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世界のワイデン+ケネディ、クリエーティブの源泉とは?
ダン・ワイデン × 古川裕也 

2015/08/26

米国ポートランドに本社を置く独立系エージェンシー、ワイデン+ケネディ(W+K)の創設者ダン・ワイデン氏と電通ECD古川裕也氏。二人は2年前のカンヌ・チタニウム部門の審査で初めて出会った。共通点がふたつ。声がとても小さいことと、ユングをリスペクトしていること。常に高いクオリティーの仕事を世界に送り続けるW+Kの成り立ち、ビジョン、人材育成などについて語り合ってもらった。


世界一リスペクトされるエージェンシーのビジョンと成り立ち

古川:W+Kは、1982年の設立以来ずっと世界でトップレベルの仕事を残してきました。秘訣(ひけつ)は何ですかというのも悔しいので、他のエージェンシーにはないW+K固有のビジョンのようなものがあれば教えてください。

ワイデン:私はW+Kを、ビジネスを超えた価値を探る研究所のようなものだと思っています。当社のビル1階の壁に書いてある「Fail Harder」(もっと大いなる失敗をせよ)の通り、試行錯誤がわれわれの創造の原動力。ですから、型にはまった人はいないのです。クリエーティブ・ディレクターになる人がそれぞれ異なるアプローチで仕事に取り組んでほしいと思っています。

古川:メガエージェンシーは基本メソッドのようなものを共有していることが多いですが、それより、それぞれ異なるクリエーティビティーということですね。実践的な失敗を組織がむしろ奨励することで個人を強くしていく。創業時から貫かれているんですね。

ワイデン:当初はポートランドという地方都市でクライアントは消費財企業としてはナイキ1社だけ。ナイキはまだ小企業で広告費は100万ドルでした。ですから、われわれが採用できるのは、学校を出たばかりの若造か前職をクビになった者ばかり。自分たちは「バカの集まり」という自覚のようなものを持っていました(笑)。

古川:ロマンチックですね。今からでは想像できないようでもあるし、でも、当時のスピリットは継承されているようにも思えます。その「バカの集まり」のその後は?

ワイデン:実績を重ねるにつれ、社員への引き抜きの話もありましたが、給与の額で引き留めるのではなく、自分たちで企業文化をつくっていくことに価値を感じられるように気を配ってきました。加えて「ここには生涯最良の仕事ができる自由と保証がある」と分かるよう、行動で示してきました。公には初めて話しますが、数年前に株式を管理する信託を創設し、当社が決して売却されないように講じました。この独立性は、指導的な立場になろうとする人がW+Kに加わる理由になっていると思います。われわれは強い個性を磨きながらも、周囲と協力して結束することを奨励しています。自分中心ではなく、集団として考え、その中で自分を最大限に発揮できることが重要だと常に考えています。

古川:今は創業時とは全く違う組織になっていると思いますが。

ワイデン:大きくなり過ぎたかもしれないと思うことはあります。

古川:少し意外です。ポートランド以外にもロンドン、アムステルダムはじめ強いブランチがありながら、やみくもに拡大しているわけではない。だからこそ、さっき伺ったW+KのDNAのようなものが、最近の仕事でも感じられます。それは、メガエージェンシーではほとんど見られないことです。

ワイデン:逆に電通こそ、考えられないくらい大きい規模にありながら、質の高いクリエーティブの仕事を長年しているのは驚くべきことです。貴社の活動は特に最近広く取り上げられていますし、深い尊敬の念を持っています。

古川:ありがとうございます。僕たちも、少しずつですけれどいい方向に変わってきていると思います。

オレゴン州ポートランド本社は地上6階建て、倉庫を改造してつくられた。大きな窓越しに広がる西海岸の澄み切った青空と、まぶしい日差しに照らされた開放的 な空間で、約700人がクリエーティブワークにいそしむ。社員の合言葉「Fail Harder」を掲げた壁画は、W+K 12の生徒が数百時間をかけ、透明な押しピン約12万個を使って製作したもの。

 

ナイキの仕事

古川:先ほど出たナイキの仕事について聞かせてください。どんなふうに始まったのですか。いろいろ伝説がありますが。CEOのフィル・ナイト氏と、いつもゴルフコースでミーティングしていたとか

