エクスペリエンス最終案内 ~乗り遅れないための4つのキーワード~ #02

オーケストレーション

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    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター

ドラッカーの予言「組織はオーケストラ」

「明日の組織のモデルは、オーケストラである。250人の団員はそれぞれが専門家である。チューバだけでは演奏できない。演奏するのはオーケストラである。オーケストラは、250人の団員全員が同じ楽譜をもつことによって演奏する」。『ポスト資本主義社会』(1993年)という著書の中でのP.F.ドラッカーの名言として広く知られているこのフレーズは、強いトップが君臨し、情報が上から下へ一方通行で流れる軍隊型の組織とは対極の、オーケストラ型組織の本質を見事に言い当てている。オーケストラ型の組織では「責任と役割」に基礎を置く。組織の構成員がプロであるだけでなく、明確なビジョンやミッションが共有され、情報は組織や階層の枠組みを超えて循環するので、自律的な組織運営が可能になり、結果として常に全体最適が図られる。

企業の側から、お客さまに対していかに豊かなエクスペリエンス(ブランド体験)を提供するかを考えたとき、「組織はオーケストラ」のモデルは非常に有益な示唆や洞察を含んでいるといえないだろうか。なぜなら、カスタマージャーニーの中でお客さまとブランドとの出合い(コンタクトポイント)は多数に存在するので、その全てで一貫性をキープしながら「デライト」や「サプライズ」を提供し続けることが求められるからだ。ブランドがお客さまにどのようなタイプのエクスペリエンスを提供するかは、BMWの「駆けぬける歓び」のように通常、ブランドビジョンの形で表明され、お客さまに対してコミットされる。ブランドビジョンがオーケストラの演奏する交響曲の「タイトル」だと仮定すると、それぞれの組織のプロである企業の社員は交響曲を演奏する「オーケストラの団員」なのである。

サービス設計図とオーケストレーション

お客さま視点でカスタマージャーニーを可視化するためには、まず「ペルソナ」と呼ばれる仮想のお客さま像を設定し、次にそのペルソナが主役のドラマを描くような発想で、エクスペリエンスの「ステップ」「コンタクトポイント」「お客さまの行動」「お客さまの気持ち」をセットにして時系列で整理することが必要になる。その中でも特に「お客さまの気持ち」に注目していくと、必ずお客さまの気持ちが沈むペインポイント(お客さまが失望したり、イライラしたりするポイント)が発見できるので、これらを解消するような方向で新しいサービスプランを創出する。ペインポイントはエクスペリエンスの質を低下させているマーケティング上の「課題」でもある。

ひとつのサービスプランで複数の課題=ペインポイントを根こそぎ解決できることもあれば、課題ごとに細分化された別々のサービスプランが必要(企業側から見れば手間やコストが増える要因になる)なケースもあるだろう。また、創出されたサービスプランのアイデアを実行に移すためには、「組織はオーケストラ」の発想を前提にしてサービス設計図(サービスブループリント。下図参照)を引いてみることも忘れてはならない。サービス設計図はいわば、豊かなエクスペリエンスを生み出すための「楽譜」に相当する。ペインポイントは常にサービスフロントで起きているトラブルだけが原因となるのではなく、バックヤードのオペレーションのまずさやITシステムの不備がトリガーとなることも多い。営業(接客)のプロ、商品・サービス開発のプロのみならず、情報システムのプロや人事制度のプロにも直接・間接を問わず、必ず出番はやってくるし、最も重要な役回りのひとつを担うことも少なくないはずだ。無論、そこでは、オーケストレーション=全体最適の視点、が何より大切になることは言うまでもないが。

上記のような理由で、著者がファシリテーターとしてクライアント企業のエクスペリエンスの見直しと刷新のお手伝いをする場合、プロジェクトを担うタスクフォースチームのメンバー選抜については、なるべく幅広い部門から招集いただくよう、お願いをさせていただいている。多視点でサービスプランやサービス設計図を描くことで、お客さまに提供できるエクスペリエンスの質が上がるだけでなく、企業主語からお客さま主語へ視点を180度転換し、組織の枠組みや利害の異なるメンバーと協働する貴重な時間と空間の共有を通じてブランドのビジョンやミッションの浸透、ひいては企業文化の刷新につながる可能性が高いからだ。

サービス設計図
サービス設計図(サービスブループリント)
お客さまにデライトやサプライズを提供するために、それぞれの分野のプロの社員が協働して全体最適を実現している。経験的に、ペインポイントの原因はバックヤードで発生することも多い(赤枠の部分)。
 

