも悪くも慎重で、これまでやってきた自分たちの教育にも自信を持っています。ただ10年後、新しい形で高度な教育を受けた新興国の人材が出てきた時に、果たしてグローバルな人材マーケットで戦えるのかと考えると、僕は危機感を抱いています。力のある民間企業が新しい教育の形や価格破壊などを進めていくことで、変わっていくのかもしれませんが。

Quipperを使う生徒

――ネットやデジタルの進展によって、これからの教育と社会、さらには学校や大学の姿はどのようになっていくでしょう。

渡辺:18歳までに詰め込んで大学入試で行き先が決まり、それによって生涯年収が決まるというような社会はつまらないですし、もっと教育は自由になっていくと思います。ロボット工学の発展で労働時間も短くなり、余暇の楽しみ方もいろいろ出てくるでしょう。その中で、学校の姿も変わらざるを得ないと思います。ディスカッションでの合意形成など、社会に出る上で集まって学ぶべきことを生徒の状況に応じてコーチングしながら、テクノロジーを利用してもっと自由で多様な方向に進めていくべきです。世界中で貧富に関係なく、そのような方向に変わっていくとよいですね。

――そうすると、日本がますます取り残されていく可能性もあるわけですね。

渡辺:ショック療法じゃないですけど、本当にそんなことが起こったら、日本は一丸となって本気でやり始めて、巻き返すのではないでしょうか。逆に、何かしらのインパクトがないと変わるきっかけがないかもしれません。僕は日本の教育の恩恵を受けてきたからこそ、このシステムに対する愛着はあるし、両親にも国にも感謝しています。だからこそ、恩返しというわけではないですが、日本が取り残される前に、いろいろと取り組んだり発言していきたいと思っています。Quipperでは、今世界中で人材、特にエンジニアを募集しています。われこそはと思う方はぜひ、飛び込んできていただきたいですね。(https://www.wantedly.com/companies/quipper?ql=gaJpZM4ACetM

プロフィール

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    渡辺 雅之
    Quipper CEO

    京都大在学中から開発途上国を渡り歩き、貧困や教育の問題に強い関心を持つ。卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、当時の同僚の南場智子氏らと共にDeNA創業に参加、多くの新規ビジネスを手掛ける。2010年に退社・渡英してロンドンでQuipperを設立。主力サービスの「Quipper School」は現在、世界8カ国の120万人が利用する。

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