電通を創った男たち #08

電通電波ビジネス黎明期の牽引者

木原通雄(7)

  • Okada
    岡田 芳郎

テレビ制作に欠けるヒト・カネ・ジカン・バショ

スタジオのスタシェフ

「スナップ・アメリカ 最終回」は、昭和28(1953)年4月10日の「電通週報」に掲載された。「四つの欠乏を克服 テレビ制作の根本条件」と見出しがついている。

「CBSのプロデューサー・ディレクターとして非常な声名のあったエドワード・スタシェフは、TVの制作について四つの欠乏をあげ、それを克服することがいいプロをつくる途だといっている。その第一は『金』の欠乏である。ふつう、アメリカのTVといえばすぐ何万ドルもかかるように考えるが、それは大変な間違いである。TVプロはいつでもスポンサーの予算にしばられるから、ハリウッド映画のような経費はどんな場合も期待することはできない。第二は『時間』の欠乏。大体、ドラマもので、放送時間の三倍がリハーサルに使われるのが普通であるが、それはステーションもスポンサーもまず一流というところ、もちろん例外はあって、一時間のプロに二十四時間のリハーサルというのもあるが、それとてもハリウッドの撮影が平均三十六時間かかって七分の完成フィルムを仕上げるに比べたら問題になるまい。TVのこの苦しい時間の制約は、一つにはスタジオの不足と、やはりスポンサーの予算から生まれている。それだけにプロの制作に入るにあたって、厳密な、スペースと時間の測定が必要となる。

第三は『場所』の欠乏。NBCのセンター劇場とかCBSのハリウッド・スタジオのような大きなものもあるが、それは豪華なショウか、オーケストラのような、公開を狙ったものに限られる。多くのスタジオは二〇×三〇フィートから三〇×四〇フィートというところ。そういう狭い場所にいくつものセットを作って、しかもその切り替えを自然にかつ敏速にやらなくてはならぬ。しかもスタジオの使用は厳重な時間の約束にしばられていることを忘れてはならない。最後の欠乏は『人間』である。これも第一の『金』の欠乏から当然引き出される結論であるが、実際僕の見たところでは、どんなプロでも制作の人数は映画や芝居のそれに比べて極端に少ない。プロデューサーとディレクターが同一人間であることはもちろん、アシスタントの連中も一人三役位はやっている。現にウエスティング・ハウスの提供にかかる『スタジオ・ワン』の制作者フレッチャー・マークルなどは、最近一週間百十五時間も働いた上に、気に入ったタレントがいないので自分で主役までやってのけ、さすがにこれは新聞種となった

制作現場

TVが今後ますますフィルムに依存することは必至であるが、そのことは従来の映画がそのままTVにかかるというのでもなければ、従来の手法でTVフィルムを作るというのでもない。その点をあやまると、日本のTVは出発にあたって非常な損失をまねくであろう。TVは、劇場に上映され観覧料でまかなわれる映画とはその成立の条件をまったく異にする。したがって生のTVプロ制作に見る手法、すなわちスタシェフのいう四つの欠乏を克服するために考え出されたTV独特の才能と工夫とが一番の問題となるのである。(三月二十五日)」

木原通雄の「言葉によるニューヨーク・スナップ」の最終回にふさわしい締めくくりである。スタシェフのいう4つの欠乏はたしかに今日にも当てはまる。この克服がテレビ制作の根本条件だという指摘は的を射ている。ただしこの時期から60年経った今考えると、テレビの番組制作は金、時間、場所、人間という4つの欠乏をむしろテレビの特性にして生き抜いてきたように思われる。それにしても木原の好奇心と驚くべき取材能力が短期間にアメリカのテレビ最新事情のエッセンスを正しく伝えている。

 

(写真上)スタジオのスタシェフ、(下)電通映画社で行われたテレビ番組撮影風景。フォークリフト・トラックをクレーン代わりに使っている

(文中敬称略)

※次回は11月14日に掲載します。

プロフィール

  • Okada
    岡田 芳郎

    1934年東京都生まれ。早大政経学部卒。56年電通入社。コーポレート・アイデンティティ室長、電通総研常任監査役などを務め、98年退職。著書に『社会と語る企業』(電通)、『観劇のバイブル』(太陽企画出版)、『日本の企画者たち~広告・メディア・コンテンツビジネスの礎を築いた人々~』(宣伝会議)など。

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