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なぜデザインは人を動かすのか?

〜「広告」を通じて、デザインの力を考える(前編)

2015/07/01

——2015年のアドフェストでは、八木さんが制作されたホンダのコーポレートブランディング「Honda. Beautiful Engines.」が、Design/Booklet部門で最高賞のグランデをはじめ、複数の賞を獲得されました。当財団が運営するアド・ミュージアム東京の企画展示「鉄のマインド One Show 2013」でもDesign/Flyers部門でブロンズを獲得されていますね。さらにOutdoor/Poster部門とPrint Craft/Photography部門、Print Craft/Best Use of Photo部門では、JR東日本「行くぜ、東北。」がブロンズをトリプル受賞されるなど、幾つもの賞を重ねての受賞、本当におめでとうございます(編集部:以下同様)。

八木:まさか自分がそんなグランプリをいただけるとは思っていませんでした。One Showの審査員として参加しているときに、JR東日本「行くぜ、東北。」が受賞するかしないかで、その場で、本当にドキドキして、緊張しましたね。

——今回の「AD STUDIES」では「マーケティングの先にあるもの」を特集のテーマとして掲げています。広告のコミュニケーションに限らず、プロダクトを含めて、デザインは消費者とのまさに直接の接点に当たるものです。そういった観点で、デザイナーの皆さんがマーケティングの先をどのように考えて具体的なカタチを創造されているのか、そのプロセスに興味を持っています。
デザインの発想は恐らく感覚的なもので、研究者やマーケティングに携わる者にとっては、分析したり言語化したりすることが難しい領域でもあると思います。それを何とか言語化することで、そこに存在する研究の対象になり得るテーマをすくい上げることができないか、と考えています。今回は一つのチャレンジだと思っていますが、八木さんの創造のプロセスの一端をお聞かせください。
最初にまず、「行くぜ、東北。」キャンペーンについて、その発想の経緯などをお話しいただけますか。

八木:「行くぜ、東北。」は2011年から始まっているので、今年で5年目になります。その前に、実は、「MY FIRST AOMORI」というキャンペーンがあったんですね。これは東京~新青森開業キャンペーンで、まだ知られていない青森の魅力、美しさを知ってもらおうというものでした。このキャンペーンの直後、次期の展開を盛り上げていこうとしていた矢先、3.11の震災に見舞われました。しばらくは新幹線も止まっていましたし、現地に甚大な被害もあって、何もできない緊迫した空気の中で「今、僕らに何かできることはないか」と、チームとクライアントで話し合った結果、僕たちが東北に行くことが最大の復興支援になる、という考えにたどり着きました。そこで、「行くぜ、東北。」という宣言を立ち上げ、このキャンペーンは始まりました。

新幹線や列車など乗り物をモチーフに東北の魅力を伝える

 

——これはまさにデザインで見せていくポスターですね。

八木:最初に立ち上がったころは世の中が沈んだ雰囲気だったので、普通のことをやっても振り向いてもらえないだろう、ということがありました。JRのキャンペーンというと普通は美しい風景や食べ物なんかを取り上げることが多いですが、当時の雰囲気の中では、そんなもので、人々に振り向いてもらえるような環境ではなかったこともあって、かなり大胆なビジュアルで、みんなの目が覚めるようなことを狙いました。
東北新幹線をメタファーにした3色を使って、新幹線の想いが世の中に広がっていくようなイメージでデザインしたものです。たとえ新幹線のビジュアルが出てこなくても、いろんなポスターのシリーズで存在を感じることができるようにデザインのシステムを作りました。ポップに、元気に、ロックに……。そんな気分でしたね。JR東日本が今度は何か本気を出してきたぞ、と感じてもらいたかった。新幹線ってある種のヒーローのような存在だと思うんですね。新幹線が「行くぜ、東北。」と叫んでいるのはすごく頼りになるイメージ、そういう新幹線の姿やスピード感をモチーフにデザインを発想していきました。

初めのころ、反響はいろいろで、実は賛否両論ありました。東北の方からは「元気が出ました」といった反応を多くいただいたのですが、東京の方からは「ちょっとやりすぎじゃないか」という声もありました。でも、そのくらいしないと効果につながらないとも思っていました。

電車の車両自体の価値を伝えるデザインとなったJR東日本「行くぜ、東北。」キャンペーン。
上:2011年のキャンペーンポスター 下:2014年のキャンペーンポスター 

——そんな賛否両論の中から、長く続くキャンペーンになっていった背景にはどんなことがあったんでしょうか。

八木:1年目はそれで終わったんですが、その後も続いているのは面白いところですね。その中では、世の中と交信しながら出来上がっているというか、一緒につくっていっている、という感覚が結構あります。だから表現もどんどん変わっていって、最初はグラフィカルな表現でしたが、2年目から新幹線や駅も復旧してきて、今の東北の景色を伝える絵はがきが東京に届いているような企画にしてみたり、食や温泉といった、観光の気分を少し入れたデザインにしてみたりしました。3年目からは行き先は関係なく、鉄道の旅そのものに光を当てようとか。そういう意味では「行くぜ、東北。」という掛け声を大事にしながら、表現は結構振れ幅がありますね。僕ら的には「そうだ京都、行こう。」のように続けていくことに意味があるんじゃないか、と毎年マンネリにならないように頑張っています。

