Direct Voice of 3.11 #02

女川町長が語る、復興の現実と未来。

  •    prof
    須田 善明
    宮城県女川町長
  • 阪中 真理
    株式会社電通 総務局社会貢献部 部長

東日本大震災から5年を迎え、真の復興とは何かが問われています。当連載では、電通の組織横断チーム「東北復興サポートネットワーク」が、つながりの深い地域から地元の声をレポートしています。第2回は電通総務局社会貢献部の阪中真理が宮城県女川町を訪れました。

甚大な被害を受けた地域の一つである女川町は、町民の8%に当たる827人が亡くなり、家屋の約7割が全壊しました。
震災から4年たった昨年3月には新たな女川駅が開業し、同年の12月には、駅前のテナント型商業施設「シーパルピア女川」をオープン。人口減少社会でも持続的に発展する町づくりを目指しています。

復興の実情はどうなのか。住民はどのように復興に関わっているのか。未来への展望は? 須田善明町長にお話を伺いました。
 

シーパルピア女川でスローガンを掲げる須田町長
シーパルピア女川でスローガンを掲げる須田町長


これからが本格的なスタート

阪中:女川町は「復興が進んでいる」といわれていますが、現状はいかがでしょうか。

町長:住宅を再建された方、または宅地を供給された方は、宮城県全体で約5割なのに対し、女川は36%にすぎません。女川はもともと平地が少ないため、大規模な造成が必要です。その分、被災された皆さんをお待たせしており、ご苦労をお掛けしている、というのが現状です。

今年から大規模な土地供給が行われます。これからやっと本格的に新しい住まいを提供できていくフェーズです。これまで一つ一つ積み上げてきたものが、一気に形になっていく時期ですね。復興の入り口に立ったところなんです。

阪中:震災1カ月後の4月19日には、地元の産業界が中心となり、行政とのパートナーシップで復興を推進することを目指した「女川町復興連絡協議会」を設立されました。

町づくりを住民と一緒に考え形にされたことでも、女川町は注目されましたね。

町長:女川は規模当たりの被災率は最大でしたが、もともと1万人ぐらいの町です。行政の長が、直接に住民の皆さんと関わっていけるサイズなのです。このサイズだからできたやり方です。ただ、このやり方でよかったかどうかは、分かりません。

例えば私は、今まで200回ぐらい説明会をやり、住民の皆さんの意見に直接お答えしてきました。

しかし、例えば面積も被災規模も大きい石巻市が同じことをやろうとしたら、説明会だけでおそらく1200~1300回、開くことになるでしょう。それも市長さん自身が。無理ですよね。

女川町なりのやり方できましたが、これがベストかどうかは全然分からない。

皆がまちづくりの当事者

阪中:直接住民の声を聞いていく際に留意されたことは何でしょうか?

町長:皆さん一人一人が被災当事者であるという事実、加えて「こうしたい」という思いはそれぞれである、ということです。

家が残らなかった人は7割を超えます。家族を失った方も1割近い。身内となれば、もっとその割合は広がるわけです。

そういう中で、新しい町をつくっていく。あるいは、残れなくてごめんねといって、離れられた方もいらっしゃいます。これはこれで、それぞれの生活再建ですから、ちゃんと送り出してあげないといけない。

阪中:町の皆さんが全て当事者だったということですね。

町長:そうです。町長職を担ってはいますが、町長の立場だけでつくる町ではない。皆さん一人一人の思いが新しい町に反映されなければならないと思いました。

しかし、今残っている6800人全員の意思が全てまとまることはあり得ないことですから、まず考え方を提示し、皆さんの意見をもらいながら、策定・立案のプロセスに関わっていただきました。

阪中:30~40代の若い方々が町づくりの中心になったと聞いています。

町長:「まちびらきワーキンググループ」には、20代から70代まで、幅広く参加しています。その中でなぜ若手が多いかというと、若手が「おまえら、やれ」と委ねられた部分がありまして。

