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実践 インバウンド最前線No.3

地方創生とインバウンド
―「外国人目線」が日本に大きな変革をもたらす
~umari 古田秘馬氏~

2015/11/20

ますます加速するインバウンドビジネス。本連載では、有識者や電通の「インバウンドビジネスチーム」がその現状を多角的に探り、ソリューションへのヒントを紹介していきます。

今回は、株式会社umari代表の古田秘馬氏が登場。東京・丸の内「丸の内朝大学」やフェイスブックと協働による「いいね!JAPANプロジェクト」、9月に創設された「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」など、地域価値を創出する多彩なソリューションが注目される古田氏に、インバウンドについて語っていただきました。

古田秘馬氏
左から電通のインバウンドプロジェクトを統括する髙橋邦之氏(電通)、古田秘馬氏(umari)、古田氏と「DENTSU SNOF プロジェクト」や「株式会社鎌倉」のプロジェクトに取り組む岡本岳志(電通)氏


インフラとコンテンツをセットにプラットフォームを創る

岡本:古田さんとは各ジャンルの第一線で活躍する高感度な在日外国人プロデューサーを起用し、日本の地域価値を発掘・発信する「DENTSU SNOF プロジェクト」などを一緒にやらせていただいていますが、その他も古田さんが手がけられているプロジェクトは、地方創生とインバウンドが密接にリンクした施策が多いですね。

古田:昨今インバウンド論が盛り上がっていますが、概論的な大きな話か超極論のどちらかが目立ちます。インバウンド文脈に囚われ過ぎずに、それ以前に日本人も含めて皆が楽しめる、惹きつけられるコンテンツをいかに作るかという視点が大切です。

髙橋:やまとごころ代表の村山さんも「日本人にも外国人に対しても、共通に同じレベルのサービスが大切」とおっしゃっていましたが、「ユニバーサル」は一つのキーワードですね。

古田:訪日外国人観光客受入れのための多言語対応やインフラ整備にばかり目が行きがちですが、例えば、私たちが海外旅行に行ってアマンリゾートで最高級のサービスを受けるのに、日本語が話せる人がいないと駄目だとは思わないでしょう。それよりも、既存の観光資源のみに頼るのではなく、新たに魅力的なコンテンツを作っていくことが重要です。例えばニュージーランドは、その最大の魅力でもある自然環境を生かした「アドベンチャー・ツーリズム」がプラットフォームとなり、国全体がブランディングされている。バンジージャンプが初めて商業化されたのもニュージーランドです。

岡本:そして、それは訪日外国人観光客だけを対象にしたものではない。

古田:私は、イタリアを日本にとっての一つのベンチマークと捉えています。人口約6000万人で日本の半分ですが、食料の輸出額は優に3兆円を超えており、5000億円程度の日本とは規模が全く違う。そして日本の場合は殆どが大手食品飲料メーカーですが、イタリアでは地方の中小企業が輸出の約8割を占め、ワインやパスタ、オリーブオイルなど、イタリアを訪れた観光客が現地で飲食したものと同じものが輸出されている。イタリア国内で醸成された食文化の価値が、そのまま輸出にリンクしているのです。ここがとても重要なポイント。日本ではインバウンドというと観光が中心であり、輸出とは切り離されてしまっている。

髙橋:「和食」が世界遺産に認定されて、世界中でブームになっていると聞きます。しかし、代表的な和食材が輸出に占める割合は、決して高くはないようです。

古田:「食」というノンバーバルな資源は、日本にとっては一番の強みになるはずです。“おもてなし”も、食を通じて体験することで一番良く伝わる。外国人が日本で日本酒の魅力に触れて、母国に戻って普段から飲むようになる、そのような連携がもっと図られるべきです。

スペインのマドリッドでは、「マドリッドフードツアー」というプログラムがあり、フルコースを選ぶと、一品目はこのレストランのイベリコ豚を、二品目はあのバールのシェリー酒を、3品目はあの市場のタパスを、という形で、半日程度かけてマドリッド中を歩き回りながらフルコースを楽しみます。

例えば、日本を丸ごとレストランに見立てて、季節ごとに色々なテーマで、例えば1月なら氷見で寒ブリを楽しんだり、春は京懐石の吉兆とのコラボレーションで嵐山に筍を取りに行き、それを料亭で賞味したりといった見せ方もあると思います。

