エクスペリエンス最終案内 ~乗り遅れないための4つのキーワード~ #06

なりわいワード(後編)

  •     404px
    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター
  • 20151015 068
    加形 拓也
    株式会社電通デジタル チーフ・マーケティング・プランナー

企業が未来の顧客へ約束するブランド体験価値のゴール、「なりわいワード」。理想の姿からバックキャストでロードマップを考えていく、実はその過程自体が、マーケティングプロセスを刷新することにほかならない。後編は事例を交えながら、時間が生む愛着とエクスペリエンス設計の関係について掘り下げたい。

「なりわいワード」から逆算してマーケティングプロセスを刷新

朝岡:顧客に提供する価値から未来の「なりわい」を見いだす、社内の横断チームの活動が奏功して、全社的なムーブメントが起きた住宅設備業A社の事例を紹介しました(前編)。「なりわいワード」は、言い換えれば「ブランド体験の近未来のゴール」でもあります。

ここで重要なのは、ゴールからバックキャストで戦略を考えることです。このロードマップがないと、「なりわいワード」を定義したはよいが、その先で迷走して、商品やサービスに落とし込む段階で気付いてみたら「なりわいワード」とはまったく違うところに入り込んでいた、ということにもなってしまう。

ロードマップが単なる夢のシナリオで終わらないように、それを実現するためのサービスプランを時系列で整理することが必要です。「なりわいワード」というゴールを起点としたバックキャストで、着手すべきことや完了のメドなどを時間軸にプロットしていく。実は、これ自体がもう、マーケティングプロセスを刷新することにほかならないと思うんです。 

加形:そうですね。もちろん、経営企画などの部門では時系列で何をすべきかの計画を立てていると思いますが、実際に事業を動かしていく現場レベルで徹底的に話し合って鍛え上げていったから、A社でも次のムーブメントにしっかりつながっているのかなと思います。 

朝岡:そう、インターナルブランディングの観点からも、「なりわいワード」開発は非常に有効なんです。連載2回目の「オーケストレーション」で、組織はオーケストラである、という話をしましたが、本当にそのとおりで。

インターナルブランディングで組織を強く、というテーマだとすぐ、経営トップとのタウンホール・ミーティングやインナービデオ制作などが挙がります。でも、これらとは発想がまったく違います。顧客フロントにいる営業から研究開発部門の人間、バックヤードを支える社員まで一人一人が当事者意識を持って、未来のブランド体験の有りようについてのアイデアを探り、その実現に向けて邁進する。こういう活動自体が組織を強くする、会社を一枚岩にするという成果が非常に大きいと思います。  

「愛着=(期待+信頼)X 時間」の方程式 

加形:企業の皆さんの変化を目の当たりにすると、一枚岩というのは強く実感します。それから、このエクスペリエンス設計にかかわっていて、顧客ロイヤルティーに関しても中長期的にとてもいい影響を及ぼせそうだなという手応えがありました。 

朝岡:いい視点ですね。顧客ロイヤルティーについては、私も常々考えていて、その本質は「愛着」という価値ではないかと思っているんです。これには、今回の裏テーマのようになっている「時間」も大きく関係しています。

愛着とは、長く親しんだものに心が強く引かれて離れられない、そういう気持ちですよね。その、愛着が生まれる方程式を私なりに研究して立ててみました。私の持論なので確信はありませんが、こういうことかなと。 

愛着=(期待+信頼)X 時間 

期待というのは、顧客の想定をはるかに超えた何かに出合ってハッとする、わくわくする気持ち。信頼は、言葉のとおりですが、このブランドは信じられる、確かだと心を寄せる感覚。この2つがやはりすごく重要です。しかもそれを一時点だけで顧客に提供しても意味がなく、継続的に提供して初めて「愛着」が生まれる。

「なりわいワード」を定義して、ロードマップを引いて実践していくことも、言い換えれば時間的な継続の中で、絶えず「なりわいワード」を顧客に約束し続けることです。この活動自体が、ブランド体験の中で核となる「愛着」をつくり出して、結果的に顧客を長期にわたって離さないということになっていくのだと思いますね。 

