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鍛えよ、危機管理力。No.8

名は体を表す。 「謝罪」 は企業を表す。
─ 危機発生時の対応の巧拙を問われる 「被害軽減力」

2016/03/22

今回はこの一連のシリーズでお伝えしている5つの危機管理力の中の「被害軽減力」がテーマです。当研究所では「危機が発生した場合に、迅速・的確に対応し、ステークホルダーや自社が受ける被害を軽減する組織的能力」と定義しています。

「被害」といっても不祥事の中身や状況によって、金銭であったり人的なものであったりと千差万別ですが、忘れてはいけない被害の一つに「レピュテーション」が挙げられます。

レピュテーションとはすなわち「(良い)評判」ですが「信頼」や「信用」も含めて、これらを失うことによって「あそことは金輪際取引しない」「あそこのブランドはしばらく購入しない」といった形で、ともすれば会社は存亡の危機を迎えかねません。

この大切なレピュテーションをおとしめないために、しっかりと後始末ができるかどうかが「被害軽減力」であり、これを「初動」と「謝罪」の二つのキーワードを使ってお話ししたいと思います。

誰が何と言っても不祥事対応のキーワードは「初動」

初期対応を誤って背負ってしまった批判はその後もずっと続いていき、その後どんなに頑張っても「後手に回った対応」とのレッテルを貼られて信頼回復は遅れます。

例えば、個人情報漏えいが確認された際、どうして漏れたのか、どこから漏れたのか、漏れた情報は何かなどを調査するにはある程度の時間がかかります。サイバーアタックを受けた、メンテナンス業者に持ち出されたなどと被害者意識に浸っていたりすると、被害拡大を防ぐためになぜもっと早く公表しなかったのかと、「対応遅れ」という見出しとともに厳しい批判を浴びます。

現代ではインターネットによる情報の拡散がものすごく早いために、一連の対応の流れにもスピードが要求されます。スピードは誠実さの表れであるといっても過言ではありません。

「初動」での“瞬発力”、すなわち組織の幹部と当事者の間でいかに早く情報共有がなされて対応策の検討を始められるかなどは、まさに企業の筋力を問われる場面です。

当研究所では、今回の危機管理力調査における「被害軽減力」を測る設問の一つに「緊急事態に対応するための全社的な体制・プロセスがマニュアル・ガイドライン化されているか」を挙げていて、専門家もこのポイントを重視しています。組織内で危機対応行動が明文化されていること、そしていざという時に取り出され、直ちに活用される有用なマニュアルとなっているかどうかが問われます。

項目別実施率:被害軽減力

 

見ざる、言わざる、聞かざる、の三猿ではダメ

「報告」も大切です。しっかりした第一報が対策本部に届けられないことには何も始まりません。悪い情報を上にあげることは、特に会社員としてはとても勇気がいることです。

しかし第一報がなされなかったために内部告発を誘発して大きな不祥事につながってしまった例は枚挙にいとまがありません。いわゆる「聞く耳を持つ」ことも大事で、部下からの報告をうるさがって聞かない上司によって情報がそこでブロックされて、結果大きな事故が起きてしまったこともありました。

間違いであってほしいといった「希望的観測」や、そんなことあるわけがないという「想像力不足」も、報告が止まってしまう原因の一つです。新入社員の時に教わった「報・連・相」(ほうれんそう)を全組織的に再徹底し、健全な判断のために、嫌なボールでも上司がしっかりと受け止めることが大事です。

組織のレピュテーションを守るためには、心のこもった「謝罪」を

さて、後半は情報開示をするときの留意点です。起こしてしまった不祥事について、世間に対してどういう形で説明するかについては慎重な検討が必要ですが、大概の場合「おわび」を避けて通ることはできません。

とはいえ何でもかんでも記者会見をすればいいというものでもありませんが、「2015危機管理力調査」においてメディア関係者の方々に「会見の判断基準」を挙げていただいたところ、「人的被害がある」「多発・拡大する可能性がある」「違法性がある」といった際には会見を開いてきちんと説明すべきではないかとのことでした。

人は誰しも人前で頭を下げることは気が進みませんし、ましてや法律には違反していなかったり、委託先や協力会社による不祥事となるとなおさらです。ただ、そんなときにもメディアの矛先はその組織の「道義的責任」や「管理責任」に向かいます。ですので、ひとたび謝ると決めたからには、誠心誠意謝罪しなくてはなりません。拙い謝罪は状況を悪化させかねません。

企業の複数の幹部がぴたっとそろって頭を下げる風景は、海外では珍しいかもしれません。しかし、日本のメディアはその不祥事を象徴する一枚の絵を撮るために、この頭を下げる場面、すなわち会見を強く要求してきます。

ここで気を付けなくてはならないのは、ただ頭を下げればいいってものではないことです。「謝ればいいんでしょ、謝れば」と形式的に、おざなりに下げた頭は、はたからひと目見ただけで気持ちがこもっていないことがすぐに分かってしまいますし、しょせんその程度の企業なんだと社会に見切られてしまいます。

ある全国紙の社会部幹部からは「残心」というキーワードを使って、下げた頭の戻し方いかんで心をこめたおわびかどうか分かるというお話を聞いたこともあります。

「正しいおわび」とは何でしょう。記者会見において十分肝に銘じなくてはいけないのは、目の前にいる厳しい視線を飛ばしてくる記者、挑発的な質問を投げかけてくる乱暴な記者に対してではなく、記者やカメラのレンズの向こう(背後)にいる人々に向けておわびはなされるべきものだということです。

カメラのフラッシュを浴びた途端に頭が真っ白になって忘れてしまいがちのことですが、本当におわびをしなければいけない相手はメディアではなくステークホルダー(利害関係者)であること、彼らを意識して言葉を選び、服装を選び、表情を引き締めなければいけないという当たり前のことを、あらためて強く心掛けねばなりません。

だからこそ、その場での「印象」はとても大切です。2020年の東京オリンピック・パラリンピック招致の際、滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」などのプレゼンテーションを指導されたマーティン・ニューマン氏は、その経験値から、周囲に与える「印象」を構成するのは「ビジュアル」(visual)、「声」(vocal)、「言葉」(verbal)の3要素であり、そのうちの約半分を、姿勢や手ぶり、目線や表情などによる「ビジュアル」が占めることを示唆しています。

印象を構成する「3つのV」の割合
不祥事発生の際のレピュテーションの毀損を最小限に食い止めるために、その組織の幹部のおわびの印象というのはとても重要な要素であることは既にお分かりいただけたかと思います。

名は体を表すといいますが、おわび一つも、その企業姿勢や歴史、文化の発露であるということをゆめゆめ忘れてはいけません。「土下座」による謝罪が人にどういった印象を残すのか、ここでは言及を避けます。

まずは、「私は寝てない」といった油断したうかつな一言、余計な批判を招く「先入観」や「被害者意識」などを徹底排除して素直に謝罪すること、それによって「なかなかしっかりとした企業(組織)だな」「早く立ち直ってほしいな」と社会に印象付けること、そのためには、「初動」のスピードを伴った真摯な対応と、心のこもった「謝罪」が何より大切であるとあらためて考えます。