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2016ビッグデータ最前線No.1

「ビッグデータ×人工知能」
〜世の中の空気を定量化し、新たな需要を生み出す挑戦〜前編

2016/01/27

テレビから発信される情報、SNSで語られる話題。そうした世の中の空気は、ふわふわしたもので、容易には捉え難い。しかし、それを人工知能(AI)などの最新技術の活用によって定量化・構造化し、分析するシステムの開発が進められている。これにより、未来を予測するだけでなく、コミュニケーションの力による新たな需要の創造も可能となる。
開発に携わる、データアーティスト社 社長の山本覚氏と電通デジタルマーケティングセンター インテリジェンス開発部部長の松永久氏が、 ビッグデータと人工知能の活用によるマーケティングの未来について、2回にわたって語る。

 

テレビで放送される情報が、潜在的需要を生み出す

松永:世の中の空気を把握するデータベースの一つに、テレビメタデータというものがあります。テレビで取り上げられた商品や食べ物、お店、時事ワードなどをデータ化したものです。テレビで発信された内容はネットでの書き込みや、ネットやリアルでの購買に強く影響を与えています。生活者の頭の中にはテレビで放送された内容があり、それは潜在的需要となっています。
データアーティストの山本さんは、ウェブサイトにおける購買や資料請求などのコンバージョンを最大化するLPO(Landing Page Optimization)ツールを展開されていますが、なぜ、テレビのメタデータに興味を持たれたのですか?

山本:当初は生活者の興味を知るために、ウェブの行動を対象に人工知能を用いた解析を行っていました。しかし、生活者の興味は固定的なモノではなく、世の中の空気の影響を大きく受けています。その世の中の空気をつくり出しているのがテレビだと思います。そこでテレビで取り上げられた情報に興味を持ちました。電通グループのワイヤーアクションの保有データを活用し、生活者の頭の中にあるものを定量化しようと考えました。

松永:それを基に昨年12月に発表されたのが2015年版「ビッグデータに基づく今年の流通ワード」(図①②)というわけですね。

山本:このランキングは前年との差を基に作成しています。やっぱり昨年はオリンピック関連のネタが多いですね。さらに人物に着目すると、錦織選手は堂々の1位ですが、年の途中から活躍した五郎丸選手や清宮選手がここまで話題になっているのには驚きました。この二人はテレビで紹介されることで世の中に広く認知され、検索回数やソーシャルでの言及が劇的に増えたことが分かりますね(図③)。

松永:結果はわれわれの直感とも合っていると思います。このように生活者の頭の中に残っている世の中の空気が定量化され、行動データと掛け合わせた分析ができることに意味があると思うのです。

図③ キーワード「五郎丸」のテレビ放送回数と検索指標、SNS指標の関係

 

世の中の空気と需要の創造、その因果関係を探る

松永:テレビは、ウェブの行動だけでなく、市場における行動も喚起します。分かりやすい例でいうと、PM2.5は1990年代後半から世界の多くの地域で大気汚染の指標とされていましたが、一般的ではありませんでした。それが日本では2013年の年明けからテレビが本格的に取り上げたことでマスクや空気清浄機の売り上げが増加し、それらの商品を扱う会社の株価まで上昇しました。しかも一度市民権を得た情報は、当たり前の情報として翌年にもテレビで放送される傾向にあります。
また、清涼飲料水のデータを分析したことがあるのですが、気温が高くなると売れる商品ですから、夏に広告量を上げ、シェアを拡大するのが基本的な販売戦略です。そこにテレビ番組で「今日は気温が高いので熱中症対策で水分を取ってください」と放送されると気温の影響以上に清涼飲料水が売れます。また、テレビでは12月から2月にかけて乾燥肌やインフルエンザ、冬の脱水症などさまざまな文脈で乾燥に関する露出が増加します。そのタイミングで世の中の空気に合わせてテレビCMで乾燥訴求をすれば気温が低い冬でも購買が増加する事例もあります。
しかし、世の中の空気を読むのは、優秀なマーケターやプランナー、クリエーターを別にすれば非常に難しい。世の中の空気を分析することで、広告キャンペーンの時期やメッセージの仮説出しが科学的に可能となり、マーケティングの精度を向上できると考えています。

山本:そうですね。科学的なアプローチとして、トマトの分析事例をご紹介します。テレビで紹介されるとその商品が店舗でよく売れるといわれますが、やはり トマトのテレビ露出回数とネットでの検索や書き込み、店舗での購買には正の関係があるようです(図④)。
ただ、これではテレビが取り上げたことで売れているのか、トマトの需要期なので取り上げられているのか、いわゆるニワトリとタマゴの関係を解き明かすことができません。そこで、個人単位での購買履歴(ID-POS)を用いて、トマトの購入頻度によってライト層とヘビー層を分けて分析しました(図⑤)。するとテレビでの露出が増える時期にライト層のシェアが増えていることが分かります。特に15年の4月にはそのシェアをさらに伸ばしています。科学的根拠に基づく食品の機能性を表示できる「機能性表示食品制度」がテレビで取り上げられ、リコピンなどトマトが含む栄養成分の効能が世の中に広がり、これまでトマトを多く買っていなかった生活者が動いたと考えられます。テレビによって行動が喚起された明らかな因果関係を示す分析事例となります。

松永:このケースでは「個」を追えるようになったことが重要です。どのようなメッセージがライト層を動かしたかということまで分かるようになります。データサイエンティストというと難しい統計解析やモデリングをする人たちと思われがちですが、どのデータを対象にどういう"切り口"で分析するかが重要だと思います。

図④ トマトに関するテレビ番組数と検索・売り上げ指標の比較


図⑤ トマトに関するテレビ番組数と購入層の比較

(後半)へ続く