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日本企業の隠れた強みとは?(前編)

2016/01/12

近年、日本では経営環境のグローバル化に伴い、グローバル人材の育成や組織改革が叫ばれています。しかし、その内容としては、日本人の論理思考能力の不足、経営者のリーダーシップの弱さ、組織の同質性など、欧米と比べたときに日本に欠けている点にフォーカスした議論が中心になりがちです。このコラムでは、日本が本来持っている隠れた強みや魅力に光を当て、対談を通じて探っていきます。最初に登場いただくのはブランド・マーケティング研究の第一人者である中央大学ビジネススクールの田中洋教授です。電通総研 ジャパン・スタディーズ・グループ 主任研究員の宮林隆吉氏が話を聞きました。

宮林:本題に入る前に、田中教授ご自身について少し教えてください。先生の本を何冊か拝読しましたが、マーケティング戦略における具体的な事例を詳細に調べられて、そこから応用可能なラーニングを導き出すという手法を取られているように思いました。こうした事例研究にこだわるのには何か訳があるのでしょうか?

田中 はい、実は今まで学術的なマーケティングの世界では、事例研究はかなり少ないのです。事例ベースに理論を組み立てると、再現性に欠ける「昨日の論理」になってしまい、帰納論理であるがために、科学的ではないという批判を受けがちにことになるのです。でも、私の場合は、マーケティングを学び始めたころ慶応ビジネススクールにいらした嶋口充輝先生にすごく影響を受けていて、彼の本を通じてマーケティングの面白さは実務の中にこそあると思い、さまざまな事例を収集しての研究を続けています。

宮林:確かに過去の成功事例を形だけ習ってしまい、その再現に失敗することはよくありますね。あまり思い出したくありませんが、私も実務作業の中で経験があります。大切なのは、事例研究を通じて何が本当の成功要因だったのかを見極め、応用可能なフレームワークを抜き出すことかと思います。その意味で、実際のビジネスケースを元にした事例研究には私も強い関心があります。ところで、研究において田中先生が重視されていることは何でしょうか。

田中:社会科学という、もう少し大きなグラウンドでお話しすると、「意外性」が大事だと考えています。つまり、常識で言われていることがいかに実証されたところで、これは面白くもなんともありません。常識で考えてきたことと全然違う、ということが分かったときが最も面白いときです。ハーバードのクリステンセン教授が提唱する、優良企業で「合理的意思決定」を行う企業ほど、破壊的イノベーションによって滅亡させられてしまう「イノベーションのジレンマ」は、まさにその典型だと思いますね。自分としても、そういう「意外性」を期待しながら日々の研究を行っています。

宮林:本日の対談の中で、まさにその日本企業の持つ「意外性」について、お聞きしていきたいと思っています。

今、日本企業が再評価されている

宮林:2014年の春、ハーバード大学経営大学院(HBS)の教授18人が来日し、企業視察を行いました。教材や論文の材料を集めることが目的だったそうですが、これだけの数の教授陣が一度に来日するのは初と聞いています。

田中:そうですね。実は前年には、HBSのニィテン・ノーリア学長自らが日本を視察していて、帰国後、地元紙のボストン・グローブに「日本から学んだこと」と題した記事を寄せ、「日本は偏狭で沈滞しているといわれるが、実際に訪れればその認識は誤りだと分かる」と評しています。

宮林:彼らは日本のどのような点に興味や関心を持ったのでしょうか。

田中:一つにはサービス業です。世界的には「日本のサービス業は効率が悪い」という評されがちですが、HBSの教授が視察に訪れた、新幹線を7分間で清掃してしまうJR東日本テクノハートTESSEIのような企業もあります。HBSの教授陣たちは、一部ではあるかもしれませんが、日本的サービスの優れた面について評価しているのではないかと思います。

また、ある教授は、“Japan is the future of the world.”(日本は世界の未来を象徴する国だ)と述べたそうです。高齢化社会への対応にしても災害復興にしても、日本は課題先進国です。高齢化は、中国をはじめ世界共通のテーマですし、日本でも解決策を模索していますが、日本がうまく対応できれば世界中のモデルになり得るわけです。こうした認識は日本では既に共通の認識となっている話ですが、HBSの教授陣には印象的に映ったようです。

