実践 インバウンド最前線 #03

グローバルな情報が国境を超えて
消費の循環を生む
~タイムアウト東京 伏谷博之氏~

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    伏谷 博之
    タイムアウト東京 代表取締役
  • 内田 正剛
    株式会社電通 出版ビジネス・プロデュース局 ビジネス・プロデュース推進部 部長
  • 髙橋 邦之
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター パブリックプロジェクト室 プランニング・ディレクター

ますます加速するインバウンドビジネス。本連載では、識者や電通の「インバウンドビジネスチーム」がその現状を多角的に探り、ソリューションへのヒントを紹介していきます。2回目は「タイムアウト東京」の代表を務める伏谷博之氏が登場。タイムアウトはロンドンを中心に世界108 都市39カ国で展開する、グローバルとローカルの視点を併せ持ったシティーガイド。2009年にいち早く訪日外国人に特化したメディアのポテンシャルを確信し、タイムアウト東京を立ち上げた伏谷氏の視点から、今日のインバウンドとタイムアウトの有効な活用について語っていただきました。


ロンドンで40年掛けて育まれたシティーガイドの文化が、
日本の新たな魅力を引き出す


内田:われわれの立場から見ると、グローバルなネットワークを持つタイムアウトはインバウンドに特化したメディアとしては唯一無二の存在です。ツールや販促クーポンブック、ガイドブック的なものなどはあるけど、保存されるようなクオリティーの高いメディアは他になかなか見当たらない。街のデータベースとしてアーカイブ的な資産にもなると感じています。

伏谷:もともとトラベルガイドではなく、地元密着のシティーガイドとして始まっているのが、タイムアウトのユニークなところです。1968年にロンドンで創刊されましたが、ビートルズがサイケデリックにはまってその後通称「ホワイト・アルバム」を出して、そのうちキング・クリムゾンやピンク・フロイドが現れて、という新しい世代の音楽やアートがうわーっと出てきた時代で、タイムアウトはそれを伝えるために生まれたんです。ロンドン、パリ、ニューヨークといった街の文化を地元の「目利き」が紹介していくスタイルで、東京にもすごく合っている。

伏谷博之氏

内田:東京のカルチャーに、訪れた外国人はものすごく興奮しますよね。インバウンドをビジネスとして捉えるばかりでなく、この日本の強みをもっと発信していく上位の発想が大切だと感じます。

伏谷:タイムアウトは文化が未成熟だと成り立たないんです。その点、東京には紹介しきれないくらい文化がある。タイムアウト独自の視点にこだわりながら、いつもの道を1本横に入ったらこんなのがあるよ、という発見や、レストランでもミシュランのような権威付けでなく議論のきっかけを作るような手法で紹介しています。 イギリスの批評文化の影響もあるかもしれませんね。ロンドンに育まれたシティーガイド文化を持ち込むことで、東京の新しい魅力を引き出せると考えています。

髙橋:いわゆるレビューサイト的なものとは全然違いますね。

伏谷:究極のガイドって、ある友達がめちゃめちゃ音楽に詳しくて、そいつの言うことを聞いていたら、勝手にいつの間にかすごいレベルになってしまっていたとか、そのガイドがいたからその体験ができてしまったというようなこと。内田さんが、中学のときにトーキング・ヘッズの映画に連れていかれて、5年後に「えっ、子どものときにそんなの見たの。すげぇじゃん」って言われちゃうみたいな(笑)。いいガイドが街をしっかり深掘りして紹介すれば、そこにはますます人が来て、文化的にも経済的にも潤って、その結果、土地を含めて街の価値自体が上がる。いいガイドがある街で遊んだり暮らしたりすることの豊かさみたいなことに、僕たちは一番こだわっています。

内田:編集がすごくプロフェッショナルだと感じます。ロンドンでは最近まで有料だったんですよね。

伏谷:ロンドンってもともと地下鉄にフリーペーパーがものすごくたくさん置いてあって、激戦区で有名でした。タイムアウトはこれだけフリーペーパーがある中でお金を出して買ってもらえて、2駅先で捨てられるようなことがないと自負していた。それが2年前に無料になってどうなることかと見ていたら、タイムアウトがフリーになったことで、他のフリーペーパーがほとんど消滅しちゃったんです。今、ロンドンでの配布数は50万部に届こうとしています。 例えばコンベンションなどでもフリーでもらえるものは捨てられてしまうこともあるけど、タイムアウトは「捨てられないフリーマガジン」です。それは、企業広告とかブランド理念を伝えるメディアとしても、とても大切なことだと思っています。

