エクスペリエンス最終案内 ~乗り遅れないための4つのキーワード~ #05

なりわいワード (前編)

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    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター
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    加形 拓也
    株式会社電通デジタル チーフ・マーケティング・プランナー
左から、朝岡氏、加形氏


未来の生活者に約束する体験価値=「なりわいワード」

連載3回目までのテーマはエクスペリエンス領域で定番とされるメソッドだったが、今回「なりわいワード」は電通チームがオリジナルで発案したもので、メソッドより少し深い概念を指す。一言で表せば「企業が顧客に今後『提供する』と約束する体験価値」。今後はこの「なりわい」でやっていきますから、一緒にやっていきましょう、という決意表明ともいえる。

“未来を約束する”というような概念が大切だと考えた理由の一つは、クライアント企業へコンサルティングをさせていただく中で、課題の一つに「時間」が見えてきたことだ。エクスペリエンスはどうしても、その体験が生まれる“場”の問題に思われるが、実は時間的な継続性も重要だと分かってきた。

今まさに、私のチームで具体的に企業の「なりわいワード」開発に取り組んでおり、先日はこれまでの実績を元に「電通“未来体験”イノベーションプログラム」を発表した。今回は、これらに現場担当として携わるチーフ・マーケティング・プランナーの加形くんとともに、事例を交えて「時間」と「なりわい」からエクスペリエンスを考えてみたい。

未来の事業を考える専門チーム立ち上げるも、難航

朝岡:われわれのいる「エクスペリエンスマーケティング部」という部署は、以前はブランドコンサルティングのチームでした。その中で、なぜ「エクスペリエンス」が重要だと思ったかというと、ソーシャルメディアが一般化して、ブランド論の権威であり、われわれの師匠でもある、D・アーカー先生の教科書に書かれていないような事象が、たくさん出てきたからなんです。

以前の定義では「ブランドとは企業の資産であり、主にストックされた価値」だと見なされてきましたが、それではソーシャルメディアで飛び交っている推奨や評価のコメントに代表されるフローの価値は、ブランド価値にはならないのかと。これもブランド価値の一部として捉えないと、今や健全ではないなと考えて、フローの情報も含めた「エクスペリエンス」という新しい軸を組み込んだマーケティングの必要性に思い至りました。

加形くんは、私がこういったことを提唱し始めて2年ほどたったこの春、チームに加わりました。前は、商品開発寄りのマーケティングを担当していたんですよね?

加形:はい、新商品の広告戦略を考えてクリエーターとともに制作したり、企業の商品開発部門向けに研修プログラムの設計をしたりしていました。ただ、世に出ていく新商品がすべて定着するかというと、近年は特に難しく、企業の方と一緒に悩むことも多かったです。

その仕事を5、6年ほど続ける中で、商品や広告より少し広く長期的な視点で、企業が生活者に提供する「体験」を考えるというアプローチに興味が出てきました。そんな中でエクスペリエンスマーケティング部に加わったので、今とてもわくわくしているところなんです。連載2回目のテーマ(※オーケストレーション)にもなっていましたが、企業自身が未来に向かって、まさにオーケストラが鳴り出す瞬間に何度か立ち会えて、光栄だなと。

朝岡:それは同感ですね。実際、この春から考えてもエクスペリエンス設計への企業のニーズが高く、事例も着々と増えています。結果として、先日こうした未来のエクスペリエンス設計を支援する「電通“未来体験”イノベーションプログラム」を発表したりもしました。

加形:朝岡さんと一緒に動くようになって、まず驚いたのは、先進企業での危機意識の高さです。今、日本で“少し先の未来”に見据えられている東京オリンピックの2020年はすでに織り込み済みで、その先の2025年、2030年に向けてどう舵を切っていくか、大手の企業では経営企画管掌の役員がプロジェクトリーダーになり、タスクフォースチームを立ち上げて活動しています。ただ…、力の入れように比べると、難航しているなという印象があります。

思わぬ競合が登場する時代、「なりわい」の捉え直しが必要

朝岡:理由として大きいのは、やはり縦割りのサイロ型組織編成になっていることでしょう。大手企業、しかも本業が好調で事業部の力が強いほど、全社的に目前の売り上げに目が向きがちで、部門を横断して未来を考えるような取り組みがうまく回りにくい。

