アタマの体質改善 #10

「あったらいいな」を貯めておく

  • 武藤 新二
    株式会社電通 CDC クリエーティブ・ディレクター/プランナー

2015年は、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989年公開)の舞台になった年。 映画の中で描かれた未来の世界に、心躍らせた人も多いのではないでしょうか。それから二十数年経ったいま、その未来は現実のものに近づいています。

大画面の薄型テレビやタブレット型のパソコンは、もはや日常のものになっています。ビデオ通話も「Skype」「FaceTime」など、利便性の高いサービスが活用されるようになりました。「Google Glass」が代表するウエアラブルデバイスも次々に現れています。

自動で紐が締まるシューズは、ナイキが実際に開発中であるというニュースが昨年流れて話題になりました。空中に浮かぶスケートボードは、今秋日本でも170万円で発売予定だと言われています。
映画公開当時、大学生だった僕が目にした未知の世界。スクリーンに登場するテクノロジーの数々が、まさしく現実になろうとしているのです。当時のドキドキがよみがえり、この先の進化に目が離せません。

雑誌『Pen』(CCCメディアハウス)の5月15日号「すぐそこにある、未来のカタチ」は、そんな僕の琴線に触れた特集でした。3Dプリンターや機能拡張技術の可能性や、ハイテクを裏で支えている、日本の伝統文化「折り紙」の技術といったことなど、すぐそこにあるだろう未来の姿がたくさん紹介されています。

これら進化の要因は、技術研究によるものだけでは決してありません。
「こんなものがあったらいな」「こんなことが起きたらいいな」と僕らが空想するからこそ、それが現実に近づいていくのです。みんながもっと想像力を働かせれば、身近な未来はどんどん変わっていく。テクノロジーの進化によって、空想を現実に変えられる時代がやってきたことに思わずワクワクします。

拙著『アタマの体質改善』(日本経済新聞出版社)では、日常からそんな想像を巡らせることがアタマの体質改善につながり、今も未来も、そして仕事もプライベートも面白くできるという提案をしています。

Illustrated by Hirosuke Yoshimori

■イノベーションは、「あったらいいな」と思う想像力から始まる

僕が影響を与えられた本のひとつに『彼らが夢見た2000年』(新潮社)があります。
出版されたのは1999年12月、世の中が「ミレニアムだ!」と騒がしかった頃です。この本は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した絵描きたちが、未来の姿を想像したイラスト集。当時の人々が思い描いた「あったらいいな」がたくさん詰まっています。

100年経ったいまでも、未来に憧れた当時のエネルギーが伝わり、ページをめくっていると前向きな気もちにさせてくれます。そして、発明や発見、イノベーションは、「あったらいいな」と思う人たちの想像力から始まることを教えてくれるのです。

ここで、「あったらいいな」がカタチになった事例を2つ紹介しましょう。

まずは、韓国で2012年頃に実施された「HERE balloon」という取り組みです。
首都ソウルではクルマの利用率が高く、慢性的な混雑によるガソリンの無駄遣いと駐車スペースの不足が問題となっています。ドライバーが駐車スペースを探すのに、クルマ1台平均で毎日約500メートルを費やしていることがわかったそうです。

平坦で広い駐車場ではどこが空いているかわかりづらく、右往左往します。そこで考えたアイデアが「駐車スペースの後方にヘリウム風船を浮かばせる」というもの。スペースに空きがあると「HERE」と書かれた矢印の風船が浮かび、クルマが置かれると風船の紐が車体に引っ張られ、低く沈むというシンプルな仕組みです。

これなら、クルマを無駄に走らせなくて済みます。みんなが思う「遠くからでも駐車場の空いているスペースを知らせてくれるものが、あったらいいな」をカタチにしました。

もうひとつの事例も2012年頃から始まった、米国ロサンゼルスの「LA’s new People St」プログラム。
「ちょっとひと休みしたいけれど、カフェやレストランはどこも混んでいて、なかなか入れない。街中にひと休みできるベンチが、あったらいいな」。こんな思いを実現するために生まれたのが、公共の歩道に手づくりのベンチを設置できるプログラムです。

