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「客観的に議論する力を身に付け
ビジネス視点で観光立国を目指せ」
デービッド・アトキンソン氏

2015/08/20

文化財の修復などを手掛ける小西美術工藝社の社長として活躍中のデービッド・アトキンソン氏。かつて証券会社のアナリストとして来日し、バブル崩壊後の不良債権の実態リポートで注目された異色の経歴の持ち主だ。英国人アナリストの目から見た日本について、電通総研の池田百合氏が話を聞いた。


客観的に議論する力を身に付けビジネス視点で観光立国を目指せ

1億超の人口を擁する数少ない先進国、日本

池田:日本の金融に精通するアナリストから、国宝や重要文化財を守る老舗企業の経営者へ転身されたご経験を基に、書籍『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』を昨年発表されました。

アトキンソン:もともと、文化財や観光をテーマに本を執筆したいと思っていました。本書では、一般の方々には初耳の話が多く、刺激になったという声が届いています。テレビ番組などメディアに取り上げられることも増えたので、文化財修復の世界や小西美術工藝社の職人の仕事を知ってもらうきっかけにもなりました。 日光東照宮の修理の現場にも、一時期は毎週のように取材がありましたね。

池田:さらにこの6月にも2冊、観光と、日本の強み・弱みに注目した書籍を出されました。日本の強みとは、どのようなところだとお考えですか?

アトキンソン: 例えば、生産性のデータから見ると、2014年の日本の名目GDPは世界3位です。その背景は、昔から技術力だといわれてきました。でも、国民1人当たりのGDPは3万6000ドル程度で、世界26位。米国は少し多く約5万ドル、欧州諸国はいずれも4万ドル前後なので、日本はむしろ下回っています。自動車、ハイテクを生かした物づくりなどの素晴らしい業種がある一方、極めて生産性が低い業種もあるので、1人当たりで見ると他国と変わらなくなるのです。もちろん技術力も優れていますが、それだけでは国として3位であることは説明がつきません。この理由は、人口の多さです。日本の強みは、実は「人口が多い先進国」であることなんです。

池田:そうした言説は、初めて聞きました。

アトキンソン:私も過去に聞いたことがありません(笑)。ですが実際、現在12カ国ある1億人以上の国家のうち、先進国は米国と日本だけです。先進国になるには、相応の経済成長と統治力が必要なので、欧州諸国のように5000万から6000万人前後なら先進国にもなりやすい。その点、日本が戦後の焼け野原の状況から急激に人口を増やし、かつそれを統治して経済を成長させられたのは、勤勉さといった基礎力が根底にあるからでしょう。先進国としてこれだけの人口を維持していることは、間違いなく日本の強みです。

woolly thinkingをやめて建設的な議論をしよう

池田:逆に、弱みは?

アトキンソン: 今お話ししたような、データに基づいた冷静な議論がされないことです。日本では議論があいまいなことが多く、思い込みや根拠のない妄想に走りがちです。議論や思考がはっきりしないことを、英国ではもこもこした羊毛になぞらえて「woolly thinking」といいますが、まさにこのような状態ですね。問題が解決されないまま、ずっと先送りをしているように見受けられます。データが示されても、想定する結論に合わせて自分たちに都合よく解釈したものが多く、またそれを誰も指摘しません。

池田:確かに、結論ありきでデータを使うのは客観性に欠けますね。

アトキンソン: ええ。また、ルールの厳守が目的化して改善・向上できないことや、本質的な価値を見落としているのも、woolly thinkingの一つです。例えばこの時代に相変わらず各種書類で印鑑を重視するのも、私から見ると合理性に欠けます。それから、日本の経済成長はとかく戦後の立ち上がりを指していわれますが、実は江戸時代から先進国と肩を並べる実力がありました。戦前の素晴らしさも日本の強みの一つなのに、注目されていないのは大変惜しいことです。日本にはもともと基礎力があるので、動きだせば早い。私がかつてリポートした不良債権も、予想以上に早くクリアになりましたし、小西美術工藝社も問題が山積みでしたが、わずか2、3年で解決し、驚きました。

今こそ観光業を日本の成長のドライバーに

池田:先ほど人口が多いことが強みだと指摘されましたが、日本の人口は減少に転じ、GDPも縮小する傾向にあります。アトキンソンさんは今後日本が取り得る策として、観光をしっかり産業にすべきだとおっしゃっていますね。

アトキンソン: このままでは、20年のうちにGDPは世界8位になると予測されています。これからも世界に存在感を示し、世界が憧れる日本であろうとするなら、客観的に現実を捉えて策を打つべきです。観光の領域はキャッチアップするだけでチャンスがたくさん見つかるはずです。世界的に工業からサービス業へと産業構造がシフトする中、2014年の報告で観光業は全世界のGDPの9%、全てのサービス産業の輸出額でも29%を占めていて、欧米は特に注力しています。

池田:後れを取ってきた分、できることは多いと。

アトキンソン: そうです。それに、世界から人が訪れないのに、憧れられることはありませんよね。日本でも観光業は模索されていますが、いずれもビジネスになっているとはいい難い。例えば英バッキンガム宮殿の入場料は約20ポンド、4000円近いですが、それだけ楽しめる展示や説明がされています。一方、日本のお城の入場料はわずかですが、入ってみると何の説明もないところがほとんど。外国人観光客は楽しむために来るのですから、もっと楽しめて、お金を払う価値のある内容を提供すべきです。観光は奉仕ではなく、ビジネスです。全世界の国際観光客数は、1950年に2700万人だったものが2013年は10億人を超え、2030年には18億人になる見込みです。ぜひ、観光を産業としてさらに盛り上げ、このビッグチャンスを捉えることを期待しています。