還暦以上は口を出さずにサポートするから、おまえらがやれと。20年後は俺らが生きているかどうか分からない。おまえらは生きているんだから、自分たちの未来なんだから、前面に立って頑張れと。われわれは弾よけになる、という話だったわけです。

若い世代は自ら望んで、半分は強制的に参画してきました。ベテランの方々ももちろんサポートだけではなくて、要望を投げかけていただいています。

阪中:一緒に仕事をさせていただくと、皆さんが当事者だというのをひしひしと感じます。よく女川は他と違う、という声を聞きますが、どのような部分がそう見せているのでしょうか。

町長:それぞれの役割や得意不得意も分かった上で、あうんの呼吸になっているのが多分、一番の強みだと思います。

「まちびらきワーキンググループ」参加者名簿では、以前は所属、名前の順番でしたが、今は名前の方が先なんです。まず一地域民として話し合います。そして何かを実現しようというときに「観光協会会長」などの所属の立場として動くんです。

若い人でも反論する。それに対しコノヤローではなく、話し合える関係性が築けました。

こうなった一番のきっかけは、残念ですが、あの日味わった地獄の経験です。チームづくりをしたわけではなく、女川全体がチームになりました。

思考の仕方が、公私を分けずに、町に携わる自分があった上での「私」なのです。だから町の課題解決に対する意見はどんどん出てくるし、いつの間にか方向性が定まり、実行に移っています。

阪中:皆さんの行動にスピード感がある理由が分かりました。

訪れた人が自由に使い方を考える

阪中:昨年3月に新しい駅ができ、12月に駅前商店街がオープンしました。「まちびらき」以降の町の皆さんの実感はいかがでしょう。

町長:ここには複雑な感情があります。もちろん皆さん、町の活力を再び、あるいは前以上に、という思いを持っていますが、一方で住む場所はまだだよね、という率直な感情があるわけです。

住宅が優先課題ですが、政策的な事業の順番として、交通の基軸をちゃんと復活させなきゃいけない。全部を同時に進めてきた結果として、にぎわいの核の商店街が先になった。

よし次は住宅だよな、と前向きに捉える方もいらっしゃれば、いやいや順番が違うでしょ、というご意見も当然ある。

阪中:新しい駅前商店街について町の皆さんの反応は?

町長:「すごくすてきになった」「こんな町なら残りたい」というお声もある一方で、女川っぽさが見られないとか、おしゃれ過ぎるとか、代官山とか軽井沢みたいだと。いやいや、あちらが女川っぽいんですとお答えしているのですが(笑)。

女川っぽさというのは私たち自身がこれからつくっていくんです。観光客向けじゃないのかというご意見がありますが、全く関係ないんです。商店街が人々が交わるコアになっていく。外向けとか内向けということではなくて、いかにああいう場を皆で生かしていくかだと思います。

阪中:交流する場所が生まれて、そこで今から女川らしさを皆でつくっていく。素晴らしいことですね。

町長:新しい町はどうあるべきか、そこにどんな意味を込めていくか、皆で一つ一つ考えながら共に学び、共に経験した時間の中で悩み積み重ねてきたものが、あのエリアになりました。

阪中:これから新しい町が発展していくイメージをどう描かれていますか。

町長:集客装置となるコンテンツから与えられる楽しみは、その場限りで終わってしまう。コンテンツをきっかけに訪れた人や、住んでいる人間が、いかに自分自身で楽しみを生み出せる空間であるかをずっと重要視してきました。

阪中:誰もが自由に過ごし方を考えられる町、ということですか。

町長:そうです。駅前商店街のレンガ道は15メートルの幅があり、道路であり広場なんですね。コーヒー片手に歩いたり、この間は子どもたちが雪合戦をやっていました。

季節や、天候など、移ろいゆくものの中で自分自身の過ごし方を自由に展開できる場にしていきたいです。
 

商店街のレンガ道
商店街のレンガ道


社会実験の場として

阪中:東北は社会課題先進地域で、その解決の実験場だといわれますが、女川では、企業も参画して具体的な動きになってきています。これから「女川モデル」みたいなことが言われたりするかもしれませんね。

