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電通がオムニチャネルについて考える。No.1

電通が怒られたオムニチャネルの言葉

2015/07/10

はじめに

社内外で「オムニチャネル」というテーマをよく耳にするようになりました。いつも通りに仕事をしているといつのまにか「オムニチャネルについて解説してほしい」「担当してるクライアントにオムニチャネルを提案してほしい」といわれることが多くなりました。これほどまでに言葉が流行しているのは、マーケティング業だけではなく、モノを生産してから販売されるまですべてのプロセスに密接に関わるキーワードだからです。

アメリカで概念が生まれたオムニチャネルが日本に上陸して、いろんな小売業がオムニチャネルの部署を設立し、様々な事例も生まれてきて久しい時期になってきました。ですがオムニチャネルとは一朝一夕で完成できるものではありません。なのでこの連載では、日本でオムニチャネルは実現可能なのか?できるならどうやって?いつまでに?そもそもなんで必要なの?といった根本にまでさかのぼってみます。オムニチャネルの生々しい実態を見つめなおすことで、理想だけではなくどう実践すればよいか明らかにしていくことを目的にしています。

まず連載の第1回目は、オムニチャネルとはなにか?その課題はどこにあるか? 丸山、上原、渡邉それぞれが、オムニチャネルに関わる仕事の中で経験したこと・感じたことを、今回は上原がまとめてみなさんにご紹介していきます。

シングルチャネル → マルチチャネル → オムニチャネル

人がモノを買う時、チャネルのあり方は時代によって変わってきました。シングルチャネルの時代には、モノを買いたいときにお店に行ってお店で買ってそのまま受け取る。シンプルな導線でした。

電話やインターネットが家庭に浸透し、だれでも携帯電話を持つようになると、電話・インターネット・ケータイを使ってモノが買えるようになりました。マルチチャネルの時代です。テレビ通販やAmazon・楽天などのEコマースサイトで購入する導線が登場しました。しかしマルチチャネルは、お店はお店、通販は通販、EコマースはEコマース…と、それぞれのチャネルが連携していません。会員データもそれぞれのチャネルで個別に管理されたりして、消費者はその都度、情報を提供しなければいけないこともありました。

オムニチャネルとは、消費者がモノを買う時に、すべて(オムニ)の接点(チャネル)を継ぎ目なく(シームレスに)買えるようになるための環境のことです。モノはお店でもネットでも買えて、受け取りはお店でも自宅でも可能。消費者はいつでもどこでも気になった時にクリップし、欲しいときに買って、受け取りたいときに受け取れるようになります。究極のカスタマーリレーションシップマネジメント(CRM)といえるでしょう。

たとえばネットで注文したけど家に帰るのが遅いので自宅で商品を受け取れない人がいます。そんな人は近くのコンビニで自分の好きな時間に受け取れると便利です。あるいは、スーパーでたくさん重たいモノを買いすぎてしまって持ち帰れない人がいます。買った商品を持ち歩いて満員電車で帰るのはとてもつらいので、家まで即日配送してくれるサービスがあると便利です。

いつでもどこでもモノを好きなように買えて受け取れる環境のために、オムニチャネルを標榜している小売業は、おなじ屋号のお店・通販・Eコマースサイトはそれぞれが保有している仕組みを横串で連携し、会員情報も一緒くたに統合することを目指しています。そうすることで消費者はシームレスなお買い物ができるようになるのです。

なぜオムニチャネルが注目されるのか?

なぜオムニチャネルが注目されるようになったのでしょうか。

理由のひとつはスマートフォンの普及です。スマートフォンを使えばリアルなお店に行かなくてもいつでもモノが買えてしまいます。お店に行ったとしてもその場でネット検索し、より安いものを探してネットで買うという消費者がとても増えました。ネットで買ったほうが安いし、重い荷物を運ばず家まで届けてくれるからです。いわゆるショールーミングと呼ばれる行為です。ある家電量販店では、むしろ積極的にバーコードを読み取らせようとPOPも設置しています。「もし他のお店のほうが安いのであれば店員にお知らせください、それより安くします」という意味が込められています。価格で勝負するしかなくなってしまうのです。お客さまには自分たちのチャネルで買い物をしてもらいたい、と願っているからこそオムニチャネル戦略が必要となっているのです。

なぜ電通がオムニチャネルに着目するか?

