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電通人がいろんな課題を見つけて…No.2

世界最古のボードゲーム(チェス)をテクノロジーの力でアップデートする

2015/12/10

初めまして。連載2回目を担当させていただく、加我です。
今回は、僕らが勝手にプロトタイピングしてみた「電撃戦 -Speed Chess-」というゲームプロダクトを紹介します。

 

「電撃戦 -Speed Chess-」とは?

「電撃戦 -Speed Chess-」は、バスキュールの原ノブオさんやサルボの三上裕之さんらとともに、世界最古のボードゲームの一つであるチェスをテクノロジーの力でアップデートすることを目指した作品です。通電性の駒とタッチパネルディスプレーのチェス盤を組み合わせて、駒自体に時間軸を持たせることで、ルールの根幹を成すターン制を排除。熟考の上でお互いに一手ずつ指して進行する通常のチェスとは異なり、2人のプレーヤーがリアルタイムにどんどん駒を動かし合いながら敵のキングを追いつめていきます。従来の戦略性に加えて瞬間判断力と反射神経が求められる、スピード感あふれる展開が魅力のチェスの進化版です。

 

プロジェクト発足の経緯 −広告業界とプロトタイピング−

クライアントからのオリエンを起点に細かくコンセンサスを得ながら進行するという受注生産型のスタイルが基本の広告業界。中でも、特にプロダクション機能を持たない広告会社にとって「プロトタイピング」というアプローチはなかなかなじみづらいのではないか。僕は以前そう考えていました。

ただ、従来の広告という枠にとらわれず、ソリューションドリブンで、これまでにないサービスやプロダクト開発に至る多様な提案を期待されるようになった今、この手法の必要性を強く感じ始めています。僕らは広告以外の領域になると、どうしても「アイデアはあるけど、カタチにする機会がない」という受けのスタンスになりがちで、頭の中にあるおぼろげなイメージをいち早くカタチにして、トライ&エラーを繰り返しながら創り上げていくというモノづくりの経験値が圧倒的に不足しているのではないか、これは致命傷になってしまうのではないか…。

そんな危機感から、思い切って作ったのが、「電撃戦 -Speed Chess-」です。
電撃戦は、実は数年前から構想していた企画で、クライアントワークでの提案の機会を虎視眈々と狙っていたものの、なかなか巡り合えないままお蔵入りになっていました。通常だとそのまま日の目を見ずに終わらせてしまうところを、各社で必要なリソース(電通:企画プロデュース、バスキュール:クリエーティブ・体験デザイン、サルボ:ゲーム制作)を出し合い、まずはアプリベースでプロトタイプを開発。そのプロトタイプをもとに、3M(タッチパネルディスプレーに関する技術協力)やシーフォース(オリジナルのチェス駒製作)などのパートナー企業を募っていき、今のカタチにたどり着きました。

古典的なフォーマットをアップデートする挑戦

僕らはこの企画の根底にある、古典的なゲームフォーマットをテクノロジーの力でアップデートすることに、とても可能性を感じています。テクノロジーは現状、ゲームをはじめとするさまざまなエンターテインメントをより深く、あるいはリッチな体験に進化させていることが多いと思いますが、これは視点を変えると、体験の敷居を上げて間口を狭くしてしまっているのかもしれない。

僕らは「古典的なフォーマット=多くの人が楽しめる下地」を生かしながら、テクノロジーを既存のルールや制約を取り除く方向に作用させることで、誰もが気軽に楽しめる裾野の広い未来の遊びを創り出すことができるのではないかと考えています。

事実、電撃戦は、前述の通り通電性の駒とタッチパネルディスプレーのチェス盤を用いることでルールの根幹を成すターン制を取り除き、一度動かした駒を再び動かせる時間に制限を持たせることで、よりエキサイティングなゲーム性を実現しましたが、それに加えて、駒に触れると移動可能なマスが盤面に表示されるなど、チェスのルールを知らなくても直感的に楽しめる仕組みになっています。

「なぜ、チェスだったのか?」
作品を発表した時にも多くの方からご質問いただきました。そもそもボードゲームからターン制を排除するという着想を得たとき、全く新しいゲームを創ることも頭を一瞬よぎりましたが、新しいゲームの場合、プレーヤーはそのルールを把握する必要があります。なので、僕らはあくまでも裾野の広さを最優先し、また既知の物を一変させることで新規性を演出することを狙い、競技人口約7億人を誇る世界中の誰もが知っているチェスをモチーフとすることにしました。実は将棋も候補に上がっていたのですが、日本の方でもチェスを将棋の延長線上としてある程度理解できるのと、ゲーム性として身体的な感覚を重視したかったので、駒が大きく動かす際にストレスが少ないインターフェースであるチェスを最終的に選択しました。

ただ、数百年もルールが変わらずに愛され続けている完成されたフォーマットをアップデートするのは、大変チャレンジングなクリエーティブワークでした。このチャレンジに関して、原ノブオさんと三上裕之さんにコメントを寄せていただきました。


