営業のモチベーションは、
現場の最前線で「仕事を創る」こと

『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年8月号の特集「営業のモチベーション」に掲載された「電通の営業はチームでモチベーションを上げる」より、ダイジェスト版を特別公開。
 

成果物が明確で社会的な評価を得られやすいクリエーティブとは異なり、広告会社の営業とはあくまで黒子である。その一方で、最前線で仕事を創り、チームを先導する営業は不可欠な存在でもある。営業におけるモチベーションの源泉とは何か。100年以上の歴史を持つ電通で初めて、営業局出身者として社長に就任した石井直氏に聞いた。

電通にとって優秀な営業とは何か

 

――石井さんは営業局出身者として初めて電通の社長に就任しました。ご自身の経験も踏まえて、優秀な営業をどのように定義されますか。

石井:まず申し上げたいのは、営業という仕事の定義そのものが変わったということです。経済が右肩上がりだった時代には、よいメディアの枠を取り、よい広告をつくっていくこと、ほとんどそれだけをやっていればクライアントとよい関係を構築でき、よいマーケティングができました。また、広告は広告、プロモーションはプロモーション、販売促進は販売促進と、それぞれが独立してやっていた時代が長かったと思います。

しかし、デジタル化が進む時代の流れも相まって、クライアントのニーズは大きく変わってきています。よい広告をつくってほしい、よいキャンペーンをやってほしいというだけではなく、より広くかつ深くなっている。これまでサイロ化されがちだった業務を統合し、最も効果がある方法論を考えなければいけない時代に変わったといえるでしょう。

石井 直(いしい ただし)
電通 代表取締役社長執行役員。1951年、東京都生まれ。1973年、上智大学外国語学部を卒業し、電通入社。
1999年営業局長、2003年上席常務執行役員国際本部副本部長、2006年常務取締役アカウント・プランニング統括本部長、2008年常務取締役、2009年取締役専務執行役員を経て、2011年に代表取締役社長執行役員に就任し、現在に至る。
 

私は、営業の仕事とは「顧客が直面する課題の解決」であると考えています。電通のクライアントは我々に何かを期待している、すなわち何かしらの課題を抱えています。顧客がどのような課題を持っているかを問いかけるのが、営業がすべき最初の仕事です。

その意味では、営業局の名刺を持っているかどうかにかかわらず、全社員が営業的な要素を持っています。電通の営業と聞くと、第1営業局から始まるナンバーの営業局をイメージされると思います。それはわかりやすい営業ですが、いまやクリエーティブやマーケティング、メディアの人間も含めて、すべてが営業であると私は考えています。

そもそも、クライアントにとって広告活動とは、課題解決のために取りうる手段の一つでしかありません。もちろん、媒体のよい枠を取ってくる、キャンペーンを組み立てるなど、いわゆる広告のビジネスが電通の根幹を構成していることに変わりはありません。しかし、広告はあくまでも手段であると理解し、それ以外の方法が課題解決に必要であれば、むしろそれを提示することこそが我々の役割だと思っています。

では、そのうえで中核にある営業局は何をすべきか。彼らは、クライアントと電通との結節点にいる存在であり、その課題をしっかりと把握することが絶対的に必要です。そもそもの課題設定が適切に行われていなければ、その後の取り組みは、言うなれば間違った課題に対して正しい答えを出そうとするものになってしまいます。それでは、いかに最先端の技術を駆使しようとも、またどれほど独創的なアイデアであっても、優れた解決に導くことはできません。自分たちのチームがどれほど努力しても、その提案がクライアントに受け入れられることはないのです。

だからこそ、クライアントの課題をしっかりつかみ、それを正しくチームに伝え、間違わないスタートを切ること。優秀な営業とは、それができる人間だと思います。

――クライアントの課題を適切に把握するためには、何が必要だと思われますか。

石井:当然のことですが、相手を知るための勉強も必要でしょう。また、電通にはいまも先達や伝承を重んじる風土が残っているので、実務に励む先輩の背中を見て、暗黙知として受け継ぐ能力もあります。ただ、何より必要なのは相手と信頼関係を築く力だと思います。

我々のビジネスはハードを売るわけではありません。それを机上の空論と言う人もいますが、極端に言えば、売るのはアイデアだけです。そこで何より大切なのは、クライアントと直接話をすること、そして個人はもちろん、チームやその責任者がどれだけ信頼されるかだと思います。相手から、この人の話は聞く価値がある、と思ってもらえるかどうかで決まるのです。

「顔色を見る」という言葉がありますよね。PCやスマートフォンなどの通信手段が発達したことで、コミュニケーションの手段は実に多様化しましたが、それでもやはりフェイス・トゥ・フェイス、顔を合わせることが大事です。よくある話ではありますが、メールのやり取りでも事実関係はわかるものの、相手がどういうつもりで言っているかは測りかねます。たとえ文面がていねいでも、ムッとしている可能性もある。むしろ、怒るとかえって文章がていねいになることもあります。やはり、相手の顔色を見るのは大事なのです。

