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電通がオムニチャネルについて考える。No.2

流通アナリストに聞く オムニチャネル実現のための5ヵ条(前編)

2015/08/13

あらゆる接点でシームレスにものを買える——そんな意味で使われる「オムニチャネル」の重要性が日本でも聞かれるようになり久しいですが、具体的な課題も出てきています。企業の現場の方々とともにオムニチャネルに携わっている電通メンバーが「どうしたら日本でオムニチャネルが実現できるのか?」を探る本連載。第2・3回は、初回で紹介した企業の課題を携えて、国内外の小売・流通業に詳しいメリルリンチ日本証券の青木英彦さんにお話を伺ってきました。

実務上の問題と根本的な問題をどう解いていくか

丸山:青木さんは小売・流通業のアナリストとして、客観的な視点と企業の現場の視点の両方を持って分析を続けられています。今日はどうぞ、よろしくお願いします。

青木:こちらこそ、よろしくお願いします。

丸山:現在、オムニチャネルという言葉は各所で聞かれるようになりましたが、それぞれの企業の状況などによって少しずつ定義が違う状況も見受けられます。この連載の第1回で、電通としてはオムニチャネルを「あらゆる接点で、いつでもどこでも同じようにシームレスな感覚で買い物ができること」と定義しました。リアル店舗、通販、Eコマースなどのチャネルをまたいでも、同じ顧客を判別して、同じサービスを提供できる、という。

青木:そうですね、私もそのように捉えています。単に実店舗の商品をEコマースへ持っていくなら、それはオムニチャネルとは言いません。オムニチャネルとは、新しいテクノロジーを使って既存の流通の事業モデルを再定義していくことです。コスト構造の全く違う相手と戦うことにもなる。そこにはたくさんの難関があります。

クリアすべきことを大別すると、「実務上の問題」と「根本的な問題」があると思います。リアルタイム在庫や顧客IDの統合などは、前者。オムニチャネル化とは新しいビジネスモデルの構築なので、そういった意識がトップおよび全社にあるのか、サプライチェーン全体の改革ができるのか、といったことは後者です。

実際の企業の声からまとめられた課題があるとのことなので、それに沿ってお話していきましょうか。

丸山:はい、お願いします。僕らは前回の連載で、5つの課題を紹介しました。

まず1つ目は「チャネルはつくれるが、チャネルをつなぐ人がいない」こと。2つ目は「お客様の視点と経営の視点を同時に持つ」こと。3つ目は「ノウハウをデジタル化・システム化する」こと。4つ目は「お客様の争奪戦を終わらせる」こと。そして5つ目は「全チャネルの意識を統一する」ことです。

オムニチャネル実現のための5ヵ条(前編)

1.チャネルをつくるだけでなく、チャネルをつなぐ人をつくる

丸山:最初に挙げた課題は、チャネル間の連携です。先ほど、オムニチャネルの定義について「いつでもどこでも同じように」と掲げましたが、これは裏を返すとリアル店舗や通販などのお客様からは見えないバックヤードをすべて連携させるということです。ここに大きなハードルがあります。

これまでは、チャネルごとに会員組織を運営したり、キャンペーンを行ったりして、売り上げの獲得や顧客との関係構築に力を入れてきたのが常だったと思います。いわば、各チャネルで部分最適化していました。なので、概念としては「つなぐのが大事だ」と理解していても、実際にでは誰がその役をやるのかが課題になっています。

「連携するとリアル店舗の売り上げがEコマースに流れるのでは」といった懸念が現場に生じることもあり、これまで各チャネルを担当していた人に調整役を任せるのは、かなり難しい状況のようです。

青木:連携役の不在ですね。冒頭で、オムニチャネル化を実現するポイントのひとつとして「トップの考えが重要だ」とお話ししましたが、この課題にはまさに合致します。

今、オムニチャネル化に取り組んでいる企業は、その多くがトップや経営層が海外での状況を知り、「当社でも」と旗を揚げています。でも、あとは現場で考えろと任せてしまう、そういうケースが大半です。すると直近のビジネスに向き合っている現場は戸惑い、持ち場の売り上げも維持しないといけないので、積極的に連携に乗り出せないのは当たり前です。

そこをつなぐのは、トップしかいません。在庫や顧客IDを融通させて、既存のビジネスモデルを変えていくのですから、当然リーダーシップを働かせないといけない。

そのためには、トップ自身もオムニチャネルについて勉強が必要です。ITをどう活用し、業務をどう変えるのか。それによってビジネスモデルをどう変えていくつもりなのか、具体的にトップが見通せているかどうかが、成果を大きく左右すると思います。

渡邉:リーダーシップの発揮の仕方でいうと、トップがしっかり率いる組織と、現場と議論しながら進む組織があると思います。オムニチャネル化には、どちらが適しているんでしょうか?