加形:「愛着」は時間から生まれるというのは、とても腑に落ちます。「なりわいワード」の実現に向けて動くことが、そのまま愛着を生み出す活動になると。革新的な製品を提供するのも、顧客の期待に応えることだと思いますが、今やそれだけだと「愛着」を持ってもらうまでは目指せそうにないですよね。

目前の売り上げを立てることも大事なのは言うまでもないんですが、やはりブランドの生き残りを考えると、未来を見据えて顧客と時間をかけて向き合うことの優先順位を、同じくらいには引き上げる必要があると感じます。 

 朝岡:そうですね。また、そうなると企業のマーケティングのKGIやKPIも変わってきます。今までは売ることが最終ゴールだったのが、顧客に豊かな体験をし続けていただき、ブランドに「愛着」を感じてもらうことがゴールになる。結果として、そこに売り上げがついてくるという構造にしないといけない。同時に、「愛着」を持ってもらえるようなマーケティング設計をしていくことが、これからのブランドの差別化にもつながると思います。  

体験を軸とするBMW、ユーザーを応援するNike 

朝岡:ここで非常に学びになるなと思う事例を紹介すると、BMWは昔から、ブランドスローガンに「駆けぬける歓び」(Sheer Driving Pleasure)を掲げています。50年以上も前からずっと、ブランドのプレミアム価値の核心を顧客が感じる情緒的な要素に置いてきたんですね。だから彼らは、元々自分たちを単なる「自動車製造メーカー」ではなく「駆けぬけるよろこびを生み出す業」だと捉えているといえます。

BMWでさらに興味深いのは、ここまで積み重ねた顧客の愛着を次のマーケティングに生かす展開をしていることです。具体的には「#BMWstories」というサイトを立ち上げて、世界中のユーザーから、BMWにまつわる体験エピソードを募集しています。ユーザーがこのハッシュタグをつけてTwitterやInstagramに投稿した内容を、サイトに厳選して集約しているんですね。この一つ一つがエビデンスとなって、ブランド体験の価値の差、つまり「愛着」の蓄積の差が生まれてくる。つまり、「時間」の継続性の有無がブランドの差別化のドライバーにまさしくなっています。 

加形:ユーザーも、投稿することで改めて自分がいかに好感と信頼を持ってBMWと一緒に過ごしてきたかを再確認しますよね。 

朝岡:そのとおりですね。最新のBMWに乗っている人、30年前の車種を大事に乗り続けている人、最初は中古でBMWを買った人などいろんな人がいますが、皆が感じているのは「駆けぬける歓び」。そこに強い「愛着」があることが、BMWユーザー以外にもよく伝わると思います。

また、最近マーケティング・コミュニケーションの方向性を大きく変えた事例では、Nikeに注目しています。Nikeは80〜90年代はマイケル・ジョーダンのような誰もが憧れるスーパーヒーローを起用して、テレビCMを中心とした短期刺激型のプロモーションをしてきました。ところがSNSが登場してしばらくしてから、むしろ地道にスポーツに励む顧客のコミュニティーを応援するような、ロー・キーだけれど共感型のアプローチに転換しています。 

加形:ああ、たとえばランナー向けのプラットフォーム「Nike+」とかも。 

朝岡:そうですね。直近で象徴的だったのは、今年のカンヌでもフィルム部門でゴールドを受賞した、Nike Golfの「Ripple(さざなみ)」。タイトルから推察できるように、ひとつの小さなきっかけがさざなみのように広がって、大きな成果をもたらすことを意図していると思うんですけど。

2014年のゴルフ男子・世界賞金ランキング1位のローリー・マキロイが、タイガー・ウッズに憧れて幼少期からゴルフに目覚め、血のにじむような努力を重ねてついには彼と全米ツアーでラウンドするまでになる。その過程を「時間」の経過がわかるようにドキュメンタリー映画のようなタッチで描いています。

これも、結局マキロイもウッズもはナイキのユーザーのひとつの象徴にすぎなくて、Nikeというブランドが、ゴルフを愛して腕を磨こうとがんばっている多くの人たちを応援していきますというコミットメントがテーマになっている。顧客主語でありたきブランド体験からバックキャストでコミュニケーションを組み立てると、今までのやり方とはまったく変わってくるのだと思います。  

