セカイメガネ #29

逆境に立ち向かうクリエーティビティー

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    Alexander Salangin
    アレクサンダー・サランギン
    電通スマート クリエーティブ・ディレクター

1990年代初め、モスクワの広告会社駐在の外国人社員がロシア人同僚のデスクにやって来て、よくこんな質問をした。「ねぇ、ロシア人はどうしてみんながみんなおんなじ本を持っているんだい?」。ソビエト百科事典。マヤコフスキー。トルストイ。ビクトル・ユゴー。ジュール・ベルヌ。思想が本棚を一色に染め、国家統制経済が同じものを生み出す。それ以外は見当たらない。家具から子どものおもちゃまで、どれもこれもそっくり同じだ。

今、私たちがイケアの店に行けば、製品の種類の多さに圧倒される。3 0年前、両親の世代が街中で拾い集めた板で洋服だんすを手作りし、隣人を招いて自慢していたなんて想像もできない。日用品の傑作は当時アマチュア職人が作っていた。

逆境に立ち向かってこそ、クリエーティビティーが生まれる。どれもこれも同じ光景、ディテールの欠如をものともせずに。変化のない環境がかえって熱狂的なクリエーティビティーを育むことがある。ウラルの片田舎で育った男がティーポット、皿を砕いて自分の家を装飾した。男と共通のクリエーティビティーが別の世界にも存在することを私は後日知った。ロシア人もようやく国境を行き来できるようになり、私はバルセロナを訪れた。そこでガウディの建築を目撃したのだ。情報を得られなかった時代に、ウラルの職人はどうやってガウディと同じ着想の家を作ることができたのか。

子どもは手に入るもの全部を使って遊ぶ。中でも香水瓶のふたは人気だった。父のコロンや母の香水からふただけ取り外し、それぞれに私たちは勝手な名前を付けて遊んだ。「子象」「将校」「祭典」などと名付けたのだ。

子どものころの記憶をたどるとこんな光景に行き着く。私は5歳の少年。今は亡くなった祖母の古い家。祖母と私はおもちゃの車を作っている。鋤すきの柄だったのか、祖母は丸木をのこぎりでひき、ソーセージを輪切りにするように車輪を作る。編み棒をガス火で熱し、木製の車輪にスポークの模様を焼き付ける。香水の化粧箱が車体に化ける。茶色の粘土を丸めて運転手の頭に見立て、車体に乗せれば完成。

出来上がった車がどんなだったか、もう記憶にはない。今でも覚えているのは創造の過程に私がどれだけ興奮したか、その過程こそが魔法だった。その魔法は今も変わらず魔法だ。90年代に多彩な書物、家具、おもちゃで育った子どもたちが成人し、ロシア広告界で仕事を始めた。何年かすれば香水瓶のふたで遊んだ私たちの世代とすっかり入れ替わってしまうだろう。

(監修:電通イージス・ネットワーク事業局)

セカイメガネ
ソビエト時代の古い香水瓶。ふたの名前は「祭典」と「将校」

プロフィール

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    Alexander Salangin
    アレクサンダー・サランギン
    電通スマート クリエーティブ・ディレクター

    大学で学士号を取得する以外に、モスクワのマクシム・ゴーリキー文学研究所で詩を学ぶ。15年間の外資系広告会社勤務を経て、現職。生活に関する確かなデータ、表現する能力。互いに相容れないこの二つを組み合わせるのに習熟することがクリエーティビィーにとってもっとも大切だと考えている。

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