青木:現場と一緒に考えるのは、現場の状況や起こり得る負担をトップが知るためにも、ある程度は必要だと思います。でも、まるで一緒の目線ではなく「自分が責任を取るから」という姿勢は必要ですよね。

オムニチャネル化への過程で、チャネルコンフリクトは絶対に起こります。それをまとめるのは、各部門の上に立つ人でないと、できません。

丸山:僕らは現場の方々と話し合うことが多いのですが、トップに対して、ボトムアップでどう働きかけていけばいいのでしょうか?

青木: やはり、共通理念が必要なんです。これは、迷ったときに立ち戻る価値基準にもなる、いわばフィロソフィーです。もし自分たちのプロジェクトに「フィロソフィーがない」と感じるなら、一度歩みを止めてでも、トップを交えて確認するプロセスが必要だと思います。

最初にオムニチャネルの目的をお話ししましたが、実際には決まった定義があるわけではなく、その企業によって目指す形や最適な形は異なります。だから、企業それぞれが「自分たちのオムニチャネルはこれだ」という合意をつくることが大事ですね。

ボトムアップということであれば、例えば「これを達成するためにやっているんですよね」と現場から確認を求める方法なら可能なのではないでしょうか。

上原:現場への権限委譲というと、いいことのように聞こえますが、オムニチャネルの実現については、個々にあまりに任せ過ぎてもうまくいかないということですね。

青木:最初によほどしっかり価値観が共有されていたら可能かもしれませんが、やはり部分最適になりますよね。自分の部署、自分の評価を上げるという方向で動いてしまう。

ただ、トップだけが意気込んでもできないので、軸を通すこと、そして周りを巻き込んでいくことの両方が必要です。そのために、一緒に考える姿勢も大事になるでしょう。

新しいことなので、リスクはあります。現場だと、自分のやっていることは間違っているのではないか、と不安になることもある。それも含めて率いていくリーダーシップが、特に大企業ほどポイントになります。

2.「お客様の視点」と「経営の視点」を同時に持つ

丸山:今のトップについてのお話は、2つ目の課題にも大いに関わってくると思います。オムニチャネルに取り組む際、「お客様視点のサービスをつくろう」という認識はあるのですが、経営の視点が欠けていることが多いようです。

顧客視点でのみ理想を考えていくと、システム構築にすごくお金がかかるとか、結果的に利益が落ちるといった事態にもなりかねない。両方の視点が必要なんですが、そこが大きな課題のひとつになっています。

青木:顧客視点と経営視点については、米AmazonがIPOしたときにまさに議論になりました。Amazonは非常に強く「自分たちは顧客セントリックである」と主張していますよね。でも実際に彼らのビジネスモデルを見ると、顧客に使いやすくありながら、一方で非常に巧妙に利益が上がるようになっています。

ポイントは2つあります。ひとつは、サプライチェーン全体のコスト優位性です。各メーカーの工場または営業倉庫から顧客の自宅までに存在する一般的な流通における中継点を、自社センター以外極力排除した。これにより自宅まで届けながら、サプライチェーン全体のコスト構造を従来の流通より引き下げることに成功した。

もうひとつは、キャッシュフローの優位性です。当時のアメリカ書店流通業界では、在庫回転率が2回転にとどまっていたため、支払いサイトは180日が一般的でした。そこに、Amazonは年10回の在庫回転率で切り込んできました。在庫回転期間と支払いサイトの差からはキャッシュが生まれます。

IPO以後、長い期間赤字なのに株価が下がらなかったのは、このサプライチェーンコストの優位性とキャッシュ創出力の強さを投資家が知っていたことによります。表向きには「顧客のため(Customer Centric)」と言っていますが、その裏付けとして事業を存続させる精緻な仕組みを構築しているんです。
日本企業がそのまま、まねはできないでしょうが、顧客視点でゼロから考える一方、利益を上げる仕組みは当然考えないといけません。自社がオムニチャネル化するなら、どこに構造優位があるのかを見いだすことができなければ、取り組む意義も危うくなります。

上原:ちなみに、Amazonはもともとそういう構想で進めていたんでしょうか?

青木:そうだと思います。そうでなければ、ベンチャーキャピタルを説得できませんから。なので、プロジェクトに経営視点が欠けているかどうかを判断する際には、ベンチャーキャピタルが投資してくれるかどうかという視点で評価してみるといいかもしれません。

Amazonは、内部でしっかり事業構造についての構想を持った上で、その構築に当たっては相当のプロフェッショナルな人材を外部から採用しました。核となる業務スキルを外部企業に頼る状態だと、やはり利害の対立が起きますから、利益を上げる仕組みづくりに不可欠なスキルは社内で保持することが必要です。日本はアメリカほど職務の範囲が明確でないので、難しいところはあるでしょうが、オムニチャネル化を一つのきっかけとして変えていくべきだと思います。


※8月14日公開予定の後編では、引き続きオムニチャネル実現のための5ヵ条について伺っていきます。