電通を創った男たち #10

電通電波ビジネス黎明期の牽引者

木原通雄(9)

  • Okada
    岡田 芳郎

社歌をうたって「品格、見識を身につけた堅実な社会人」に

社歌

昭和29(1954)年2月20日の「電通社報」に「リレー随筆」というコラム欄ができ、その第1回に木原通雄が指名された。木原は「『電通』に歌あれ」という具体的な提言を記し、その文章の最後に次のように書いた。

「むかし『電通』にもたしか電通の歌があった。それが果たして社員の誰をも口ずさみ、声を合させるようないい歌だったかどうか、それは知らない。事実万人を唱和させるような優れた歌詞や曲はたやすく得られるものでもあるまい。

それにもかかわらず『電通』の今日の若々しい活動の姿を見たり、新しく『電通会』の再出発を聞いたりすると、それにふさわしい『電通人の歌』が欲しいような気がする。」

この提言がもとになったかどうかは分からないが、電通は創立55周年記念事業の一つとして社歌制定を決め、8月に社員から歌詞を募集した。10月末の締め切りまでに83点(本社36点、大阪支社35点、名古屋支社5点、九州支社4点、北海道支社3点=各支局を含む)の応募があり、昭和30年1月1日号の「電通社報」で発表した。審査は東京本社と大阪支社の幹部4人が当った。木原はこれに参加し、第3位に入選した。そして入選作とは別に、木原の作った「電通音頭」が審査員から「異色ある作品」との評価を受け、「選外」として社報に掲載された。

「最終選者としての所見」の吉田社長のコメントの中に次の一節がある。

「社歌となれば社の一つの表徴であり、永く歌われるものである。歌詞も格調もこの時代の感覚の下に洗練されたものでなければならず、内容もいたづらに力み誇るものであってはならぬ。今日、電通人として必要なことは、広告人としての品格、識見、知識、技能をしっかり身につけた筋の通った堅実な社会人になることだと思う。歌いつつ省み、唄いつつ心に誓い、口ずさみつつ理想にほほえむ社歌としては自然このことが作詞のかまえでありたいと思う。また十代の人と五十代の人も、全社員全関係者の皆が楽に歌える音域のものであり、自ら心が弾んで自然に楽しい雰囲気ができ、しかも軽佻に流れないメロディに合うものでありたい。」

吉田社長は、広告代理店の仕事がスペースブローカーから企画や計画を中心としたクリエーティブなものに移行してゆくことを明確に認識していた。社歌募集にもその思いがはっきり表れる。そして全員が楽に歌える音域の歌であるべきだとの考えに、彼の大衆性、常識性が示される。「筋の通った堅実な社会人」という言葉に、それまでの広告人がいかにそうでなかったかが図らずも語られている。

社歌表彰式

昭和30年元旦には銀座電通ビル8階ホールに本社社員が揃い恒例の新年仕事始式が行われた。それに続き、社歌授賞式が行われ、吉田社長は次のようなあいさつをした。

「本社創立55周年を記念した社歌の応募点数は83点、最終選者としての私の意見を率直に申し上げるならば、残念ながら私の満足するには至らなかった。およそ宣伝広告の業務にたずさわっているわが社の社員は、絶えず筆を執るという修練によって良い文章を表現するということが必須の条件である以上、半数以上の者が応募されても良いはずだと思っている。歌が書けるということ、詩でもよいし、それが五、七、五、七、七の三十一文字ようなものでもよいし、五、七、五の俳句でもその他なんでもよい、歌に慣れるということが大切だ。今回の電通社歌に至っては、それがいかに至難の筆業であったかという事は、特異の筆で知られた木原局次長の筆をもってさえしても、結果に於いては第三位ということになった。第一位ではないのである。(爆笑)

社歌の賞金に関して、じつは同君から“もっとつり上げて欲しい”という意見が出た。同君のことだから自信たっぷりにトップの賞金をせしめようと思っておったに違いない。(大笑い) ところが実に第三位ということは(爆笑)定めし残念であったに違いあるまい。さようなわけで今後とも、全社員のすべてが常に筆を磨いていついかなる場合でも表現力の創造に万全を期していただきたいのである。」

木原通雄は吉田社長にとって、これからの電通人の在るべき姿の一つの具体像だったろう。今、“木原”は一人しかいないが、電通を自分の思う会社に作り上げてゆくためには早く10人、100人の木原を育てることだと考えていただろう。

 

(写真上)木原通雄作の社歌、(下)昭和30年元旦に行われた社歌授賞式で

(文中敬称略)

※次回は11月18日に掲載します。

プロフィール

  • Okada
    岡田 芳郎

    1934年東京都生まれ。早大政経学部卒。56年電通入社。コーポレート・アイデンティティ室長、電通総研常任監査役などを務め、98年退職。著書に『社会と語る企業』(電通)、『観劇のバイブル』(太陽企画出版)、『日本の企画者たち~広告・メディア・コンテンツビジネスの礎を築いた人々~』(宣伝会議)など。

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