これまで広告業界で使われてきた言葉で、オムニチャネルに似た概念はたくさんありました。クリックアンドコレクト、クロスメディア、O2O…。その中でもオムニチャネルは、もっとも消費者の視点に根差しています。“究極のCRM”と先述しましたが、あるクライアントの役員さんは「オムニチャネルは究極のお客さまサービス。だからこそ全社一丸となって取り組まないといけない」とおっしゃっていました。

コミュニケーションを統合化するための概念は、広告業界のなかでは常にトレンドであり、私たちはクライアントに提案を繰り返してきました。クリックアンドコレクト、クロスメディア、O2O…でもこれらはあくまで外部の者が唱える概念だったように感じます。それらとオムニチャネルが最も異なるのは、事業社側の方々がみずから「オムニチャネルのために〜」と発言されるところです。小売業ではオムニチャネルを冠とした部署名も誕生し、メーカーはオムニチャネルを研究するチームやワークショップを頻繁に行われるようになったことから、いよいよクライアントがコミュニケーションを自分の手中に取り込んできたと直感しました。

たとえばアメリカのウォルマートはIT企業を次々に買収し、「ウォルマートラボ」というデジタルマーケティング開発を専門とする会社を設立しました。クライアントは私たち広告会社が得意とする領域を内製化しはじめています。正直に言って、これは広告会社にとって脅威だと思っています。

そんな流れを実感するように、クライアントからは「広告業界ではなく、小売業の視点で考えてほしい」と指摘されることが多くなりました。お仕事も内部のシステム開発についてご相談が増えています。そうすると次第に私たち電通も、クライアント内部の深い課題に応えたい、という想いからできるだけ近い距離で仕事するようになりました。

オムニチャネルの重たい課題

ここまではオムニチャネルについての一般論と、電通がお手伝いをしている理由をお話しました。ここからは、実際にクライアントとオムニチャネルを目指す中で出会った課題について紹介していきます。システムの導入だけでは解決できない課題が中心です。

1.チャネルは作れるが、チャネルを繋ぐ人がいない

「Eコマースサイトで注文した商品をお店でお受取りできます」
「A店で在庫切れになっていた商品をB店でご購入できます」
「お店でお買い上げになった商品は、本日中にご自宅までお届け致します」

消費者の視点からオムニチャネルを想像すると、確かに「いつでも・どこでも・なんでも」買い物ができる便利な生活がやってきそうです。しかし商売をしている人からすると、オムニチャネルの実現は、「リアル店舗での売上がEコマースに流れてしまうことでしょ?」のような不安も大きく、自分が担当している売り場(チャネル)の売上を守ることをまず考えます。チャネル毎に担当者はいても、チャネル間の調整ができる人がいないことが多いようです。

(動画)「お店で買った商品を、その日のうちに自宅まで届けてくれるって簡単に言うけどさ…それ、だれが届けるの?君が走って届けてくれるの?だから提案してるんだよね?」
 

“チャネルを繋げる”という事自体が、前例の少ない、新しいチャレンジであることを、強く感じた出来事でした。

2.「お客様の視点」と「経営の視点」を同時に持つ

オムニチャネルの実現を支えるサービスには、「お客様視点」が必要だと叫ばれていますが、実際には、消費者の利便性や楽しさをだけを追求したサービスを提供することは難しく、同時に、店頭スタッフの業務負担や売上への貢献度とも合わせて検討する必要があります。

たとえば、タブレットを活用した接客も、購入率や購入単価は高くなるかもしれませんが、接客数が減って売上が落ちるかもしれません。

たとえば、デジタルサイネージを取り入れた楽しいお店作りも、集客数や棚前の滞在時間は伸びるかもしれませんが、その分売り場面積が縮小し取扱商品数が減り、売上が落ちるかもしれません。提供するサービスを決める時には、お客様と会社の両方を考えることが重要です。

(動画)「君が提案するサービスは、本当に業務効率の悪化に伴う損失を挽回するだけの価値を見出すの? 面白そう!新しい!ってだけでお客様が喜ぶの?」
 

オムニチャネルの実現には、「お客様の視点」と「経営の視点」を繰り返して物事を捉えることが重要であることを改めて実感した出来事でした。

3.ノウハウをデジタル化・システム化する

お客様目線に立った絶妙な接客や、ついつい商品を手にとってしまう陳列など、お店の現場にはかなりの販売ノウハウが貯まっています。このノウハウは、商品を売るためのテクニックというレベルではなく、商売人としてのこだわりや誇り、商人魂が凝縮されたものです。オムニチャネルを支えるサービスにも、是非、商人魂を宿したいと思うのですが、生身の人間がやってきた接客手法を完全にシステムで再現したり、体験として感じている抽象的なことをデジタル化したりすることはまだまだ難しいのが現実です。結局、商人魂が抜け落ちたサービスが出来上がりそうになることも少なくありません。

