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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.50

みうらじゅん氏が公開した「一人電通式仕事術」とは?

2016/02/26

今回の「次を考える一冊」は、みうらじゅん著『「ない仕事」の作り方』(文藝春秋)を取り上げましょう。本の帯には「みうらじゅんの一人電通式仕事術を大公開」とあり、興味を引かれます。
みうらじゅんさんオフィシャルサイトのプロフィールには、「イラストレーターなど」と記されていますが、今ではこの「など」に含まれる仕事の方が大きいようです。ご存じ、「マイブーム」「ゆるキャラ」「いやげ物」「とんまつり」など、数々のブームの仕掛人としての方が有名でしょう。
みうらさんは、こういったブームをどうやって仕掛けてきたのか? 本書では、その戦術が体系化された上で公開されています。

みうらじゅん氏が公開した「一人電通式仕事術」とは?

 

ブームは緻密に練られた戦略に基づいて展開されている

一見すると、みうらさんは、自身の趣味嗜好を勝手気ままに発信しているようにみえます。しかし実は、一つひとつのブームは緻密に練られた戦略に基づいて展開されてきたものなのです。

本書からは、みうらさんがユニークなクリエーターであるとともに、類いまれなる優れたマーケターであることが分かります。
みうらさんの仕事は、もともとは世の中に「ないもの」から生み出されます。
例えば、大ブームとなり市民権を得た「ゆるキャラ」。これは、地方自治体が自前で作ったマスコットたちですが、もとは名称もジャンルも存在しなかったものです。

そもそも「キャラクター」とは、言葉の通り特徴が際立っている必要があります。そのジャンルには、ミッキーマウスやハローキティなど、すでに多くのメジャーリーガーが存在していて、とても競争の激しいマーケットになっています。「キャラの弱い」マイナーマスコットが太刀打ちできるはずがありません。

そこで、マイナーマスコットたちが堂々と存在できる世界を新しく作ろうと、「ゆるキャラ」というこれまでになかった新しいジャンルを設定したというわけです。
この「ゆるキャラ」というネーミングは、「ゆるい」と「キャラクター」という矛盾する単語を組み合わせることで、これまでになかった新しいジャンルを表現しています。

次に、みうらさんは、そのマスコットの大量収集に掛かります。地方や物産展を行脚し、圧倒的な数を集めることで、自身が生み出した新しいジャンルを深掘り、本気でのめりこむ努力をしました。

そのうえで情報発信を開始します。みうらさん本人が、複数の出版社に同時に「ゆるキャラ」の雑誌連載企画を持ち込み営業し、「第一回ゆるキャラショー」というようなイベントを企画するなど、一人でメディアのマルチ展開をしていきます。ごく低予算ながらターゲットへの複数回リーチを狙うわけです。
エッジの効いた情報は、ソーシャルメディアでのバズも期待できるでしょう。

情報感度の高い人たちが自分に都合よく解釈(=誤解)

こういった戦術を積み重ねた結果、「ゆるキャラ」ブームの火付けに成功するわけですが、本書では「ブームの正体は『誤解』である」と述べられています。
認知が上がってきた「ゆるキャラ」について、情報感度の高い人たちが自分に都合よく解釈(=誤解)して、勝手に語り出すことでブームが立ち上がるというのです。
そのためには、「ゆるキャラとはこういうものだ」という定義をしないことが重要だと述べられています。

定義に余白を残しておくことで、いろんな異なる立場の人たちが、誤解しながら都合よく自分ゴト化し、バズが生まれ始めるというわけです。
これらは「ゆるキャラ」だけでなく、「いやげ物」「とんまつり」「ゴムヘビ」「崖」など、みうらさんが仕掛けた数々のブームで活用されたメソッドなのです。
まとめると、以下のようになるでしょう。

ステップ1:これまでなかったジャンルのカテゴライズ
ステップ2:矛盾する単語を合わせたネーミング
ステップ3:ネーミングしたものの大量収集と自身による深掘り
ステップ4:雑誌を中心としたクロスメディアでの発信展開
ステップ5:人々の誤解による自分ゴト化とバズを見守る

本書では、これを「一人電通式仕事術」と表現しています。(「一人電通式」というのは、広告会社が行っていることを一人で全部やってしまおうという意味だそうです)
つまり、このメソッドは、ブルーオーシャンを見極め、イノベーションによって新たな価値を生成し、メディアとユーザーを巻き込みながらその価値をマーケットに浸透させていくということに他なりません。

「イノベーション×マーケティング」というビジネスの構成要素は、テクノロジーの進化でますます複雑化してきています。
しかし、みうらさんの活動を見ていると、その原点は極めてシンプルで泥臭いものであることが分かります。
華麗なるブーム仕掛け人が公開した「ゼロから価値を創り出す方法」には、そんな大切な気付きがたくさん詰まっていました。