広告会社の役割は「指揮者」の役割を演じること

一般に、企業のビジョンやミッションを社員に浸透させる活動は、社員の振る舞いもまたブランドの一部であるという理解を前提にして「インターナルブランディング」と呼ばれている。バブル経済崩壊後の失われた20年の間、日本の各企業はトップラインを維持するため、周年記念や経営統合(M&Aを含む)を機会点にしてブランドビジョンやミッションの見直しを行った。そこでは、社内ポスターの掲示、クレドの配布や経営トップ主導でのタウンホールミーティングの実施というような、トップダウン型で経営の意思を社員に「自分ゴト」化させる活動が推進された。このこと自体は特に悪いことではないのだが、経営トップが交代したり、活動を管掌する役員が担務変更でいなくなったりする途端、活動自体が下火になってしまい、これまでの投資が烏有に帰するというリスクを内包していることも事実である。

この点、「組織はオーケストラ」の考えを踏襲した、お客さま主語のオーケストレーションの活動は、ブランド(企業)がお客さまへ提供するエクスペリエンスの質をサステナブルに維持・発展させるための強いコミットメントが求められる。また先述したように、活動を通じて企業の社員の意識や行動が変わり、企業文化も、よりスピーディーに、よりリーンな方向へ刷新されていく。必然的に、企業のマーケティングプロセスもお客さまの期待に応えるような方向に変わり、企業とブランドとの接点であるコンタクトポイントの数と役割も劇的に刷新されていくことだろう。その意味で、「オーケストレーションは最強かつ自律型のインターナルブランディング」である、と言える。

最後にクライアント企業のインターナルブランディング活動に対して、電通のような広告会社が果たす役割について少しだけ持論を述べさせていただく。

オーケストラには楽器の演奏のプロである団員だけでなく、団員を統率し、リハーサルで鍛え上げ、演奏本番では勇壮華麗にタクトを振るう「指揮者」の存在が不可欠だ。エクスペリエンスの場合、指揮者は「ファシリテーター」に相当する。著者は、エクスペリエンス刷新のプロジェクトの推進を担うファシリテーターに要求される資質は以下の3点であると考えている。

①思考リーダーシップに優れ、ファシリテーションの経験が豊富なこと

②エクスペリエンスについてのナレッジ・メソッドを持っていること

③企業の経営トップに向き合い、共通言語で(事業視点で)語れること

①はさほど高いハードルではないが、②と③を同時に満たすのはなかなか難しい。②はアカデミックや企業のUX/UI担当部門の社員にエクスパティーズ(専門的技術)があり、③はビジネスコンサルティング会社のハイレイヤーの人たちの得意領域、という感じではないだろうか。②と③のスクリーニング条件をクリアできるセグメントが存在するとすれば、著者は日本の広告会社にそのケーパビリティーがあると見る。なぜなら、電通のような広告会社は、数多くのクライアント企業の幅広い階層の方々とネットワークを持つだけでなく、戦略立案から実施までワンストップでサービスを提供している。さらにそれら一連のプロセスでインテリジェンスとマッスルの両方が鍛錬される結果、オーケストラの指揮に不可欠な「現場力の強さ」をコアコンピタンスとしている人材が少なくないからである。特に、これからは経験豊かなシニアマネジメント層の役割は重要だ。ファシリテーターとして、エクスペリエンスデザインの「指揮者」の役割を演じることで日本の広告会社はクライアント企業にとっての「広告のサプライヤー」から「マーケティング・イノベーター」へと進化できるはずだ。

エスクペリエンスには広告業界の未来予想図を塗り替える可能性が秘められている。

プロフィール

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    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター

    エクスペリエンス・デザインを専門とするコンサルタント。
    大学生時代は東大野球部で選手・主務として活躍。
    1985年、電通入社。クライアント企業の経営層と向き合い、電通らしい右脳型のアイデアを武器に事業やブランドのコンサルティングを提供するソリューション型サービスを実践。ブランドコンサルティングを行うコンサルティング室長を経て現職。日本マーケティング協会(JMA)のマーケティング・マスターコース・マイスター(2011年~)。
    著書に「拝啓 総理大臣殿 これが日本を元気にする処方箋です」(東洋経済新報社 共著 2008年)「エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング」(ファーストプレス 2014年)、「IoT時代のエクスペリエンス・デザイン」(ファーストプレス 2016年)がある。

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