今回のテーマに挙げた「なりわいワード」もそうですが、企業が未来の顧客にどういう体験価値を提供するのかを考えるという大きなプロジェクトこそ、社内中の英知が必要なのに、なかなか結集できないんですね。

そもそも、今でこそサービスラインとして定着しましたけど、ここ数年で私が担当させてもらった企業事例も、未来のエクスペリエンス設計プログラムの導入ありきで進んだわけではなくて…。このままではまずいという危機意識からチームもつくったがうまくいかない。そういう相談に電通がどう対応できるかと考えたとき、企業のビジョンをつくるとか、コミュニケーション開発型のメソッドではもう通用しないと分かったので、それをもう少し事業戦略寄りにして発展させてきたという経緯があります。

加形:もちろん企業ごとにかなりカスタマイズしていると思いますが、プログラムの原型自体、僕が加わる前は結構変わっていったんですか?

朝岡:いくつかターニングポイントはありましたが、気付きとして大きかったのは、エクスペリエンス設計において「なりわいワード」の定義が重要だということ。もう一つが「時間」の概念を組み込むことですね。

「なりわいワード」は、未来にブランドが提供する体験価値を顧客目線で明確に言語化するものです。もちろん「なりわい(生業)」は昔からある言葉ですが、たとえば自動車の製造業、食品の小売業といった単純に現在の業種を示す言葉としては使わず、その企業が未来に向けて何で食べていくのか、捉え直すための言葉として使っています。

なぜ、そういった“捉え直し”が必要なのかというと、一つは、今後は従来の業界の範囲内の狭い競争だけではグローバルでの競争に勝ち抜けないからです。自動車メーカーなら、競合は同じ自動車業界に属するメーカーだったのが、これから自動運転(セルフドライビング)が主流になったらIT企業や電機メーカーが競合になることは目に見えています。そのとき、なりわいを「自動車の製造」と近視眼的に捉えていたら、競争できませんよね。だから、捉え直しが必要なんです。

「時間」によって強まる結びきも体験価値の

加形:確かに、思わぬ企業が競合になるというケースは増えている気がしますね。あるいは、カテゴリー自体がなくなったり。今年1月に開催されたCES(※米国で毎年行われる家電製品の展示会)でも、多くのCEOが「Disruption」というキーワードを口にしていました。破壊的な変革が起きていると。

朝岡:そう、何十年か先には、電機メーカーとIT企業が同じ「なりわいワード」で競争しなければいけなくなることもある。そういう状況に備えるにも、「なりわいワード」の定義が重要になります。

同じく重要なのが、企業の価値を表す言葉が形容詞から動詞になっている、ということです「かっこいい」あるいは「速い」といったスペックではなく、企業の商品やサービスを通して何を「感じる」か、どう「行動する」かが生活者にとって大事になっている。自動車メーカーとIT企業が競合になるなら、たとえばですが「高速で安全に移動する」ことが提供する体験価値になり、ブランドの未来の約束としての「なりわいワード」は「高速で安全に移動するサービス提供業」となる。つまり、体験価値がブランドの最大の差別化要因になってくると思います。

加形:「移動する」、確かに動詞になっていますね。もう一つ、プログラムの変遷として挙げられた「時間」というのは、実際に企業の「なりわいワード」開発に携わった今は、よく分かる気がします。

朝岡:ブランド体験価値というと、どうしてもその体験が発生する“場”に注目しがちでした。でも、コンサルティングをする中で、時間的な継続性によって生まれる結び付きも体験として重要だと思うようになったんです。後ほど詳しく解説したいと思いますが、要は、「愛着」みたいなものですね。

そもそも、企業自身が未来を見据えて自分たちのこと、顧客のことを考えるという思考には、必ず、時間軸が含まれる。なので、単にある時点での体験を考えるのではなく、時間によって生まれる価値も体験価値だという発想を、エクスペリエンス設計に組み込んでいったのが、この1年ほどの活動でした。