宮林:まさに日本企業の持つ強みや将来の可能性が再評価されているということですね。その他に最近の日本企業の動きで注目されているところ、あるいは変化の兆しのようなものはありますか。

田中:いくつか思い当たることがあります。昨年の夏、セイコーとシチズン、そしてカシオという国内の時計大手3社の営業利益がそろって過去最高という明るいニュースがありました。訪日観光客による需要拡大や円安の影響もありますが、各社ともに従来の戦略を変更し、主戦場を中価格帯から高価格帯にシフトしています。近年の時計市場は、数千円から買える低価格帯と、100万~200万円もするプレミア価格帯があって、その中間が比較的薄かったのです。なお、カシオのGショックが誕生したのは1983年のことです。その後、湾岸戦争の際に耐久性が評価されたことでブランドとして認知されるようになったのですが、最近では20万円以上もする製品もラインアップされています。これはマーケティング戦略の勝利といえると思います。

宮林:柔軟に国内外の競争環境に合わせて変化をしている企業が復活を遂げつつあるようですね。中価格帯以上で高品質な商品をつくり出すという戦略は、日本企業の持つ特性や周りからのブランドイメージに合致したということなのでしょうか。

田中:そうですね。アプローチャブル・ラグジュアリーといいますか、「手の届くぜいたく品」を目指すということですから、戦略自体が新しいということではありませんが、日本企業に対する期待が、超高級ブランドではなく、中級で、性能が良く、手ごろな価格で手に入るというところにあって、そこがマッチしたということではないかと思います。

また、一度は劣勢に立たされながら復活を果たしている日本企業もあります。例えば、ソニーの欧米でのテレビ事業です。米国では家電量販店大手ベストバイの店舗にソニーブランドのストア・イン・ストアをつくり、4Kテレビのシェアを伸ばしています。販売応援員と密な連携を図り、売れるパターンを共有しました。欧州では、各国バラバラだった組織を一つにまとめてデータ分析で成果を上げています。愚直を貫くマーケティングでシェアを取り戻しています。

宮林:ローカルにカスタマイズした販売施策に取り組みつつ、ベストプラクティスをグローバルのレベルでシェアしながら改善を積み重ねているということですね。個人的にもソニーのような日本を代表する企業が復活してきているのはうれしいニュースです。

長寿企業は日本に偏在している

宮林:田中教授の目から見て、欧米企業と比較したときに日本企業が持っている際立った特徴や強みはどのように映りますか?

田中:ここに面白い調査結果があります。日本の事業環境の特徴として、世界最古クラスの継続事業の過半数を抱えた長寿大国ということが挙げられます。ここでいう長寿とは、1700年以前に創業された企業ということで、世界に967社あるうちの53%が日本の企業なのですね。最も古い10社のうち8社が日本にあり、最古は山梨の西山温泉の「慶雲館」という旅館とされます(Zachary Crokett,2015)。お酒や和菓子、旅館といった業界も激しい競争はありますが、地域ごとの市場でサバイバルしてきた。全国ブランドではないけれども、地域ごとの根強いニーズに対応しながら生き延びてきたわけです。

宮林:面白いデータですね。日本には昔から婿養子の制度がありますが、日本に長寿企業が多い理由の一つに、優秀な後継者を養子として迎える制度があったからだという解釈もあるようです。いずれにせよ、日本では、事業を存続させること、生き延びることを、極めて重視する傾向が強いのは間違いないように思います。例えば、神社仏閣建築業の「金剛組」が、大戦中に寺院建設の需要がなくなったため、軍事用の木箱をつくって会社の命脈を保ったというエピソードは有名です。

田中:確かに、日本の食品メーカーにはファミリービジネスが多く、ファミリービジネスの方が継続型というか永続型企業に向いているのかもしれません。経営学でもファミリービジネスを研究する人たちがいますが、このあたりの研究は今後もっとやるべきなのかもしれません。世界の大企業の平均寿命が短命化し、米国型資本主義が疑問視され始める中、長寿企業の研究対象としての価値は増していくものと期待します。(後編に続く)