町長:リアル「シムシティ」をやっているんですから、町を一個つくる社会実験のようなものです。それも、ハードだけではなくて、地域のあり方も併せてつくっていくわけですね。まさに、小さいながらも社会そのものをつくっているわけです。それもマイナスからです。

震災後人口流出が続き、人口減少率が全国ワーストである女川は、日本の地方が同じように抱えるであろう課題を先取りした課題先進地です。課題先進地ということは同時に可能性先進地でもあるわけで、地方の持続可能性を示していかなきゃいけない。

復興の財源は全国に負担をかけて確保しています。可能性を示すことが、われわれの責務だと思うんですね。

何かトライアルをする際も、サイズ的にも女川のメンタリティー的にもレスポンスが早いので、すぐに実行に移せ、結果を見るのも早いんです。それこそ実験場として使おうかという方々はいらっしゃると思います。背負うリスクも小さいもので済むわけです。

阪中:企業に対して何を期待しますか?

町長:まず一回来てみてください。女川を一つの場として、これからのあり方や新しい可能性を皆で生み出していく。関わり一緒に走ってもらうだけで、面白いのかなと。

シェアしていく関係

町長:それぞれの地方社会がどう生き残っていくかというときに、人財や知財などのあらゆる財を、地域内のみならず、他の地域とどうシェアし合っていくかが重要だと思います。地方同士だけではなく、都市部も含めてどうシェアし合っていくか。そうしないと、おそらく地域は疲弊していくし、結局、都市部にもはね返っていくと思います。

阪中:一方的な関係ではなく、ということですね。

町長:震災から今まで、悲しみと引き換えに皆さんとつながり、経験や出会いを頂いたことで生まれたものもたくさんあります。さらに新しい可能性を生むには、それをまたシェアし合っていかなければならないと思います。

私たちが持っている「財」は何かを、ぜひ来て見てください。2泊すれば大体分かります(笑)。

阪中:昨年掲げた「あたらしいスタートが世界一生まれる町へ。」「START! ONAGAWA」のスローガンづくりのお手伝いをして、私たち電通のメンバーもさまざまなことを学ばせていただきました。

自分たちの価値観で対峙するとうまくいかないこともあって、やってみて初めて知るさまざまな価値観がありました。

町長:私たちも同じ経験をしています。ここに生きる者が当たり前に責任を背負っていく部分と、外から来た者が新しく実現したいことが、一致しない場合は当然あります。

でもそこから新しいものが生まれるのも間違いない。価値観が違っても、話し合っているうちに分かり合える部分の発見があって、双方が力を合わせていける希望が生まれるのでしょうね。

女川町の皆、自信があるような顔しているでしょう。ちょっと効率も悪いし、間違っているのかもしれないけど、でも、震災から今までやってきたことに対しては、本当にみんな自信を持っているはずです。

でも、それは最初からそうではなかったのです。この5年間がそうさせたんですね。

阪中:どうもありがとうございました。

プロフィール

  •    prof
    須田 善明
    宮城県女川町長

    1972年、宮城県女川町生まれ
    石巻高等学校・ 明治大学経営学部卒
    電通東北(現電通東日本)入社
    1999年県議会議員補欠選挙で初当選(3期)
    宮城県議会環境生活常任委員会委員長、同総務企画常任委員会委員長、自民党宮城県連幹事長、同青年局中央常任委員会議長等を歴任
    内閣府「選択する未来」委員会 地域の未来ワーキンググループメンバー
    2011年11月から現職

  • 阪中 真理
    株式会社電通 総務局社会貢献部 部長

    1982年、電通入社。雑誌局(現出版ビジネスプロデュース局)でプランニング業務を担当。
    コーポレート・コミュニケーション局を経て、2012年2月から社会貢献部。
    NPO法人ETIC.と企業が連携して東北の社会起業家をサポートする「みちのく復興事業パートナーズ」などで活動。

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