社内にムーブメントが起きた、住宅設備業A社の事例

朝岡:では、まさにこの夏に加形くんが担当した、ある住宅設備業A社の企業事例を紹介したいと思います。

加形:業界としては、高齢化や、新築よりも今の住まいで工夫して暮らそうという意識によってリフォーム需要が伸び、追い風です。ただ、A社は先ほど挙がった“思わぬ競合”が出てくることも十分想定していて、1年以上前から、未来の競争軸を探るための担当チームを構成してディスカッションを重ねていました。

そのチームによっていったんの方針が出され、技術力もあるのでIoTへの取り組みなども進んでいたのですが、どうも全社的なムーブメントになっていないと。そういう段階で、僕らが呼ばれてお手伝いさせてもらうことになりました。

朝岡:われわれの部署の案件の中でも、クライアント側のタスクフォースチームが非常に大規模なプロジェクトだったよね?

加形:そうですね。プログラムへ参加したのが6〜7部門、50人ほどでした。期間は7月中に3回、集中的にワークショップを行った形です。未来の顧客に何を提供するのか、皆さんでは何度も話し合ってきたと思いますが、僕ら“よそもの”の視点を交えて、あらためて顧客を主語に未来を考えてもらいました。

技術の進化がどうだとかは無視して、顧客の生活や思考がどう変わるか、そこにどう役立てるのか。その結果、1日目で強烈な危機意識を持たれてですね…。「これはまずい」と、空気が変わった感がありました。

朝岡:企業の中の人だけで話していると、顧客主語と言いながらも、だんだん企業のロジックに寄ってきてしまうことは多いんですよね。そこへ“よそもの”の加形くんが、本当に顧客主語の見方かどうかを問い続けたことで、危機意識が中から芽生えてきたと。

加形:そうですね、僕はファシリテーターとして加わっていましたが、実際に「理屈はそうでも、そんなにお客さんって都合よく変わるかな?」とか、外の視点だから気付くところは多かったです。危機意識が共有され、それが強い推進力となって「なりわいワード」の言語化にこぎ着けました。すでに、それに基づいて会社が乗り出す新領域を定義して、研究所に眠っていたアイデアや技術から新事業を代表するプロダクトのプランも生まれています。

僕がいちばん手応えがあったのは、わずか1カ月の間にこの50人ほどの熱気が社内に伝わって、会社がちょっとしたお祭りみたいになったことなんです。大手企業なので、50人は比率としてはわずかなんですが、たとえば参加しなかった部門の役員から「次はぜひ加わりたい」と申し入れがあったと聞いて、うれしかったですね。

僕らはコンサルティングを提供して終わりではないので、この先のプロダクト開発を通して顧客の期待を獲得し、それをエンジンに会社が動いていく、また社内のすみずみまで「変わっていくんだ」という意識が広がる段階のコミュニケーションまでも支援できればと思っています。

朝岡:この先の展開も楽しみな事例です。顧客主語で物事を考えるのは、電通のDNAみたいなものですが、ファシリテーションを通して体感していただいた形ですね。

 

プロフィール

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    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター

    エクスペリエンス・デザインを専門とするコンサルタント。
    大学生時代は東大野球部で選手・主務として活躍。
    1985年、電通入社。クライアント企業の経営層と向き合い、電通らしい右脳型のアイデアを武器に事業やブランドのコンサルティングを提供するソリューション型サービスを実践。ブランドコンサルティングを行うコンサルティング室長を経て現職。日本マーケティング協会(JMA)のマーケティング・マスターコース・マイスター(2011年~)。
    著書に「拝啓 総理大臣殿 これが日本を元気にする処方箋です」(東洋経済新報社 共著 2008年)「エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング」(ファーストプレス 2014年)、「IoT時代のエクスペリエンス・デザイン」(ファーストプレス 2016年)がある。

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    加形 拓也
    株式会社電通デジタル チーフ・マーケティング・プランナー

    2003年電通入社後、人事部門を経て現局に。コミュニケーション戦略づくり、メーカーの商品開発サポートを担当する。経験業界は酒類・飲料、不動産、化学メーカー、教育、プロスポーツ団体、NPOなど。ワークショップ形式で企業の未来像をまとめ上げていく手法や、社内研修を企画実施して、組織にマーケティングマインドを植え付けていく手法が得意。
    JTBとの合同事業「JTB×電通 地域観光マーケティングスクール」プログラムディレクター・講師。電通相撲部主将。

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