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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.43

クライアントからの修正指示は、名作広告が生まれるキッカケだ。

2015/10/23

こんにちは、電通第2CRプランニング局の見市(みいち)です。いまから数年前、宣伝会議が主催する谷山雅計さんのコピー専門クラスに通っていました。ここはすごく良いクラスで、なにが良いかというと、先生方が本当にドSなんです。それなりのお金を払って、毎週100本ぐらいのコピーを書いて真剣に授業を聞きにきているような、宣伝会議的には超優良顧客である僕ら生徒たちを、とにかく毎週毎週、怒り続けるんです(笑)。

「君のコピーぜんぜんダメ!なぜダメかをみんなの前で話しましょう!」という具合に、ときには大声で、ときには冷徹に…。毎週ビクビクしながら通っていました。ちょっとつかみとして大げさに言いましたが、今思い返すとそんな印象です。でもその厳しさが本当に良かった。厳しさの裏に、とてつもなく大きな愛みたいなものを感じていたし、高いハードルを示し続けてもらったことが、間違いなく、いまの自分の仕事の糧になっているとも思います。

少し前置きが長くなりましたが、今回紹介する本は、そんな谷山さんの新著『広告コピーってこう書くんだ!相談室(袋とじつき)』(宣伝会議)です。谷山さんのクラスで行われる「大質問大会」に寄せられた、コピーの書き方についての質問とそれに対する谷山さんの的確すぎる答えが、ぎゅっと凝縮されたありがたい一作です。それでは、いくつかのQ&Aをご紹介しましょう。

クライアントからの修正指示は、名作広告が生まれるキッカケだ。

Q.書いて散らかしたコピーの「選び方」がわかりません。

分かりますね、その、分かりませんという気持ち…。コピーを書けば書くほどに客観性を失って、一体どのコピーが本当に良いのか、分からなくなってしまうものです。そんな悩みに対して谷山さんは、広告というのはチーム仕事だから周りにいるプロに選んでもらうのもアリ、という前置きをしながら、選び方を身につけるためのトレーニング方法を披露しています。

「逆の視点で考える生活」をすること。自分が受け手のときは、つくり手の目で考えて、つくり手のときは、受け手の目で考える。それを日常のなかで、完全に習慣化してしまうということです。
たとえば、受け手のとき。映画を見るにしても、「この伏線はあとで、どう活かすとおもしろいだろう」「ここで出てきたこのキャラクターには、このあと、こんな役割を果たさせるといいんじゃないか」などと、つくり手目線で考えながら見る。(P.40)

その場その場でコピーを選ぶコツのようなものがあるわけではなくて、客観性(相手からどう見えているか)という筋肉を日頃から培うことで、少しずつコピーを選べるようになる、ということですね。これはコピーに限らず、企画やプレゼンのレベルアップにも言えることではないでしょうか。よく考えれば当たり前のことですが、名言化されるとハッとします。「つくり手脳」と「受け手脳」を往復する生活、コミュニケーションを生業にする人たちには、とても効果がありそうです。

Q.的外れなクライアントからの修正依頼に、どう対処すればいいでしょうか?

これも、あるある質問の一つかと思いますが、谷山さんはきっぱり答えます。「もちろん修正します」と。なぜかというと、理不尽なダメ出しから生まれた歴史的名作があることを知っているから、とも付け加えています。

水木しげるさんの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』のタイトルも、じつはそうやって生まれたものだそうです。
もともと、雑誌に掲載されていたときは『墓場の鬼太郎』だったのだけど、テレビアニメになるときに、「そんな縁起がわるいタイトルじゃ、お金なんか出せないよ」と、スポンサーからクレームがついたというんですね。
で、タイトルを変えようということになるわけですが、作者の水木さんにしてみれば、鬼太郎は墓場で生まれた妖怪という設定ですから、やっぱり「墓場の鬼太郎」です。もしそれにこだわっていたら、あの漫画はアニメにならなかっただろうし、いまみたいに後世に名を残す人気作にならなかったかもしれません。(P.81-82)

想定外のダメ出しがあって、それをまっすぐに受け止めてなんとか乗りこえたコピーや広告は、意外にも高い確率で、ダメ出しされる前よりも良いものになる、ということなのです。よくプレゼンの後に、クライアントさんから「ではこの方向でブラッシュアップをお願いします」と言われてムッとしてしまうことあるじゃないですか。「ブラッシュアップってなんだよ!完璧な案だし!」みたいに(笑)。でもあれって、実は大切な展開で、個人が考えた完成度は高いけどある種閉じたアイデアを、いろいろな視点からのダメ出しをもとにたたきあげていくことで、より多くの人に開かれた広がりのある表現に育ててゆくためのフェーズなのだと思います。