タイムアウト
タイムアウト東京。6月30日には初の中国語版(繁体字・簡体字)が発行された

髙橋:東京ではどれくらい配られているんですか。

伏谷:400カ所くらいです。成田空港、羽田空港、東京メトロや都営地下鉄の駅。それからマンダリンオリエンタルとグランドハイアットの全客室に置いてあるのをはじめ、主要ホテルはほぼカバーしています。最近は、Airbnbで紹介されている部屋の写真に写り込んでいたりもする。そんなふうに利用されているのはすごくうれしいですね。 あと、実は海外からも結構オーダーが来るんです。だいたい1000円くらいかかりますが、送料をもらえれば送っています。

内田:それにしても伏谷さんがタイムアウトの東京版を創刊した09年は、まだ「インバウンド」という言葉をあまり聞かなかった頃ですよね。目をつけるのが早い。

伏谷:ちょっと早過ぎました(笑)。でも、08年頃から政府を中心に「コンテンツ大国」「観光立国」として、バブル以降落ち込んだ日本の経済を盛り上げようという動きはありました。タイムアウトはグローバルとローカルの境界を超越したシティーガイドで、日本のいいものの情報をどんどん海外に出して、日本のファンになってもらって来てもらうためには、まさに必要なメディアだと思って持ってきたんです。でもいざ資金を集めようとしたら、リーマンショックで東京からすっかり外国人が消えてしまった。

髙橋:11年には震災もありましたね。

伏谷:当初は本当に苦労しました。それでも創刊直後に経済産業省から、海外で物産展をプロモートするのに現地メディアを調べると、だいたいタイムアウトがトップに挙がってくる。接点がなくてどうしようかと思っていたところだった、と言ってもらって、中小企業庁と全国商工会連合会が共同で、タイムアウトを使って地産品のプロモーションをやりました。ニューヨークとロンドンからエディターチームを呼び寄せて、北陸と北九州を自由に取材させて記事にしたところ、かなり反響があったんです。九州の焼き物が人気で、しかも日常の食卓で使うので「買い足したいのにeコマースがない」という声が出てくるなど、日本のものを海外へ打ち出していく手応えをものすごくリアルに感じた。タイムアウトのようなグローバルなメディアを日本の地方にぶつけていくことで、今までにない情報発信ができることを確信しました。

内田正剛氏
内田正剛氏

本当にいいものは世界に持っていってもいい

内田:あらためてお聞きしたいのですが、「タイムアウト的」って一体何なんでしょう。

伏谷:東京版を立ち上げたときに、われわれのミッションは何なのかを考えたのですが、本当にいいものは、世界に持っていってもいいし、分かってもらえる。そんな価値観が世界にある前提で、背景に本当に面白いストーリーがあるものを伝えるガイドの役割でしょう。 例えば、サントリーの方が、オーセンティックなバーのカルチャーは実はもう日本にしかないんだと語っていた。海外から輸入された文化だけど、時間をかけて、グラス一杯の味と香りを楽しみながらゆったりと過ごすような文化はここにしかないと。普段日本で暮らしていると気付かないけど、外国人の目には、海外の文化が日本で研ぎ澄まされ継続されていることがすごいことだったりする。その面白さ、すてきさをしっかり取り上げて外国人に届けるメディアが、とても必要なんだと思っています。

髙橋:ターゲットは、マスというよりは、文化的素養の高いある程度のクラス層ですよね。インバウンドが成熟してくると、外国人を国別にざっくり捉えることから一歩進んで、ライフスタイルや価値観なども考慮したセグメントが重要になってくると思います。

伏谷:「タイムアウトを読んでいる外国人」という読者層はわれわれの大切な資産です。タイムアウトは40年以上存続しているブランド。そういうブランドは、世界中に広がっていてもそのブランドに集まる人のプロフィールは近しい。当然ですよね、ブランドメッセージがきれいに届いていないと40年も生き残れていない。 今、ゴールドラッシュのように皆インバウンドビジネスに参入するけど、「とにかく外国人を呼びたい、外国人に買ってもらいたい」と漠然と言われます。中国人にしても、テレビなどでツアーで爆買いするイメージが先行してしまっている感がある。でもタイムアウトを読んでいるような人は、中国人でも英語ができる人も多く、日本に来るのも、当然FIT(個人旅行者)だったりします。

