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電通人がいろんな課題を見つけて…No.1

課題発見のためのプロトタイピング

2015/11/19

今、企業・市場・生活者の全てが新しい環境を模索しています。マーケティングは、社会環境やその構造から考えるべき状況となり、広告会社にも課題の本質を明確に把握する力が求められるようになりました。電通でも、実際に課題を発見し、それをもとにプロトタイピングや研究開発を行うプロジェクトが始動しています。

この連載では、課題発見から始まる新しいコミュニケーションの試みを紹介していきます。今回は、電通コミュニケーション・プランニング・センターの武本卓也氏と眞貝維摩氏が、プロダクトをソリューションにするプロトタイピング事例としてコミュニケーション・ベビーカー「Smile Explorer(スマイル・エクスプローラー)」についてお話しします。

 

モノづくり環境の変化

今回私たちの「Smile Explorer」を紹介する眞貝です。
モノづくりの環境は劇的な変化を遂げています。アイデアとちょっとした技術さえあれば、誰でも簡単にプロトタイピング(試作)できる時代になりました。

そんな中、スマホの普及も手伝ってIoTプロダクトがすごい勢いで登場しています。
モノがネットやスマホにつながったことで、モノ単体ではこれまで考えられなかった全く新しい可能性が広がってきました。この流れは、そこに新しいコミュニケーションが生まれているともいえるし、全てのモノがメディア化しているともいえるかもしれません。

また、クラウドファンディングという新たな資金調達の仕組みが、この新しいモノづくりのムーブメントを加速させています。コンセプトの発表プラットフォームがあることで、プロトタイピングすることの価値がさらに高まりました。

今年のカンヌでもLife Saving Dotといったプロダクトや、Hammerhead、OwletといったIoTプロダクトが課題解決の手段として数多く評価されていたように、この流れは広告業界にも影響を及ぼしています。

 

プロトタイピングという実験

そんな環境変化の中、広告会社によるモノづくりがどの程度現実的なソリューションになり得るのか?
実際、IoTプロダクトをプロトタイピングしてみました。
それが「Smile Explorer」です。

 

これは、「ちょっと大変な移動の時間を楽しくする、コミュニケーション・ベビーカー」というコンセプトのIoTベビーカーです。

毎日のお出掛けの中で赤ちゃんの笑顔を自動的に撮影し、位置情報とともに記録することで、お父さんお母さんはこれまで気付かなかった赤ちゃんのお気に入りの場所を見つけられます。そして、笑顔の写真とともにお出かけの記録を振り返ることができます。
(※詳細はプロジェクトサイトへ smile-explorer.com )

なぜベビーカー?
きっかけは、たまたま街中でベビーカーのハンドルにスマートフォンをつけて歩いているお母さんを見かけたことです。赤ちゃんを連れた親御さんの大変さは社会的にも注目されているように、まだまだ課題が残されているエリアです。ベビーカーというプロダクトを通じて、子育て支援に貢献できることがあるかもしれないという思いからプロジェクトがスタートしました。

今回プロトタイピングを行ったことで、二つの発見がありました。

一つは、企画から実際の仕様に落とし込んでいく段階で、「コアになる機能は何か?」「プロダクトの一番の目的は何か?」がよりシャープになっていったことです。
仕様を詰めていく上で、「この機能ができるのであれば、こういった価値を生み出せる」という発想の仕方や、「その価値をより良いものにするために、こういった機能も考えられる」と、実際の機能とそれがもたらす価値を行き来することで、現在のコンセプトが形作られて行きました。

当初は、スマートフォンと連動することでさまざまな機能を実現できるベビーカーという企画で、自動ロックのような安全機能や、ライブビューのような便利機能を並列したものでした。それが、「スマイル・シャッター」(笑顔検知機能)を軸に、「大変さの中で、赤ちゃんの大切な瞬間、シグナルを見落としてしまっている」という課題があるのではないか、という仮説が生まれ、親子の新しいコミュニケーションを生み出すことをプロダクトの中心的な価値にしよう、ということが決まり、それに付随する「スマイルピン」(マップ上での笑顔の位置把握)や「アルバムモード」などの機能が追加され、コンセプトが深化していきました。

その結果、プロダクトだけにとどまらない、データを用いた発展の可能性も生まれてきました。

二つ目は、実際にプロトタイピングを行ったことで、プロダクトの理想的な形がより明確になっていったことです。今回のプロトタイプはデバイスとベビーカーを一体型として開発しました。しかし、実際に製品化して販売していく際には、市販のベビーカーに自由に取り付けられる形態にした方が、より多くの人に使ってもらえるし、マーケットが広がるということに気付きました。

 

プロダクトの新しい可能性

ここからは武本がお話しします。
「コミュニケーションとしてのプロダクト」という観点ではどうでしょう。

広告で用いられるコミュニケーションは、主に人の頭や心にアプローチすることで、「態度」の変化を狙うことが多いと思います。プロダクトを用いることの特長の一つには、態度だけでなく、そのモノを使うという動作を通じて人の「行動」の変化を狙いやすいということがあります。

スマイル・エクスプローラーが狙ったのは、お父さんお母さんと赤ちゃんの間に新しいコミュニケーションを生むことと、その先のポジティブな行動連鎖を生むことです。このプロダクトを使うことで、赤ちゃんの笑顔をシグナルにして、自然とこれまで存在しなかった親子のコミュニケーションを生み、その先に例えば「今度はここに出かけよう」、というような新しい行動を誘発できるのではないかと考えています。

もう一つの狙いは、ユーザー個人のレベルで子育てを楽しくする手助けだけでなく、ビッグデータの活用により、インフラやサービスなどさらに広い範囲で子育て支援に貢献できるという点です。

スマイル・エクスプローラーによって得られるベビーカーの行動ログと笑顔の位置情報が蓄積されたビッグデータは、赤ちゃんや子連れの親の好む場所といった視点での分析を可能にし、ベビーフレンドリーな街づくりや、施設/サービス開発に役立てることができます。

IoTプロダクトは、ユーザーの利便性を高めるのみならず、人々の行動・生活への理解をより深めることのできる「人を見る道具」にもなり、これまで気づかなかったこと、見えなかったものを可視化することができます。これは個人レベル、集団レベルどちらでも可能で、ゆえにさまざまなクライアント課題や社会課題の解決に役立つ可能性を秘めているのではないかと思います。

プロダクトは実体があるので、多くの場合、人の行動を伴います。そのため、プロトタイプの時点からコンセプトや仮説を世の中に問いやすく、フィードバックも受けやすいという特長があると思います。結果的に、課題自体をスケーリングさせていく、というプロセスを行いやすいのではないでしょうか。

 

ポジティブなスパイラルを生むプロトタイピング

今回のプロジェクトで得られた一番の気付きは、モノを試行錯誤しながら作り、それを深化させていくと、今度はもともと考えていた課題や仮説もさかのぼって深化し、シャープになっていくということです。

課題ドリブンなモノづくり、そしてモノづくりを通じた新たな課題発見、というポジティブなスパイラル。これを「課題発見のためのプロトタイピング」と呼ぶことができるかもしれません。コンセプトメークやパッケージングが得意な広告会社がモノづくりを行う一つの意味がここにある気がします。

スマイル・エクスプローラーは来年3月のSXSWに出展を予定しています。
新しい視点やパートナーを得ることで、このプロジェクトの可能性を探り、深化させていきたいと思います。さまざまな方々からのご意見をお待ちしています。