仕組みは簡単。インターネットで役所へ提出した企画書にOKが出ると、指定のDIYキットが送られ、それを組み立てれば歩道の一角に小さな休憩スペースをつくっていいというもの。これまでの煩雑な役所の手続きを簡素化することで、市民であれば誰でも手軽に参加できるようにしました。これもみんなの「あったらいいな」がカタチになっています。

こうした事例がある一方で、日常を振りかえってみると、困ったときに「こんなものがあったらいいのに」と思っても、「まっ、いいか」「どうせ無理だよね」と諦めてしまい、すぐに忘れてしまうことも多いのではないでしょうか。

 

■大切なのは嬉しくなったり、悔しくなったりすること

そこで僕は、困ったときだけではなく、ふだんからいろいろなモノゴトに対して「何か足りないものはないか?」という意識を向け、「あったらいいな」を見つけたら、心の中に貯めておくようにしています。

もちろん、貯めておいても、自分ではなかなかカタチにできないのが現実です。ただ、そうであっても、他の誰かが実現させたとき、「同じことを考えている人がいた」と嬉しくなったり、「先を越されたか」と悔しくなったりと反応できることが大切。貯めていなければ、そんなことすら気がつかないまま、流されてしまうからです。

日常的にこうしたことを続けていると、いざアイデアや企画を考えなくてはいけない場面でも、「こんなものがあったらいいな」「あんなことができたらいいな」という想像力を発揮できるようになります。

これまでに、僕の「あったらいいな」の中で、そのままカタチになったのが「スカイキャンバス」というiPhone向けのアプリです。子どもの頃に空を見上げて、「ここをキャンバスにして大きな絵を描けたら楽しいだろうなぁ」と空想していたのを思い出したことが、アイデアにつながりました。

これは、外に出てiPhone端末を上に向け、カメラを起動し、画面に写し出された空に、雲のかけらで描かれた様々な動物を浮かべて遊ぶアプリです。360度左右上下に動かして、広い空をキャンバスにでき、自分だけの動物園がつくれます。保存もでき、いつでもどこでも端末を空にかざすと、自分が浮かべた動物たちが同じ場所に現れます。

まだ実現はされていませんが、「企業のキャラクターを本物のロボットにして、本格的に商品化できたらいいな」「歩道をイルミネーションで天の川にして、その上を歩けたらいいな」など、貯めておいた「あったらいいな」を企画にして、提案したこともこれまでにたくさんあります。

「あったらいいな」といつも願っていれば、実現できる機会もきっと広がるはず。だから、僕は提案して実現できなかったものも諦めず、そのまま貯めておくことにしています。
ところで、みなさんの「あったらいいな」はなんですか?

さて、昨年末から続けてきたこの連載、今回で最後となります。半年以上にわたってたくさんの反響をいただき、本当にありがとうございました。それを励みにして原稿のネタを探すことが、僕にとっては新しい『アタマの体質改善』トレーニングになりました。またいつか、こうした機会で進化したスキルやノウハウをご紹介できればと考えています。その時が来ることを楽しみにして……。

Illustrated by Tokuhiro Kanoh

プロフィール

  • 武藤 新二
    株式会社電通 CDC クリエーティブ・ディレクター/プランナー

    1992年、電通に入社。入社後3年半の静岡支社営業経験を経て、東京本社企画プランニング部門に異動。以後、広告企画制作にとどまらず、コミュニケーション全般の設計、商品や新規事業の企画、コンテンツのクリエーティブディレクションなど、仕事の領域は多岐にわたる。現在CDCに所属。これまでに、慶應義塾大学SFC研究所員(訪問)、大学や小学校での講師など、教育機関での活動も多数。出版関連では、重松清『夢・続投!』(朝日新聞社)、清水浩『脱「ひとり勝ち」文明論』(ミシマ社)、パパイヤ鈴木『カズフミくん』(朝日新聞出版)の企画に携わったほか、子ども向け絵本の制作も行う。著書に『アタマの体質改善』(日本経済新聞出版社)、『おじいとおばあの沖縄ロックンロール』(ポプラ社)。

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