高橋邦之
髙橋邦之氏

髙橋:これからアジアも確実にFIT化が進むと言われています。セグメントごとにマーケティングする当たり前のアプローチを、インバウンドでも取り入れるべきですね。

伏谷:発信する側にしても、やはり外国人であれば誰でもいいというものではない。タイムアウトのエディターは文化レベルが高く、トレーニングされている。世界中のタイムアウトのエディターが集まるインターナショナル・カンファレンスもあり、日常的にもグローバルでしっかりコミュニケーションしていることで、外国人目線でかつプロフェッショナルな編集を実現できていると思います。

髙橋:6月に創刊した中国語版の手応えを、すごく感じていますよ。

伏谷:非中国語圏で中国語版が発行されるのは世界で初めてなんです。繁体字と簡体字の2バージョンを用意して、現地でも積極的に配布しています。これからもグローバルな連携を強化していくつもりです。

 

モノを売るだけでなく仕組みや体験を作っていく

伏谷:最近印象に残った事例なんですが、蔵前にカキモリという文房具店があって、オーダーで自分だけのノートやインクなどが作れる。紙や金具などを選ぶとその場で組み立ててもらえるんです。4月に台北でポップアップショップをやって、タイムアウトでも紹介したのですが、大爆発ブレークしちゃって台湾の若い旅行客が蔵前の小さな店に大勢来るようになった。日本限定品で、さらにはカスタマイズできるというのは彼らにとってすごい魅力なんですね。日本クオリティーは特にアジアではすごくリスペクトされているけど、買うだけでなく、体験を提供しているところに、クールジャパン的かつビジットジャパン的なヒントが詰まっていると感じています。

内田:これからのインバウンドでは、単にモノを売るだけではなく、ビジネスの仕組みや体験そのものを作っていくことが大切になってくると思います。タイムアウトには、東急電鉄が外国人を呼び込める街づくりをしたい、伊勢丹新宿店が新宿エリアそのものを地域との連携を図りながらプロモートしたいというような相談が来る。ビームスが台湾で原宿のマップを配って世界観を伝えたりしている。

伏谷:東京のバリューが上がって、日本のバリューが上がって、そしてみんなが潤うことに少しでも貢献できたらと思っています。例えば、リスボンのタイムアウトが100年以上続く市場の再開発を手掛けて、リスボンの食の今を体験できるすごい人気観光スポットになっているのですが、街そのものをリノベーションして観光資源をプロデュースするのも、タイムアウトのガイドとしての役割の一つです。いろいろ取り組んで発信していきたいですね。

内田:インバウンドはアウトバウンドとも一体で、グローバルに日本の良さ、いい情報が循環すれば、国境を超えて消費の循環を生む。タイムアウトはそこまで到達させてくれるガイドということですね。

髙橋:タイムアウトのマップも、引き合いがすごく多い。杉並区の「高円寺でしかできない50のこと」とか、独自の目線が新鮮です。

伏谷:何 げない横道の景色が表紙ですが、最初、名物は年に一度の阿波踊りで表紙にどうかと言われました。でも、一年中使ってほしいマップだから、365日行 けるような街の魅力を切り出した方がいい。こんな横道がたくさんあるのが杉並の街の魅力じゃないですか、と背中を押してあげた感じでした。

タイムアウト マップ街の探索と発見を楽しむ、タイムアウト東京のガイドマップシリーズ

内田:こういうふうに、一緒に作っていけるのは魅力ですね。余談ですが、日本でもイケてるカルチャー誌がタイムアウトの手法を取り入れ始めている(笑)。日本人的な思い込みから離れてちょっと俯瞰して、101、50、という数での紹介とか。