ワイデン:それはあり得ません。フィルはゴルフはしないので。

古川:ありゃ。日本ではフィル・ナイトとダン・ワイデンはグリーン上で重要なことは全て決めると、まことしやかにいわれてました。

ワイデン:いえ。最初はアイダホの販売会議でした。彼にはまず「フィル・ナイトと申しますが、私は広告というものを信じない主義なので」と言われました。でも結果的には、二人にとって最高の出会いになりました。フィルは「雑誌広告を出すなら、一般の人たちではなくランナーだけに向けたコピーを書いてくれ。そうすれば一般の人たちがかえって聞き耳を立てるから面白くなる」と。これを聞いてとても興味を覚えました。分かりますよね。

古川:素晴らしいディレクションですね。

ワイデン:ナイキはいつも皆が行く方向とは違う方向へ行きたがったために、われわれもクリエーティブな仕事に関して同じように、他の人たちがしていないこと、行っていない方向へと進めたのです。

古川:あなたたちが志向しているものがナイキによって幸福に引き出されたということですね。けれど、こちら側が何かを持っていなければ、どんなにいいパスを出されても生かすことはできません。

ナイキ「JUST DO IT.」はワイデン氏が生んだ名コピー。その後の飛躍を後押しした。ナイキ創業者のフィル・ナイト氏は立ち上げ時、同じく小規模な企業だったW+Kをパートナーに。このスローガンは時と場所を超え、今も全世界で展開されている。

 

W+Kの人材育成

古川:人材育成はどこのエージェンシーにとっても重要だと思います。W+Kには、そのためのシステムはあるのでしょうか。

ワイデン:W+K 12という学校のようなものを社内に設けています。当社にはさまざまな職歴の人が入ってくるので、理解を深めてもらおうと続けています。こういう取り組みは、すぐに利益を生むものではありませんが、それが功を奏し、今では当社のあちこちでW+K 12に参加した人たちが活躍してくれています。やはり必要なことですね。あなたのところのように大きな組織では人材育成も難しいでしょう。

古川:これからクリエーティブ・ディレクターが加速度的に重要になるので、僕自身もその育成を目的にしたNew Schoolという教育機関の学長さんをやっています。

2010年バンクーバー冬季オリンピックから続くP&Gのキャンペーン「Thank You, Mom」もW+Kの代表作の一つだ。アスリートとその母親の関わりを母の目線で描き、世界を席巻した。

ダン・ワイデンに影響を与えたもの

古川:あなたが最も影響を受けた本があれば教えてください。

ワイデン:ロバート・ジョンソンという作家の『インナー・ワーク』という本です。ユングにかなり傾倒している作家で、広告とは全く関係ありませんが、人間が自分の存在について考える際のユングのアプローチを紹介しています。それによれば、われわれ一人一人の中にはたくさんの自分がいるということです。本当に面白い本ですよ。私は実に興味深く読みました。

古川:すると、一番影響を受けたのはユングということですか。

ワイデン:そう、そうですよ。ユングの『赤の書―The“Red Book”』は読みましたか? 信じられないほど素晴らしいですよ。

古川:まだなんです。昨年出版されたばかりの日本語版を買いましたが読んでいないんです。なにしろ膨大な書物なので。

ワイデン:彼の絵もまた素晴らしい。実は当社の映像編集を担当している長女の連れ合いが映画化を計画しています。

古川:ふひゃ。あれを映画化ですか。すごいことを考えますね。最後に、特に若いクリエーティブ・パーソンに一言。

ワイデン:Be fearless.(何事も恐れるな)

古川:ありがとうございました。


対談を終えて
勘のいい方はお気付きだと思うけれど、これは、僕にとって、とても短い『ヒッチコック/トリュフォー』であっ た。大きなエージェンシーであれ、独立系エージェンシーであれ、クリエーティブのリーダーシップにはカリスマ性が要求される。ダン・ワイデンの場合、その カリスマ性の根拠は彼のdecency(品の良さ)にある。つい才能や結果や押し出しのようなものにその根拠を求めがちなリーダ―シップとの決定的な違い だ。それと膨大な読書量に裏打ちされたインテリジェンスとの共存によって、彼は、世界で一番リスペクトされるクリエーティブ・ディレクターであり続けてい るのである。

(古川裕也)