一番新しいシリーズでは列車自体をフィーチャーして、車両を寄りで撮るような、かなりグラフィカルなポスターを展開しました。まさに直球・ど真ん中、という感じだったと思います。
車両を修理したり点検したりするような車両基地で撮影をする機会があって、その時に、基地の方々が一つひとつの車両に愛情を注いでいるのを見て、そういうのを知らないで乗っているのはもったいない気がしたんですね。八戸線などを走っているキハ40形は、通称「赤鬼」と呼ばれていて、車両のフロントにある金属の突起物が赤鬼の角のように見えて可愛かったりするんですが、そういう個性がいいな、と思って。新幹線はいつも格好良く取り上げられる中で、「ローカル線だってすごく魅力的なんですよ」と新しい鉄道ファンができてくれるといいな、と思って考えたシリーズです。

ついでに、懸賞で当たるTシャツがノベルティでありまして。これもローカル線が持っている本来の価値をカタチにできたのではと思っていて、割と評判がよかったようです。

2014年夏のキャンペーンでは、東北のローカル線の車両がモチーフのTシャツをプレゼント

——「そうだ京都、行こう。」もそうですが、普通、デスティネーションキャンペーンって、目的地の雰囲気を伝えようとすることが多いと思います。そうではなく、鉄道そのものの姿を表現しようとした、ということですね。

八木:震災当時、どこの企業も「がんばろう東北」というような空気がありましたが、復興が進む中で、伝えられる情報が増えてきて、その結果、表現が変化してきた、ということもあると思います。東北へ行くきっかけは一つではないはずです。食べ物や綺麗な景色は一つの理由ですが、鉄道に乗って旅すること自体も魅力的ではないでしょうか。今回のように乗り物に焦点を当て、こんなに素敵だとアピールしてみたりもすることで、常に新しいイメージを届けられるのではないかと思っています。

でも、「行くぜ、東北。」の中心にあるマインドのようなものは、基本的には変わっていないですね。その活動を通じて、だんだんファンがついてきて、毎年季節ごとの風景としてキャンペーンを心待ちにしてくれているんだろうな、という空気が伝わってきます。だから裏切れないのですが、半面、だからこそ「裏切り」というか、意表を突く表現にしていかなければいけない、気負いも少しありますね。みんなの間で「行くぜ、東北。」が定着してきているので、それをうまく利用するようなコミュニケーションを考えるようにしています。今回、鉄道の車両をメインのビジュアルに据えたのも、「まさか『行くぜ、東北。』でそんなことをやらないだろう」というところで逆に意表を突く狙いがあります。そのほうがドキドキするというか。

クライアントからの課題に自分の妄想を組み合わせるパズル

 

——八木さんがデザインをする上で、最終的な形にたどり着く、その過程について少しうかがいたいのですが。

八木:僕らデザイナーは、普段、感覚的に考えてるって思われがちですが、実はちゃんとマーケティングから発想を始めることも多いです。そこからデザインを導き出す過程で、温めていたアイデアがマーケティングからの発想にうまくはまらないか、ということを考えます。世の中をびっくりさせたい、というのは常に思っていて、こういうのがあったら世の中の人が感動するんじゃないかとか、新しい価値が生まれるんじゃないかとか、そういう妄想が普段からいっぱいあるんですね。それは仕事とは関係なく、そういう引き出しをたくさん持っている。そしてクライアントから課題をいただいたときに、その周辺のリサーチ、思考を深めるのとは別に、自分の引き出しから妄想をひっぱってきて、この課題に対してきっと適切にワークするんじゃないか、と当てはめていく。そういうパズルをしている感覚ですね。

そのパズルの組み合わせが、きっと「デザイン」なんだと思います。それは奇跡の発明というか。その発明は偶然の場合が多くて、きっと順序だてて考えていくと「発明」は生まれないんじゃないか、と思うんですが。偶然の出合いや気づき、妄想や飛躍が加わって、それで初めて新しいものが生まれてくるような気がします。

——最終的に「これだな」という感覚やアイデアに行きつくためには、どのようなプロセスがあるんでしょうか。

八木:それはデザイナーにとって一番幸福な時間ですね。デザインが完成しても、実はまだ世に出せないっていう感覚は残っているんです。それは論理的に筋が通っているとか、通っていないとかいうことなんですが。たとえ表現として完成していても、クライアントの大義名分や課題に照らしたときに、何かしっくりこない、とか、何かが欠けている、というような感覚があって、そこでうなっているときに、一つの「言葉」が見つかることで、一本筋が通るっていうことがよくあります。説明するのは少し難しいんですが、それはクライアントや世の中にとっての「必然性」のようなことですね。「必然性を証明する言葉」が見つかることで折り合いがつく、説明がつく、感覚がようやく生まれる、という感じです。

僕らアートディレクターはデザインだけやっているわけではなく、意外とデザインを存在させる、それを定義する言葉を探しているんですね。そこにかなりの労力を割いていると思います。そのひと言が見つかることで、全てが解決するような気持ちになれる。

「今、この時代になぜこれをやらなければならないのか」「今の世界になぜこの表現が必要なのか」を定義づけるための言葉があって、その言葉と一緒にビジュアルを見たときに成立する表現であれば、僕の中では「これで大丈夫」という感覚が生まれます。アートとかクラフトとか妄想とかをアーティストはつくっているわけですけど、それらとマーケティングの思想や企業経営の理念をつなげている仲介役が僕らといえるかもしれません。ビジネスや経営をアート化するというか、人々がそれに触れるように、見えるようにする役割ともいえると思います。

後編へつづく 〕

※全文は吉田秀雄記念事業財団のサイトよりご覧いただけます。