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雑誌編集者に聞く、「編集力」とは何か?No.5

編集はしているけれど、軸足の半分はビジネス

2015/08/03

コミュニケーション手法が多様化するにしたがって、情報を独自の視点で加工し発信する「編集力」の重要性が高まっています。その「編集力」の秘訣について、出版社の編集者と電通のプランナーが対談。それぞれの考える「編集力」を明らかにしていきます。

今回は、講談社のサッカー専門サイト「ゲキサカ」の編集長を務める石井健太さんと、電通でスポーツ関連のソリューションに取り組むプランニング・ディレクターの野口嘉一さんが、「編集力」について語り合いました。

作り手が満足するために、“ビジネス”にこだわる

野口:私自身、何を隠そう「ゲキサカ」の愛読者でして(笑)。今日はとても楽しみにして来ました。早速ですが、石井さんが編集を行う上で心掛けていることを伺えれば。

石井:読んでいただきありがとうございます。実は私、これまでずっと雑誌の広告主を相手にした営業をやっていて、編集長になったのは4月から。編集経験がほとんどないんですね。なので、きちんとしたお話ができるか不安なのですが…。

ただ、そんな中でも編集長として目指しているのは、メディアとして収益を上げること。ウェブメディアである以上、販売収入やコンテンツそのものの課金で利益を出すのは厳しい現状があります。その中で、どうやって収益を上げるか。コンテンツそのものではなく、広告収入による収益を少しでも増やせないか。そういったことを考えています。もちろん編集はしていますが、軸足の半分はビジネスですね。

野口:すごく面白いですね。確かに「収益を上げる」という視点は、これからの時代で本当に必要だと思います。

石井:雑誌が全盛だった頃は、読者のためにとにかく面白いものを作って、それに世の中がついてくる時代だったと思うんです。つまり、コンテンツそのものへの課金で勝負できたのですが、ウェブメディアが伸びてきた今は、時代が変わってきてますよね。ウェブの世界では、販売収入で勝負するのが難しくなっている。それは良い悪いの問題でなく、そうなると、違うところ、つまり広告でお金を生んでいかないと厳しいと感じます。

野口:それはウェブメディアを読む側からしても共感できますね。だからこそ、編集長といっても「軸足の半分はビジネス」なんですね。

石井:僕自身のアイデンティティーが「広告主に向けて営業する」ことですし、それを期待されてこのポジションに置かれたと思っているので、そこは重視しています。あとは、ライターさんやカメラマンさんといった“作り手”が食えなくなる世の中はマズいという思いもあり…。その中で、働く人が満足する環境を作りたいんですよね。若い人にも出てきてもらいたいですから。そういう意味で、きちんと広告での収益を上げることが「編集力」のポイントかと思っています。

ウェブサイトのトップページに人を集める意味とは?

野口:収益を上げる重要性は共感しつつ、ウェブだからこそ、その部分の難しさがある気もします。例えば、先ほど「ゲキサカの愛読者」と言いましたが、自分のスマホのブックマークを見ると、スポーツのまとめサイトがトップなんですよね。後はフェイスブック経由で記事を読んだり。
つまり、媒体そのものよりも、そこから配信されたニュースを別のところで見ることが多いんです。ウェブの記事は、今こういう見られ方になってますよね。

石井:おっしゃる通りですね。サイトのトップページから入る人は少なくて、入り口はヤフーニュースやスマートニュース、あるいはツイッターのタイムラインだったり。現代の「記事が読まれている」というのは、そういう接点です。

野口:となると、「ゲキサカとは何か」「なぜゲキサカを見るべきなのか」というアドネットワーク的な媒体価値や、「なぜゲキサカとタイアップするのか」というタイアップ的な媒体価値を作るのがすごく難しい。つまり、広告収益につなげるのは簡単ではないですよね。

石井:そこは本当に難しさを感じています。「ウェブのトップページはなくなる」と言われることもありますしね。ただ、それでもトップページに人を集める意味はあると考えています。というのも、「ゲキサカ」をベースで支えているのは、高校生の読者なんですね。

「ゲキサカ」は立ち上げ時から高校サッカーにも注力したメディア。当時そういうメディアはなかったんです。今も同様で、だからこそ多くの高校生が、直接「ゲキサカ」のサイトを訪れて読んでくれているんですね。これは他のメディアが持っていない強みであり、広告主の方からも一番評価が高いところ。収益を上げる際に大切な部分になっています。

野口:確かに、高校生にリーチできるメディアってあんまりないですよね。フリーペーパーはいくつか思い当たりますが、スマホで高校生が日常的に見ているメディアは貴重かもしれません。