(動画)「システムの都合でサービス内容を決めてるんじゃねえんだよ!お客様に喜んでいただくためのオムニチャネルなの! 商人魂もって出直してこいや!」
 

ここまで強烈なフレーズではありませんでしたが、クライアント様には、”商人魂”を理解しているかどうかを常に試されています。

4.お客様の争奪戦を終わらせる

「EコマースサイトのIDとお店の会員証IDが違うのはなぜ?」
「ネットで貯めたポイントがお店で使えないのはなぜ?」

FacebookやTwitterなどのソーシャルアカウントを持っていれば、ネットの会員登録の手間がほぼゼロになっている状況や、1つのGoogleアカウントがあれば、Gmailやドライブなどの数多くのアプリが利用できる利便性からすると、流通の会員サービスは複雑怪奇で分かりにくいものです。

なぜこのようなことが起きているのでしょうか?Eコマース売上と店舗売上を同じ会社の中で競い合っているからに他なりません。

店舗に来てくれたお客様には、Eコマースサイトに行ってほしくないし、その逆の意見も同様にあります。だから、サービス毎・チャネル毎に会員IDで消費者を縛りつけてしまうのです。

この縛り付けを解消するのは、簡単ではありません。各チャネルごとに販促予算をかけてゼロから会員数を増やしていったのに、オムニチャネルという旗印の下で、チャネル間で会員情報を共有しなければならないからです。言い換えると、自社内のライバルのために、温めてきた顧客リストを明け渡すようなものです。

(動画)「毎年、会員獲得キャンペーンを実施してきたのに…ムダになるってこと!?」
 

大切なお客様だからこそ、同じ会社であっても、簡単には渡したくない...だけどお客様の利便性のためにはいたしかた無い…という葛藤を感じた出来事でした。

5.全チャネルの意識を統一する

「ECサイトのデザインが綺麗だったのに、お店に行ったら、ダンボール山積みで残念…」
「アプリをダウンロードしてお店に行ったのに、店員がアプリのことを知らず、対応してもらえなかった…」

マルチチャネルやクロスチャネル時代からの課題です。オムニチャネルによって、私たちはより自由に、チャネル間を行き来するようになり、今まで以上にサービスレベルの差やブランドイメージとのギャップに敏感になります。一つのチャネルが嫌いだから、その他全部嫌いになる…なんていう人も出てくるかもしれません。

消費者の期待値が上がっていく中で、全チャネルでレベルの高いサービスを提供することや、統一したブランド体験を提供することが、益々重要になってくると思います。(米国のディズニーワールドで提供されている”MagicBands”という新サービスが参考になります!)

(動画)「新しいサービスを一緒に開発するのはいいんだけど、社員教育までやってくれんの?アプリって何?スマホって何?っていう人がほとんどなんだよ!」
 

流通小売業のオムニチャネル戦略をきっかけに、弊社含め、多くのプレーヤー間でも、意識の統一を図る必要があると感じました。

クライアントの悩みに正面から向きあいたい

オムニチャネルの課題とはなんでしょうか?これまで見てきたように、そのほとんどがクライアント内部ならではの課題です。クライアントが悪い、と主張したいわけではありません。私たちはある提案をして、それが受け入れられなかった時に「それはクライアントが変わらないとできないからしょうがない」と簡単にあきらめてしまっていたのではないか、と反省するようになりました。オムニチャネルをクライアントの立場で真剣に考えると、理論上はできそうでも、様々な事情によりできないことが山のようにあるはずです。私たちはクライアントの悩みに耳をふさいでしまっていたのかもしれません。

今後の連載では、華麗なソリューションを紹介することはたぶんありません。答えや解決がみえない連載に読者は苛立たれるかもしれません。ですがまず私たちは真摯に、クライアントの内なる声に耳をすまし、課題を発見することに努めたいと思います。オムニチャネルの実現という果てしなき道のりに、私たちも一緒に歩を進めるように最低限の資格を持ちたいと考えています。

ただいまその想いに共感してくださり、悩みを共有してくださる方を募っています。この記事も私たち3人が、実際に味わったリアルな経験を積み重ねてきたものです。声々がまとまり次第、みなさんにご報告していきます。次回ご期待ください。

追記:記事中にご紹介したオムニチャネルの言葉をまとめてみました。
撮影協力:ビットプロモーション