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Experience Driven ShowcaseNo.36

ミツカンミュージアム
食といのちの春夏秋冬(後編)

2015/11/18

11月8日、ミツカングループ(愛知県半田市)が「ミツカンミュージアム」(MIM=ミム)をオープンしました。ミュージアムの建築設計を手掛けたNTTファシリティーズの小川大志氏、展示の映像作品をつくったロボットの清水健太氏、企画を担当した電通テックの遠藤聡氏と、プロデューサーである電通イベント&スペース・デザイン局の内藤純氏が5年にわたる制作過程を振り返り語り合いました。

取材構成:金原亜紀 電通イベント&スペース・デザイン局
(左から)内藤氏、小川氏、清水氏、遠藤氏

 

■東日本大震災と、半田という土地のエコシステム

内藤:プロジェクトが2010年から始まって、途中に東日本大震災があって、そのことで安全や環境への配慮も強化されましたね。そういう意味でも最先端の建物になったと思うのですが、苦労された点はありますか。

小川:低層で平面の広い建物ですので、費用対効果だけを考えると免震を選択しないかもしれませんが、ミツカングループのお客様の安全に対する強い思いを受けて、この場所での地震を想定した基礎免震で計画しています。環境面では、嘗て酢づくりでもそうしていたように「半田の自然を味方につける」様々な取組みをしています。たとえば運河沿いに建っているので、夏は南側から冷やされた卓越風がやって来る。その風をうまく取り込んでいます。

また本社地区には、昔酢づくりに利用され今後はもう使われない井戸がいくつかありました。この井戸を使わない手はないなと思って、中間実験棟側にあるその1つから運河下のトンネルを通じてミツカンミュージアムまで水を引き、空調に使った後、それを水盤にもっていって放流しています。

内藤:中庭の水盤ですね。

 

小川:水を建物の中に循環させたり、風を導いたり、それから太陽熱なども用いながら全体の空調システムを成立させています。自然の恵みを積極的に活かすことで、人工的に必要なエネルギーをできるだけ抑えています。

内藤:煙突も2本建てましたね。

小川:思い切って提案したら実現しました。ミツカングループの懐の深さ故だと思います。「時の蔵」は、弁才船を入れた非常に大きな空間です。全部空調でまかなうと大変なのですが、中間期など根元のガラス部分で暖まった空気が煙突内を上昇する力で、下の部屋の空気を吸ってかき出してくれます。

内藤:何もしなくても?

小川:何もしなくても、煙突がどんどん換気を促してくれます。そんな知恵を盛り込みながら昔半田に建っていた煙突を再生し、「伝統・革新・環境」に応えています。

 

■半田から江戸に酢を運んだ「弁才船」を再現する

内藤:その煙突の足元にある展示、「時の蔵」では弁才船をつくりました。長さ20メートル、高さ5メートルの大きな船を。

©Forward Stroke Inc.
 

小川:展示の目玉ですよね!とんでもないものができました。ミュージアムの中にですからね。びっくりしますよね、見ると。

内藤:企画するのは簡単ですが、本当につくれるのかなと思ったけれど実現しました。遠藤さんは一時期、船大工の職人さんと化したかと思うくらい、船の制作は大変でしたね。

遠藤:伊豆半島の松崎という町の造船所でつくってもらいました。まず、弁才船の設計がどこにも図面もモデルも残っていなかったのですが、マニアックに研究している人たちがいました。日本に海事史学会という日本の古い木造船を研究している学会があって、中部地区から江戸に荷物を運んでいた尾州廻船を調べてもらって、板図という設計図に当たるようなものも発掘して。類推して設計したもののどこでつくるのかも苦労しました。伊豆半島の造船所で木の船がつくれるというので突撃で行ってお願いすることができて、「やった!」という感じでした。

内藤:同じように、昔の酢づくりを体験する「大地の蔵」の、酢づくりの道具の再現も大変でしたね。

遠藤:そ うですね。もちろんミツカングループも道具は残していらっしゃったのですが展示する数が足りなくて。例えば、ちゃんと半田地区の桶のつくり方でつくろうと しても既に廃業されていた。同様のものをつくれるところは、大阪の堺に日本で1社しか残っていなかったのです。最初は門前払いで知らないところからでは受 けられないと言われて、クライアントにも一緒に説得してもらいやっと受けてくれました。お酒の醸造でヒノキの香りがする方がいいということで、需要があっ て今も細々とつくられていたのです。醸造桶といって、一番大きいものは六尺桶で2メートルを超えるようなものです。

©Forward Stroke Inc.