この世界は、何を言うかも大事ですが、誰が言うかも、ものすごく大事です。当然、アイデアが優れていることも必要です。しかし、そもそも、相手に時間を割いてもらえる人間力を持ち合わせた人でなければ何も始まりません。アイデア勝負の我々にとって、話を聞いてもらえる信頼関係を築けない営業は優秀とはいえないでしょう。

営業は「卓越した黒子」であるべき

 

――信頼関係を築くためには何をすべきだとお考えですか。

石井:我々は広告の仕事をしているので、広義の広告に関する専門性はもちろん重要です。ただ、最も大事なのは謙虚さだと思います。自分に対しても、クライアントに対しても謙虚であることです。

謙虚の反対は傲慢です。電通は業界では有力な立場にあり、数千社の顧客を抱え、ほとんどのメディアとお付き合いがあります。仕事がうまくいった時、大きな手ごたえを感じられた時など、自分でも気づかぬうちにいくらでも傲慢になる要素はある。だからこそ、常に謙虚であることに自覚的であるべきです。

ただし、謙虚であれとは、けっして控えめであれということではありません。自分自身に対して常に冷静、真摯であれということです。成功体験の共有や一時的に自己満足に浸ることが悪いとは言いませんが、クライアントからの、会社からのさらなる期待に応えていくためにも、営業こそ、みずからの仕事に厳しく向き合い続けなければなりません。

――「信頼されること」と「好かれること」には違いがあります。間違えると「顧客の歓心を買う」ことにもつながります。

石井:おっしゃる通りで、好かれることだけを考えていたら、相手が嫌がること、顧客にとって耳が痛いことは言わなくなるでしょう。短期的にはそれでも勝負できますが、長期的な信頼は得られません。

それをどう克服するかといえば、自分が顧客から「パートナー」であると位置づけられることを、ゴールに据えるべきだと思います。顧客のビジネスにおいて、より本質的な課題を共有するに足る存在と見なされるためには、完全に自分と同じ世界にいるな、と思ってもらえないといけない。またそうでなくては、顧客が直面している本当の課題を理解することはできないはずです。

電通の人間でありながらも、どれだけ相手の本質にコミットできるか。それこそが、単なる「好かれる」を超えた信頼を得るための力ではないでしょうか。

――クリエーティブの仕事は成果に対する社会的評価がわかりやすい一方で、営業は黒子の存在です。いかにモチベーションを高めればよいのでしょうか。

「仕事を創る最前線にいられること。それ自体が営業のモチベーションなのです」
 

石井:たしかに、クライアントから評価してもらえた時、クリエーターやプランナーはわかりやすく自分の成果だと思うことができますが、営業には成果物が残るわけではありません。ただ、チームとして、それをすべてプロデュースしたのは営業です。社内では間違いなくそういう論理で理解されていると思います。営業にとって、それはモチベーションを高める一つの要因ではないでしょうか。

電通には、定期的に、営業のマネジメント職全員が集まる機会があります。そこで毎回触れているのが、まさに「黒子」という言葉です。私は、営業とは「卓越した黒子」であるべきと思っています。単なる黒子ではなく、誇りを持ち、エクセレントと言ってもらえるような黒子であろう。営業に限らず、社員にはそのように伝えています。

戦後に電通ビジネスの礎を築いた第4代社長吉田秀雄の遺訓である「鬼十則」は、「仕事は自ら『創る』べきで、与えられるべきでない」という一文から始まります(「電通『鬼十則』」は末尾に掲載)。全員が営業的な意識を持っていることが理想ではありますが、仕事を創るという環境に最も近いのが営業であることは確かです。受注や提案も含め、営業は常にフロントにいる存在なので、顧客の課題をどう解決するかを具現化しやすい立場にあるといえます。

仕事を創る最前線にいられること。それ自体が営業のモチベーションなのです。

――仕事を創るという意味では、営業の仕事は花形だといえますね。

石井:花形といえば花形でしょう。しかし、クライアントからお金をいただくわけなので、当然そこには厳しさがある。場合によっては、相当難しい要求に応えなければならない場面もあります。「できません」では仕事にならないので、それらの要求を真摯に受け止めなければいけません。

一般に、広告会社の営業にスポットライトが当たっているわけではないとは私も思います。ただ、自分が会社の中心を担っているという自覚は全員が持っているとも思っています。当然ですが、つらいこともあれば、うれしいこともある。変化の激しい環境そのものを醍醐味と感じられないようでは、営業で成果を上げることなどできないでしょう。


電通「鬼十則」(第4代社長吉田秀雄の遺訓、1951年)

1. 仕事は自ら「創る」べきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と「働き掛け」て行くことで、受け身でやるものではない。
3. 「大きな仕事」と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 「難しい仕事」を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら「放すな」、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を「引きずり回せ」、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 「計画」を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 「自信」を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に「全回転」、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 「摩擦を怖れるな」、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。


本インタビューの全文は『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年8月号に掲載。

関連記事

続きを見る
ページ先頭へ