石井:そうなんですよね。僕らにとって、高校サッカーの記事ってページビューで考えるとそこまで多くないんです。でも、マネタイズという部分でも一番大切にすべきなのは高校生。高校サッカーの充実という「ゲキサカ」の特徴が、広告的な媒体価値につながるので、結果的に収益ベースでも強みになっているんです。だからこそ、サイトの特色を作ってトップページに人を集めることは、ウェブメディアを運営する上で必要不可欠だと感じています。

野口:なるほど。サイトの特色を作ることが、ウェブメディアの広告的な媒体価値を向上させるわけですね。そして、それが広告収益につながっていくと。

石井:そうですね。そのサイクルを編集長として実感しています。

メジャーな記事を入れることで、生まれる構造

野口:ウェブメディアで収益を出すに当たり、ゲキサカでは高校サッカーという特色が生きていると伺いました。とはいえ、日本代表や海外サッカーのニュースも盛んに取り入れていますね。このあたりはどんな狙いがあるのでしょうか?

石井:これは“バランス”だと思うんですね。確かに高校サッカーが下支えになっていますが、とはいえ収益の視点ではトラフィックも考えざるを得ません。となると、やはり日本代表や海外サッカーですよね。そのため、「ゲキサカ」のトップスライダー(※トップページ上段に載せる5つの写真入り記事リンク)には、必ずそういうニュースを入れています。

野口:なるほど。昔は、ウェブになるとメディアのダイバーシティー(多様性)がどんどん進むのでは?という予測があったんですが、実際は、ある程度ページビューを集めつつニッチな分野を拾わなければいけない。ニッチとメジャーのポートフォリオというか、そのバランスが今どきの「編集力」なのかもしれませんね。

石井:何より、そういったメジャーニュースに並んで、高校サッカーがトップスライダーに来ることが大事だと思います。高校生にとって「トップに自分の記事が載る」というのはうれしいですが、それは、メジャーである代表や海外サッカーの隣に並べるからこそ。「本田、香川、メッシ、C・ロナウド、その次に俺!」というような(笑)。そういう形で高校生が憧れを持ってくれると思うんですよね。ですから、メジャーを取り入れることは、高校生へのアプローチにおいても意味があると思います。

野口:そう考えると、ゲキサカが高校サッカーと日本代表、ニッチとメジャーをつなぐ構造になっています。“登竜門”というか。僕が思うに、ニッチはどんな時代にも生まれるんですよね、サッカーに限らずあらゆる場で。それをメジャーに上げていく入り口を作っている人が強いと思うので、その構造はいいですよね。

コンテンツやスポーツを広げる上でのポイント

野口:コンテンツを考えるときに僕が思うのは、中心を温めなきゃいけないけど、同時に広めなければいけないというジレンマなんですよね。中心の熱狂的な人を作らないとダメだけど、それだけでは広がらない。でも、広げることばかり考えていると中心が温まらない。先ほどの話を聞くと、ゲキサカではその点がうまくクリアできています。中心の高校サッカーを温めて、それを日本代表へ広げていくという。

石井:ありがとうございます。でも、そこは悩ましい部分でもありますね。本当なら高校サッカー自体をメジャーまで広げたいですけど、なかなか難しいです。例えば、切り口を「高校生の青春ドラマ」にすれば広がるかもしれませんが、中心の熱狂的な人、高校サッカー好きの人には物足りないですから。そのバランスも大切ですよね。

野口:むやみに広げようとすると、中心の人に嫌がられてしまうんですね。広げ方の悩みはおそらくJリーグでも同様で、各チームのサポーターはすごく熱いんです。でもそれが、例えばイタリアのユベントスや、あるいはJリーグ創成期のヴェルディ川崎のような広がり方にならない。中心の熱さをもっと広げられると、いいスポーツになるんですけどね。バランスの取り方ですね、そこも。

石井:代表ニュースを取り入れるのもそこにつながりますし、あとは記事のスタイルにおいても全体のバランスは気にしています。スピードとクオリティーの速報系がありつつ、フックの効くタイトルを入れたバズ系もネットでは必要。でも、これらは“広げる”記事であって、それだけだと中心の人たちは物足りないはずです。やはり、文量が多く内容の濃い読み物系もなくてはいけません。

これについて「書き手」の面で考えると、速報系はスポーツ新聞出身者が強くて、バズ系はネット育ちのライター、読み物系は雑誌出身者が強いんです。なので、ウチのスタッフについては、3分野の人が均等になるようにしています。この人員バランスは今後も崩したくないですね。

野口:そのバランスは絶妙かもしれませんね。いわゆるネット的なもの、デジタル的なものを入れて広げないとみんなの人気は得られないけど、時間をかけて話したり体験したりしたものがないと深みは生まれない。まさにそのバランスが、ウェブメディアの編集力なんでしょうね。

石井:そうだと思います。だからこそ、そのバランスに気を付けてやっていくことを心掛けています。

<了>