岡本:訪日外国人観光客でなくても、普通に行きたくなります。(笑)

古田秘馬氏


古田:もう一つ大事なポイントは、地方において、どんなに良いコンテンツを頑張って作っても、交通手段がないと人は来ることができない。コンテンツとインフラは必ずセットで考える必要があります。例えばバスならば、道さえあればどこにでも行ける。ちなみに、ウィラーアライアンスという会社が最近日本全国の高速バスやフェリーなどのローカル線をワンストップで予約・購入できるサイトを開設したり、第三セクターから引き継ぐ形で「京都丹後鉄道」の運営をスタートしたりして、さまざまな交通手段のネットワーク化を図っています。これは訪日外国人観光客にとって、非常に重要なことです。

岡本:これだとプラットフォームになっているので、コンテンツを変えていくらでも続けていけますね。

古田:地域横断で共通のプラットフォームをつくり、その上で、各地域のコンテンツをつくること。これを一気に、最後までやることが重要です。しかし、ひとつの自治体がプラットフォームをゼロから作り上げるのは無理があります。
 

民間のビジネス視点で地域利権を可視化し、価値を醸成する

古田:そもそも地方創生を「地方」だけでやろうとするのは限界がある。自治体では単体の予算なので、どうしても自分たちの地域限定で考えてしまう。また、ビジネスとして成立させるためには、ノウハウのある民間組織が手掛ける方が良いと思います。行政の予算ではないところで、しっかりと決裁権を持って運営されることで有効な施策が実現できる。

岡本:和歌山の田辺市熊野ツーリズムビューローが、市から委託された業務だけでなく一般社団法人として旅行業に取り組んでいるのは有名ですね。昨今、電通も協力をさせていただいている鎌倉でのプロジェクトもひとつのモデルケースになりそうでしょうか。

古田:歴史があって地域として高いブランド力を持つ鎌倉で、地元商工会と観光協会が一緒になり「株式会社 鎌倉」を立ち上げました。株式会社、という一般の企業と同じ土俵で活動しながら地域に還元ができる、新しいモデルを作ろうとしています。「鎌倉」という公共の資産で地域課題を解決することを目的としていますが、税金に頼らないので活動に制約を受けない。これを僕らは、「公益株式会社=パブリック・ベンチャー」と呼んでいます。

ここでは、鎌倉の地域価値という「利権」を生かしています。利権というとなんだか怪しげなイメージがありますが、それは隠れていて良く見えないから。明確に可視化し、どんどん有効活用するべきです。外国人向けにお化粧する前に、まずは素肌美人にならないと。そのためには血流、つまりお金の流動性が担保されることが大切です。
髙橋:それにしても、こんなに良いものがある、ということを地元の人は気づいていないことが多いですね。

古田:地域価値は、外からでないと見えないことが多いです。米大手ファンドがお台場の「大江戸温泉物語」を買収しましたが、日本人はその価値に十分に気づいていないと感じます。今、日本の様々な地域に外国からの資本がどんどん流れこんでいる。東京近郊でも、バブル全盛に建てられて寂れつつあった駅ビルなどに、外国の投資が入ることで再び人が集まるようになっています。そうすると、その地域の価値全体があがってきます。時と共に必ず価値が上がることをきちんと見極めて投資が行われているんですね。今、そういうビジネスとして地域価値を共創するソーシャルインパクトの視点が、非常に重要になってきています。

岡本:外からのビジネス視点が、中にいては見えなかった価値を見出して、地域の未来づくりに長期的、複合的につながっていく。

古田:例えばサッカーで新しいことをしようとしても限界があります。しかし、新しいスポーツをつくればルールだって新しくつくれる。個人プレーの集まりみたいなところから面白い取り組みが始まるので、最初の座組みが重要ですね。また、企業を巻き込むことも重要。多くの企業が地方創生に強い関心を持っており、関連の支出は増えている傾向も一部見受けられます。

髙橋:さらには、地域で真剣に地方創生に取り組む覚悟を持った人材が求められていますね。

古田:学校などの形で体系的に人材を育てることが理想ですね。例えば、25歳以上で社会人経験が5年以上を対象に、1年間しっかり学んでもらい、マネージメントを身に付けて地域に貢献できるようにするとか。雇用をつくることではなく、雇用を生むことができる人材をつくることが大事です。

