「2020年に向け、全ての人に希望と喜びを―
目標は障がいのある子どもたちのオーケストラ」五嶋みどり

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    五嶋 みどり
    バイオリニスト

国際的に活躍するバイオリニストとして広く知られている五嶋みどりさんは、演奏活動に加え、20年以上にわたり、さまざまな社会貢献活動を行っていらっしゃいます。今回はその中のひとつ、「楽器指導支援プログラム」に込めた思いや願い、目標などを中心にお話を伺いました。

 

ライフワークのひとつ「楽器指導支援プログラム」

全ての人たちが希望に向かって励み、喜びを分かち合える―そんな社会を実現することは、生命の神髄に関わる大きな目標ではないでしょうか。私は演奏活動に加え、約20年間さまざまな社会的な活動を行ってきました。それらは皆、この大きな目標につながっています。中でも今は、ライフワークの「ミュージック・シェアリング」の一環である「楽器指導支援プログラム」の充実に向け、具体的な施策に取り組んでいます。
ミュージック・シェアリングは、三つの活動を大きな柱としています。一つは、協力アーティストが子どもたちのもとを訪れ、コンサートを実施する「訪問プログラム」。次に、私が若手演奏家3人とカルテットを結成し、アジアの国々で音楽を通じて国際交流を図る「インターナショナル・コミュニティー・エンゲージメント・プログラム」。そして、養護学校など特別支援学校の子どもたちに、音大卒業生らが演奏指導を継続的に行う「楽器指導支援プログラム」です。

楽器指導支援プログラムを始めたのは2006年春から。きっかけはそのずいぶん前、養護学校の子どもたちの前で演奏したときの経験でした。子どもたちは障がいの程度に関係なく、私の音楽に素直に反応してくれました。そのとき、彼らにも、楽器を演奏することによって新たな自己表現・自己実現の喜びを経験してもらい、“本物の音楽(音楽の本質)”に直(じか)に触れてもらいたいと強く思ったのです。しかし、特別支援学校に通う子どもたちが楽器を習う機会は少ない。そうした現実の中、私の中で長い間温めていたのが楽器指導支援プログラムでした。

​神奈川県立麻生養護学校での練習風景(2014年6月)

 

「サントリーホール」に立ち一般聴衆の前で堂々と演奏

子どもたちの努力は言うまでもなく、家族の協力、熱心な学校の先生やボランティアの指導者のおかげで、当初の目的である楽器の演奏指導、モデル演奏などは軌道に乗ってきたのですが、練習の成果を発揮できるのは、学校行事がほとんど。友人や家族、先生以外の人に発表する場がありません。そこで、ちょうど3年が経過した09年に3校による第1回合同演奏会を実施することにしました。
大変だったのはホール探しです。バリアフリーといわれているホールでも、ホールに車椅子で到達するのは至難の業だったり、車椅子用のトイレの数が少なかったりといった問題がありました。“表”の客席やロビーはバリアフリーでも、“裏”の楽屋やステージ周りはとても「バリアフリー」といえる状態ではなく、バリアフリーとは何か、あらためて考えるきっかけになりました。そんな苦労もありましたが、その合同演奏会は、特別支援学校間の初交流にもなり、自分たちの仲間がいること、そしてそういう仲間と一緒に演奏できる喜びを子どもたちに経験してもらうことができました。とはいえ、このときの聴衆は、たいていが学校関係者や家族。なかなか一般の方々に彼らの演奏を聴いていただく機会はありませんでした。そこで、14年のサ ントリーホールの私の公演で、ホールの全面的なサポートを得て、プレコンサートとして子どもたちに大ホールで演奏をしてもらいました。

サントリーホールで演奏する筑波大学附属桐が丘特別支援学校の生徒と五嶋さんら(2014年10月)

聴衆は、その日の私の演奏会「協奏曲の夕べ」を聴きに来られたお客さまで、子どもたちの演奏を聴きに来られた方ではありません。私はぜひとも子どもたちの純粋な音楽を、名高いクラシック音楽専門ホールに足を運ばれる方々にも聴いていただきたかったのです。ホールの方も当初はお客さまの反応を心配しておられましたが、聴いた皆さまからは子どもたちへ温かい拍手を頂くことができ、子どもたちだけでなく、家族や先生、関係者にとって大きな励みとなりました。ケネディ駐日米国大使にも臨席していただき、終演後に子どもたちへ直接感想を伝えてくださるなど、子どもたちにとっては特別の思い出となったようです。このコンサートを実現できたことは関係者一同の自信にもつながりました。今年の6月には、音楽を聴きにこられた人ではない聴衆に彼らの音楽を聴いてもらおうと、都内の美術館の協力を得て演奏会の計画を進めているところです。

 

パラリンピックのような目標を音楽の世界でもつくりたい

近い将来に実現したい一番の夢は、このプログラムで演奏を学んだ子どもたちによるオーケストラをつくって、演奏すること。現在、プログラムを実施しているのは、東京近郊の3校だけですが、オーケストラによる演奏を実現するためにも、実施校を全国で増やしていきたいと考えており、今年から大阪や金沢などでもスタートする計画です。

障がい者スポーツをする人に、パラリンピックやスペシャルオリンピックスのような努力の成果を出せる場や目標があるように、楽器を演奏する人にも目標が必要です。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年には、音楽の世界での目標として、このオーケストラでの演奏を実現したい。ものすごくチャレンジングなことでしょうが、関わる人にとっても楽しみですし、思ってもみないことが見えてくるのではないでしょうか。
もちろん、2020年はゴールというわけではなく、通過点にすぎません。音楽には人と人のコミュニケーションを広げ、何かを理解し合う第一歩をもたらす力があると信じています。また、もともと人間の中に存在している感情をパワーアップさせ、感情に働き掛けて、世の中の見方を変えることもできるはずです。これからも、多様な活動を通じて全ての人たちと音楽の喜びをシェアしていきたいと考えています。

五嶋みどり公式サイトgotomidori.com/japan/ ミュージック・シェアリングサイトmusicsharing.jp/

 

プロフィール

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    五嶋 みどり
    バイオリニスト

    11歳でニューヨーク・フィルと共演以来、世界の著名な音楽家と共演を重ね欧米でも高い評価と人気を誇る。演奏活動に加え、地域密着型の社会貢献活動を20年以上、日本や米国をはじめ世界で展開し、強い支持を得ている。現在、南カリフォルニア大ソーントン音楽学校弦楽学部「ハイフェッツ・チェアー」兼特別教授。2007年から国連ピース・メッセンジャー。2016年6月、全国コンサートツアーを予定。

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