■ロボットが挑戦する、「時の蔵」と「水のシアター」の映像表現

内藤:展示ゾーンには二つの蔵があって、「大地の蔵」では半田での酢づくり、ものづくりの思いを見せる。もう一つは「時の蔵」で、半田でつくったお酢が江戸の寿司文化につながった歴史を見せる。当時の半田から江戸までは多分、今で言えば日本からブラジルへ行くぐらいの壮大な感覚なんじゃないかなと。そして、半田から江戸への旅の象徴として弁才船を再現しましたが、さらに、酢を運んで江戸に寿司文化が花開いたという物語をうまく伝えるため、ロボットの映像の力を借りました。

清水:「時の蔵」はドカーンと船が一隻丸ごと置いてあって、来場者はその船の甲板に立って3×15メートルの巨大な映像を見ることになるので、施設全体の中でいちばん派手な、いわゆる打ち上げ花火的なダイナミズムをつくる役割をここは担うべきだなと考えました。なので映像自体も既視感のない、しかしどの世代の方が見てもちゃんと分かるものにしたいと思って作りました。

©Forward Stroke Inc.
 

浮世絵を再構築したデザインを3Dアニメーションで表現してみたり、漢字のタイポグラフィーを効果的に使って江戸をモダンに表現してみたり、昔のものと今のものをうまく混ぜながら「見たことのない映像」を目指しました。

 

内藤:音楽やナレーションも、苦労したんじゃないですか?

清水:そうですね。今回はアニメーションをCEKAIの井口さんと千合さん、イラストデザインを大原大次郎さん、音楽を「口ロロ」の三浦康嗣さん、ナレーションはいとうせいこうさんがやってくれました。こういう作家性の強い人たちと一緒につくれたことが、既視感のないものに仕上がった一番のポイントかなと思っています。

「時の蔵」でミツカンの変革と挑戦を斬新な映像で描き、続く「水のシアター」で『やがて、いのちに変わるもの。』という企業スローガンに落ちていく繊細な映像を見せる、そういうメリハリをつけたことによって、より相乗効果が生まれたんじゃないかと思っています。

 

■地域とともに成長し、人がつながり合う施設へ

内藤:11月8日に一般オープンしたのですが、最後に「ここを見てほしい」というところがあればお願いしたいのですが。

小川:どうしても展示というとクローズしがちで、建築は必死で周りの環境を取り込もうとする傾向があるように思います。そこに接点を見つけたいという思いは、私も計画に携わったときからありました。「風の回廊」の正面の窓は、まさに展示と建築が融合している一つの例だと思います。外の景色も展示物になっています。

運河を見ながら施設に入り、酢づくりの展示を楽しんで「水のシアター」の映像が終わると水のゆらめきが目に入って、次に水盤のある中庭が広がる、そういう水を軸に展示と環境が混ざるストーリー性を感じ取ってもらえれば幸いです。同じように中庭で開かれるイベントなどを通じて、地域に広がりを持つ施設になっていけばいいなと思っています。

遠藤:僕はやっぱり「時の蔵」ですね。造船に思い入れがありますし。船は木ですから生きているので、だんだん色が黄色く変わっていきます。そういう変化も楽しんでほしい。あと、船の周りの壁面にミツカンの歴史の絵巻があるのですが、非常に苦労してつくりました。浮世絵的な風景と絵の中にたくさんの人物が描かれているんですけれど、中野又左衛門というミツカンの初代の方が絵巻の中に描かれているので、そういうところもじっくり見てください。

©Forward Stroke Inc.
 

内藤:2回、3回と来ていただいて、細部も見てほしいですね。

清水:各ゾーンの役割と相乗効果ですかね。例えば先ほど「時の蔵」は打ち上げ花火と言ったのですが、その後の「水のシアター」は言うならば線香花火。線香花火があるから、打ち上げ花火っていいよねとなる。一見つながっていないようで、実はちゃんとつながっているという感じが肝で、きっと四季だって夏があるから冬の料理がおいしく感じるし、冬があるから夏の暑さがまた待ち遠しくなる、古いものがあるから新しいものがよく見えるし、その逆もあると僕は思うんです。

小川:ミツカンミュージアムには桜を何本か植えていますが、いろんな種類の桜が少しずつずれて咲くようになっています。中庭の下草も芝桜ですので、4~5月頃ピンクに色付く予定です。他にも季節ごとに楽しめる仕掛けが施されているので、清水さんにはいつかぜひ、その映像も撮っていただきたいですね。

清水:ぜひ撮りたいです!

内藤:時間がどんどん経つごとに、もっともっとすてきな施設になるといいですね。今日はどうもありがとうございました。