Q.ネーミングの考え方を教えてください。

本書はコピーだけでなく、ありがたいことにネーミングの考え方にまで踏み込んでくれています。コピーのハウツー本は数多あれど、ネーミングについてはあまり体系化された知識を持たずに、なんとなく書いている、という人も多いはず。谷山さんはネーミングを考えるにあたっての、一つのきっかけを提示してくれています。

その商品が、「それをつかう人のキャラクターに影響を与えるもの」なのか、それとも「影響を与えないもの」なのか、です。
たとえば、田中さんという人がいたとして、ふだん彼が家で「ごきぶりホイホイ」をつかっていたとしても、「あの、いつも“ごきぶりホイホイ”をつかっている田中さんね」とは周囲からはいわれません。(P112)

ところが、商品のなかには、それをもつ人、つかう人のキャラクターに影響をおよぼすものもあります。
たとえばクルマは、「BMWに乗っている田中さん」とか、「プリウスに乗っている田中さん」といういわれ方をします。(P113)

なんとも明快です。キャラクターに影響を与えない商品の場合は、ヘタに名前をこねくりまわすよりも、直接的に機能がパッとわかるベタな商品名のほうがよい。逆に、キャラクターに影響を与える商品の場合は、それを所有していることが恥ずかしく思えたり、飽きられてしまったりすることがないように、意味性を強く出しすぎずに語感を重要視するのが良い、とされています。この考え方は、ネーミングのスタート地点として、あるいは、クライアントさんとの間で「商品名の中で機能をもっと前に出すべきじゃないのか??」などの議論をする時に、明快な指標としても活躍しそうですね。

Q.メディアの多様化で、コピーの役割はどう変わりますか?

コピーの仕事は「大きく2つに分かれるかもしれない」と本書では予想されています。今の時代、コピーだけに頼らなくても、多様なメディアやテクノロジーをつかって、コミュニケーションの入り口まで世の中の人を連れてくることができてしまう。そうなると、コピーライターの仕事としてはその奥でちゃんと納得してもらえるような、しっかりした説明文やボディーコピーを書けるかどうかが大事になる。そしてもう一方で、川上の部分で企業のミッションやブランドのビジョンなどを言葉にするコピーライターも、すごく必要とされようになる。とも述べられています。

僭越ながら、僕もこのことは日常的に実感しています。最近は、コアアイデアとメディアを上手に組み合わせれば、2ベースヒットは打ててしまう。ただ、そのコアアイデアを本当に強いものにしてホームランを打つためには、根っこにあるブランドのビジョンが本質的であることが大切で、そこが欠けるとどうしてもキャンペーンが上滑りしてしまう。逆に、コアアイデアが強くても、売りの最前線にある小さなコピーたちのクオリティーが低いと、せっかく話題になってもモノが動かない。なんてこともあります。川上と川下での、言葉の力が重要になっている、そう感じます。

「袋とじ」はコピーライター必読です。

以上、個人的にグッときたQ&Aをご紹介してきましたが、他にもいろいろな質問があります。「コピーって結局、『ひとこと』でいうと、なんですか?」「プレゼンのコツを教えてください」「どんなオリエンが理想的ですか?」「『伸びる人』と『伸びない人』のちがいを教えてください」。どれも答えを知りたいですよね…(笑)。全ての質問に対して、極めてロジカルに、平易なことばで、分かりやすい具体例とともに、打ち返していく様子は本当に痛快です。

また、この書評では触れていませんが、本書のもう一つの大きな特徴として明記すべきなのが「袋とじ」ですね。僕は初見で失礼ながら、なんかエロいな…(笑)と思っちゃったんですが、これが開けたらすごいんです。東京ガスさんの名コピー「ガス・パッ・チョ!」を書かれた時のノートがほぼそのまま公開されていて、しかも、その横で、この時はこういうことをクライアントさんに言われてこういうふうに考えて、というような経緯が実に細かく(!)解説されているんです。本書ラストに展開される「将軍コピー(キャンペーンコピー)の書き方」とともに、大きなキャンペーンや競合プレゼンを背負うコピーライターにとっては、必読の部分ではないでしょうか。

タイトルに「相談室」とあるように、30人クラスの前のほうに谷山さんがいて、生徒たちが投げかける質問に丁寧に答えてくれている、まるでその場に実際に自分もいるような感覚を覚えてしまう。だからスラスラ読めて、なのに、とっても役に立つ。そんな素晴らしい本でした。