髙橋:「横浜でしかできない50のこと」も面白いですね。タイムアウト東京なのに。

伏谷:今年は地方創生元年。地方からの相談も増えています。でも、海外であまり知られていないものを日本から持ち込んで、すぐに「すげえ!」と受け入れら れるというのはやはり、幻想にすぎない。それなりの規模の投資が必要です。外国人に人気のある「東京」というブランドをゲートウエーにして地方を知っても らうのも一つの方法です。地方もどんどん取り上げていきますが、あくまでタイムアウト東京として紹介していきます。

髙橋:それにしても、政府が地方を一生懸命プロモートしているのに、地方では受け入れ態勢ができていない、というちぐはぐさがまだまだあるようです。

伏谷:このあたりは課題ですね。あるインバウンド関係のシンポジウムでJTBの田川会長に伺ったのですが、日本では外国人観光客を受け入れたいという気持ちについての指標が、海外に比べてすごく低いそうです。 うちでご一緒した福島県しらかわエリアの事例ですが、最初は集まった方々が世界に自慢できるようなものがないと言っていたのが、そのうちぽろっと、東京だとできないけどしらかわだとたき火ができるんだよね、という話が出てきた。そうすると別の人が、しらかわで見る星空は東京とは全く違って本当に美しい、と言う。たき火して、東京では見れない星空を見て、最高じゃないですか。白河ラーメンのお店を紹介するのでも、タイムアウトのエディターが取り上げたのは、田んぼのあぜ道で行列を作って並ぶラーメン店。するとちょっと違う魅力が見えてきて、田んぼを見ながら並ぶのも体験してみたいね、と人が行く。そんなふうにして自信がついてくれば、「おいでよ、面白いことがあるよ」という気持ちがだんだん強くなってくるのではと思います。本当の日常生活の中から、この体験いいね、これ面白いね、というのを見つけ出すタイムアウトの手法を利用して、地方の魅力をどんどん発信してほしいですね。

伏谷博之氏

内田:2020年に向けて日本全体が大きく動いていますね。

伏谷:オリンピックがきっかけで訪れた人が、さらにリピーターとしてどんどん来てくれなくてはいけない。街の魅力をどう伝えるかが重要なポイントです。東京にとって前回は「頑張ってオリンピックが開催できる都市になりました!」というオリンピックだったとしたら、今回はお兄さんになって世界のトップに並ぶ国として「いやあ、これからの時代は、こういう時代なんだよ、みんな」みたいな感じでプレゼンテーションするオリンピック。ロンドンオリンピックの時は、タイムアウトロンドンがオフィシャルトラベルガイドを担当したんですが、その中の一つで僕が好きだったのが、「オープンロンドンガイド・オリンピックガイド」。空港から街まで、完全なバリアフリー情報を提供しているガイドなんです。タイムアウト東京でもこういった取り組みをしっかりやれたらなと思っています。

髙橋:2020年に世界中の人が東京を訪れて、タイムアウトを持ち歩いて街を散策していたら楽しいですね。今日はありがとうございました。

プロフィール

  •             2
    伏谷 博之
    タイムアウト東京 代表取締役

    1966年島根県生まれ。91年関西外国語大卒。大学在学中にタワーレコード入社、2005年、社長に就任。同年、ナップスタージャパンを設立し、社長を兼務、日本初の音楽サブスクリプションサービスを開設。09年タイムアウト東京を設立し、代表に就任。

  • 内田 正剛
    株式会社電通 出版ビジネス・プロデュース局 ビジネス・プロデュース推進部 部長

    1992年電通入社。入社以降、現在に至るまで出版社(特に雑誌領域)との様々な領域のビジネスに携わる。リクルートのフリーマガジン「R25」の創刊に立上げメンバーの一人として参画、電通専売でのスキームを確立した後、リクルートと電通での共同出資会社メディア・シェイカーズを設立し、約4年半経営に関与する。途中「L25」編集長も約2年強経験する。

  • 髙橋 邦之
    株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター パブリックプロジェクト室 プランニング・ディレクター

    1994年電通入社。営業として化粧品、金融、大手ファッションブランド、自動車メーカーなどを担当。インキュベーション部門で電通初のCRMサービスを起案(ビジネスモデル特許取得)、その推進を図る。プロモーション部門ではメディアとプロモーションの融合をテーマに、コラボレーション企画を多々手掛ける。現在、電通ならではの観光インバウンドビジネスを目指し、ソリューションを開発する社内横断チームのプロジェクトリーダーを務める。

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