エクスペリエンス設計は「法人」を「人」に統合する 

朝岡:冒頭で、加形くんが4月に私のチームに来てから、企業が未来に向かってオーケストラのように鳴り出す瞬間に立ち会えた、と実感を話してくれましたよね。今、同質化とか成熟化が進んで、マーケットに閉塞感があるのは否めないのですが、そういう世の中では、やはりゲームのルールを変える果敢なプレーヤーだけが勝つと私は思っているんです。

そのための有効な手段のひとつが、未来のエクスペリエンス設計だと確信しているし、企業のマーケティングプロセスを革新するのに電通が多少なりとも貢献できることに、手応えも感じています。

加形:僕もこの仕事を通して、一緒にやらせていただく企業の方々と自信を共有できたという体験を、すでに何度もしています。
未来に向けてビジネスを継続していくのが大きな命題だとしても、義務感だけでは動き続けられないので、僕はやっぱり「楽しむこと」が大事なんじゃないかなと思うんです。そうなれば、その先の商品開発のプロセスに忍耐が必要なのは変わらなくても、前向きに乗り越えていける。 で、そういう「楽しむこと」が元々電通は得意なんだなと、改めて感じています。わくわくするようなブランドの未来の「なりわいワード」を一緒につくらせてもらって、前向きな気持ちで走り出せるようにフォローするのは、ある意味で電通のように柔らかい業界の我々だからできることなんじゃないかと。 
朝岡:そうですね。今までの役割から一歩踏み込んで、企業文化や企業の未来のあり方、そういうところにまでコミットできる可能性が見えてきたと思います。「電通“未来体験”イノベーションプログラム」の展開を通してエクスペリエンス設計を広めていきながら、我々も謙虚に知見や学びを蓄えていきたいですね。
では最後に加形くんから、エクスペリエンス設計をどんなふうに捉えればイメージしやすいか、今後の展望を話してもらえますか?
加形:朝岡さんの話にもありましたが、エクスペリエンス設計をやり抜くには、大企業は決して適した構造だとは言えません。でも、大きい企業ほど、うまく回り出したときはすさまじい大音量でオーケストラが鳴り出して周囲を圧倒するはずです。これは間違いなく、日本企業が元々秘めているポテンシャルが発揮されるきっかけになると、僕自身とても楽しみな気持ちでいます。
もうひとつ、エクスペリエンス設計をどう捉えればいいかというと、僕は「『法人』が『人』になる取り組み」だと思っています。機能分化はしていても、その上で連携を強めて、もう一度ひとりの人として「個人」の生活者と向き合えるように統合する。そういうメソッドが、我々の提供するエクスペリエンス設計なんだと思います。

プロフィール

  •     404px
    朝岡 崇史
    株式会社電通デジタル エグゼクティブ・コンサルティング・ディレクター

    エクスペリエンス・デザインを専門とするコンサルタント。
    大学生時代は東大野球部で選手・主務として活躍。
    1985年、電通入社。クライアント企業の経営層と向き合い、電通らしい右脳型のアイデアを武器に事業やブランドのコンサルティングを提供するソリューション型サービスを実践。ブランドコンサルティングを行うコンサルティング室長を経て現職。日本マーケティング協会(JMA)のマーケティング・マスターコース・マイスター(2011年~)。
    著書に「拝啓 総理大臣殿 これが日本を元気にする処方箋です」(東洋経済新報社 共著 2008年)「エクスペリエンス・ドリブン・マーケティング」(ファーストプレス 2014年)、「IoT時代のエクスペリエンス・デザイン」(ファーストプレス 2016年)がある。

  • 20151015 068
    加形 拓也
    株式会社電通デジタル チーフ・マーケティング・プランナー

    2003年電通入社後、人事部門を経て現局に。コミュニケーション戦略づくり、メーカーの商品開発サポートを担当する。経験業界は酒類・飲料、不動産、化学メーカー、教育、プロスポーツ団体、NPOなど。ワークショップ形式で企業の未来像をまとめ上げていく手法や、社内研修を企画実施して、組織にマーケティングマインドを植え付けていく手法が得意。
    JTBとの合同事業「JTB×電通 地域観光マーケティングスクール」プログラムディレクター・講師。電通相撲部主将。

バックナンバー

関連記事

続きを見る
ページ先頭へ