原ノブオさん(バスキュール)
多くの人に楽しんでもらうためにテクノロジーを使いたい

今回、チェスという世界中で愛されている歴史あるゲームとテクノロジーをかけ合わせるという壮大なチャレンジとなりました。あれこれ持ち込んでしまうとチェスではなくなってしまうので、「チェスの盤面をタッチパネルディスプレーに変える」という一つに絞りました。そして、 テクノロジーと出合ってチェスはどうアップデートされるべきか、こだわったポイントは大きく二つです。

一つは、駒を触ると移動範囲が表示されることです。ガイドがあることで駒の動きを知らない人もいきなり楽しむことができます。ビデオゲームなどのように NPCと対戦するのではなく、楽しさをシェアできる相手が目の前にいること、人と人で対決することにこだわりました。駒をリアルな物にしたのも、ディスプ レーとソフトウエアだけで完結させるのではなく、人と人、人と物のコミュニケーションを重視して手触りを残したかったからです。

もうひとつはターン制ではなく、リアルタイムストラテジーへと根幹のルールを変更したことです。これを実現するために、駒それぞれに連続して動かし続けられないような停止時間を持たせました。リアルタイムチェスという新たなルールによってスピードチェスは2〜3分という、従来のチェスよりも圧倒的に短い時間で決着がつくゲームになりました。

まず自分がそうなのですが、デジタルやテクノロジーといったものが私たちの生活を便利で豊かにしてくれている一方で、物すごい速さで大量の情報が流れ、誰かとゲームを楽しむような時間や機会をつくることが難しくなっています。また、生活の高速化に伴い、いろいろな局面でリアルタイムにジャッジする能力を問われることが多くなってきたと感じていました。そんな自分たちに合ったアップデートをすると、実は時代にも合ったアップデートになるのではないかという傲慢な考えでこのルールは採用しました。でも、どちらのこだわりもベースとなっているのは、一人でも多くの人に楽しんでもらうためにテクノロジーを使いましょうという方針によるものです。

三上裕之さん(サルボ)
ゲームのルールを直感的に伝えることも意識して制作

御存じの通りチェスというのは、対戦者が交互に駒を動かすという形で完璧に確立されたゲーム。これに、対戦者が同時に駒を動かすという極めて大きなルール変更を加えても、ゲームとして成立するものにできるのか。そして、その上で「チェス感」を残すことができるのか。これをデバイスの制約の中で実現するということが、大きなチャレンジでした。

モックアップで試行錯誤しながらルールを詰めていきましたが、当然、通常のターン制チェスでは存在しないルールが発生してきます。それをどう直感的にプ レーヤーに伝えるのか。その問題を解決するため、演出やエフェクトについては見た目の格好良さや触り心地だけではなく、ゲームのルールを直感的に伝えるこ とも意識して制作しました。結果生まれたのが、有機的なアメーバ状のものをモチーフにした、駒の可動範囲を示すUIです。
そうして形となった「電撃戦 -Speed Chess-」。デバイスの工夫なども含めまだまだ進化の余地は残されていると思いますが、この体験で次世代のチェスの一端を感じてもらえるとうれしいです。


一緒に新しい遊びをつくりたい

「電撃戦 -Speed Chess-」は、今年9月中旬に幕張メッセで開催された「東京ゲームショウ2015」の場をお借りして世の中に発表し、海外メディアを含む200媒体以上でのPR露出、各種イベントへの出展展示やプロダクト化のご相談をいただくなど、予想以上に大きな反響をいただいております。しかし、恥ずかしながら東京ゲームショウに間に合わせるのが精いっぱいで、今後の展開はまだほぼ白紙状態です。

ただ、裾野の広い遊びを目指してつくった作品なので、まずは一人でも多くの方に体験いただきたいなと思っています。そのためにも、ユーザーには無料で体験機会を提供していきたいので、駒や盤面を広告媒体として活用いただく、電撃戦自体をプロモーションに利用いただくなど、広告的な組み方(電撃戦というコンテンツに協賛いただくイメージ)をご検討いただけるスポンサーを集められるのが理想かもしれません。

スポンサーオリジナルの駒を作ったり、電撃戦はゲームログがとれるので、そのログからアニメーション映像を生成して別のスクリーンで放映しながらショーアップしてゲーム大会を開催するなど、様々な拡張性や展開性が考えられます。もしこの記事をご覧いただき少しでもご興味を持っていただけましたら、お気軽にお問い合わせください。一緒に新しい遊びをつくりましょう。

「アイデアはあるけど、カタチにする機会がない」「アイデアはあるけど、カタチにしたことがない」のは、もったいないと思います。僕らの業界でも、まずはとにかくカタチにしてみる、その上で次の展開を考えてみる、そんな乱暴な動き方が増えてもいいのかもしれません。