岡本氏と高橋氏


日本を熟知する外国人をネットワーク化する

古田:新しい観光の形では、お金の稼ぎ方も変わってきます。冒頭のニュージーランドの例では、2万円ほどするバンジーがプログラムとして稼げている。でも日本では、今のところ旅館と宿泊と食事、そのあたりしかない。観光の入場料なんて微々たるものです。

岡本:「DENTSU SNOF プロジェクト」でも協力いただいているニセコアドベンチャーセンターのロス・フィンドレー氏や、田辺市熊野ツーリズムビューローのブラッド・トウル氏など、地域でビジネスを生み出している事例では外国人が多数関わっていますね。

古田:日本人が思いこんでいるインバウンドと、外国人が実際に求めているものの間にものすごくズレがあります。外国人目線で指摘されて、初めて見えることがとても多い。

髙橋:タイムアウトの伏谷編集長も、海外のエディターが決まった観光ルートではなく独自取材で見たものに感動して、日本はコンテンツの宝庫だと言っていた、と語っていました。一緒にやらせていただいている「DENTSU SNOF プロジェクト」はまさに、「外国人の眼」に着目し、地域価値の醸成のために在日外国人をプロデューサーとして起用する取り組みです。

古田:日本の地方のあちこちに、第一線で活躍する外国人がたくさんいます。それぞれ地域社会に溶け込んで生活している人が多く、外国人同士のつながりが薄い。彼らは母国に対して、ものすごく発信力があります。例えば、私たちがメキシコに観光客として行くときには、現地人よりメキシコに20年に住んでいる日本人の情報を参考にしたりしますよね。どの国の人も同じで、まず自分の言語に近い人の情報に頼るものです。

岡本:「DENTSU SNOFプロジェクト」の先がけとなった環境省との「Japan National Park Expedition」プロジェクトでは、日本の国立公園のインバウンド施策を、外国人プロデューサーと地域のキーマンが一緒になって考えました。すでに日光や九州で実施されていますが、地元の人が気付いていない魅力を、外国人の目線で生き生きと発見していくプロセスが非常に印象的でした。

Japan National Park Expedition
Japan National Park Expedition
「Japan National Park Expedition」プロジェクト
Japan National Park Expedition

古田:地域横断的な切り口や、掛け合わせによる斬新なコンセプトが出てきて、地域ビジネスが長期的に自走できる可能性が生まれています。新しいツーリズムモデルとして構築していきたいですね。

日本は昔から、外国から色々なものが入ってきたというミックスカルチャーの歴史がありますし、ザビエルにグラバー、黒船来航など、日本人にとっての大きな変革期には、必ず外国の影響が存在した。外国人人材を地域活性のキーマンとして起用することで、それが地域単位で起きる可能性があると感じています。

髙橋:今、まさにそういった変革期を迎えている時代、ということですね。

古田:さらには、在日にこだわることもないと思っています。20年前に欧米の旅行ガイド・ロンリープラネット日本版を作った、ニュージーランドのTANKEN TOURSのリチャード・ライアル氏は、今でも海外で訪日をプロデュースしている。これもひとつのモデルになり得ると思います。

なぜ、これだけフランス料理やイタリア料理が多いかというと、フランスやイタリアが大好きで住んだことがある人たちがたくさん日本に住んでいるから。日本の伝統的な料理店でももっと外国人を受け入れてもよいと思いますが、昔日本に住んでいいたとか、日本の学校で教えていたとか、今は日本に住んではいないけれども日本にとても愛着があって、何かあれば協力するよ、という外国人は世界中に数多くいます。彼らをネットワーク化しない手はない。世界中にいる日本を熟知した人材や日本ファンを認定するアンバサダー制度、そういうものを作るだけで随分違う。

髙橋:テーマはやはり「食」ですね。

古田:スローフードはイタリアから来ていると、日本人も何となく知っていますよね。しかし海外で日本食、というとまだ寿司くらいしか広まっていない。今、「Peace Kitchen」というプロジェクトをイタリア起点に展開していますが、和食の「和」はピース。和食を考え方からきちんと伝えて行きたいと思い、ヨーロッパやカタールなど世界のあちこちで取り組んでいます。そうですね、やはり「食」が、これからのインバウンドの大きな軸のひとつになると考えています。

Piece Kitchen
「Peace Kitchen」プロジェクト
Piece Kitchen